万能薬

日々のビジネス展開に何か参考になるものはないかと思い、期待半分で大きな書店のビジネス本のならんだ棚につい足が向かってしまう。題名、出版社、著者、解説などに目を通して、これはと思い購入して読むことになる。たいした冊数ではないが、そこそこ読んできたつもりでいる。どの本にも、主張されている学説にも言えることだが、その本が書かれた、論理展開している学説なりが主張された社会的、個人的背景があることに注意している。なかには一時の流行ででしかなかった主張、あるいは主張に対する反論ででしかないものもある。この点を念頭に入れた上で、ビジネス本はその効用から大きく三種類に分類できると思っている。
まず読んでよかったと思えるものと時間を損したと思うものの二種類に。次に読んでよかったと思えるもので一般論のものとある特定のケースについて書かれたものの二種類。ノウハウ本は一般に時間を損したと思うものが多い。分かり易い即効性の売り物にするあまり、それを生み出す根源的なところへの踏み込みが欠落していることが多い。残念ながら、小手先のテクニックだけをかいつまんでどうにかなるほど生易しい世界にいたことはない。
一般論として知る価値がある論理は、そこで紹介されている論理が読者の個々の特殊な情況にどこまで当てはめられるか、カスタマイズするかは読者の能力に依存している。書物に書かれていることをそのまま自己の情況に適用しようとしても無理が生じる。一方、特定のケースについて書かれた書物でも、主張されている論理でも、やはり個々の読者の情況についてのものではないので、たとえ似たような状態であっても取捨選択は読者の責任になる。どのような書物でも論理でも自分の情況にぴったりあったものはない。
国内市場で独占的なシェアを誇る企業が海外市場に進出した際に、しばし国内市場で成功した戦略をそのまま状況が大きくことなる海外市場に適用することが多い。ある特定の環境に最適化された戦略が異なる環境に適合する保障はないというより、適合するケースの方が少ない。長年かけて築き上げた戦略、それを実行する組織を誇るのは自由だが、環境に適しているかどうかを判断し、環境に合わせて戦略を再構築し直す能力を失っているとしたら、経営陣の基本的な能力に疑問が投げかけられる。
ちょうどどのような症状にも効果のある万能薬がないのと似ている。先人の築き上げた英知を学び続けるしかないのだが、主張されている論理の時代背景などを考慮し取捨選択しないととんでもない間違いを犯すことになる。戦略についても全く同じことが言える。どのような局面にも適用できる戦略はありえようがない。歴史上の戦略に学ぶ価値があるが、違う社会状況、市場、競合情況に従ってその都度取るべき戦略が違ってくる。経営とはとりもなおさず、自社の情況、それも変化の早い市場との関係のなかで取りうる最適の戦略を組み上げ実行してゆくことに他ならない。