21世紀になっても徒弟制度

ドイツのある名門企業の傘下にあったモータ制御システムを専業とする会社の日本支店で営業責任者として営業部隊を設立し日本市場参入の仕事をしていた。従業員2,000を擁し同業他社が追従できない技術的優位性のある制御インタフェースも持ち、その業界では世界的に高い評価を受けている会社だった。
営業展開の実作業を始めて驚いた。ドイツ英語から直訳した見た目は豪華だが、表層的な仕様以上の内容のない、ありますという程度のカタログ以外にはコマーシャルメッセージに相当するものが一切なかった。数年以上その会社で営業部隊ができるまでは営業面もみてきた技術部長に営業資料に相当する資料につきて聞いたら、各製品取扱説明書、結合説明書、保守説明書を読めばいいじゃないかと。日本語じゃなくてもかまわないので、その類の資料はないのかと再度聞いたら、そんなものはないとそっけない。
日本支店で数年以上働いてきた数人に聞いても埒があかないのでドイツの本社の営業部隊に問合せたら、PowerPointで作った資料数点が送られてきた。この資料がドイツ人の英語のせいで分かり難いという問題点以上に、製品の紹介にもなっていない、基礎技術に関する独りよがりの己が技術説明に終始したものでしかなかった。
それはそれで営業としても理解しておかなければならないことなのだが、営業部隊を立ち上げるには、どうしても早急に、数ある製品のどれが、どのような点で日本のどのような業界のどのようなアプリケーションに対するソリューションとして、客の、さらに客の客の立場から見て魅力のあるものなのかをわしづかみする必要がある。たとえテストスタンド上ではあっても、いくつも説明書を参照にしながら個々の製品をインテグレーションしてソリューションとしてどのような仕様で、性能でと確認している時間的な余裕がない。営業マネージャとしてこの手の作業を自らしていたのでは、営業部隊の設立はおろか、一営業担当としての営業本来の仕事すら手を付けられない。
思案していてもしょうがないので、しなきゃならない、でできることから始めるしかないので、あちこち散在している技術資料を参照にしながら経験者に聞けることは聞きながら販売資料の作成から始めざるを得なかった。
そうこうしているうちにドイツの本社に行く機会があったので、営業のトップ(役員)にSales training(営業マン向けの製品トレーニング)を依頼した。驚いたことにそのようなものは存在しないし、考えたこともないとの返事だった。日本にも滞在したことのあるベテラン営業マンに聞いたら、営業マンは技術者の指導のもとに一つ一つ教えを請いながら10年くらいかかってやっと一人前の営業マンになるのだそうで。これは、営業だけでなくエンジニアも似たような状態だった。まるで徒弟制度だ。冗談じゃない、時間がゆっくり流れていた中世社会じゃあるまいし競争の激しい、変化の速い今の社会じゃ成り立たない。
付け加えさせて頂けば、このような組織においては、当然の結果として、知識は知っていることが知らない人を下にしき己の立場を優位にするのための武器になるので、同僚間でも本当の意味での知識の共有はなされ難い。ヨーロッパの会社には、今だにこのような体質の会社が多いのだろうと想像している。日本の会社も似たようなところが結構多いんじゃないか?21世紀にもなって、徒弟制度もどきや教えないことが身分保全になるような文化を壊して、組織的な学習をしてゆく文化に進化しなけりゃ先がないと思うのだが。残念ながら、回りを見渡せば、教えない輩の跳梁跋扈が目に付く。