翻訳屋に(30)―アメリカに帰れない

仕事を始めたころ、半端仕事をもらっては一所懸命翻訳した。多くても一、二ページの仕事で、いくら時間をかけても、すぐ終わってしまうが、終わりきれない。簡単な和文からでも、いくつもの英文が書ける。どれにしても問題ない文章だと思っても、どれにするという決断がつかない。基本は簡単明瞭。迷ったときは、端的な短い文章にすればいいのだが、前文との流れも考えれば、流れを優先して、簡潔さは妥協した方がいいこともある。今になってみれば、何をしていたという感じだが、翻訳を始めて間もないころは真剣に悩んだ。

これでいいよなと思いながら、プルーフリーディングをしていたエリックかセアーに相談した。英文だけを見せても、何を言わなければならないのか分からないことも多いから、簡単なイラストを描いて説明した。二人とも翻訳された英文を読んで、適当に手直しすればいいという姿勢だから、イラストまで描かれて説明されても面倒くさいが先にたつ。それでも人のいいエリックは相談にのってくれた。セアーは相談しようとしたとたんに面倒くさいという顔をするから、セアーが専門と自称しているコンピュータの関係でもなければ相談しないようにしていた。

イラストで説明しながら、エリックにどっちの文章にしようかと相談すると、十中八九どっちでもいいという返事が返ってきた。 どっちでもいいのは分かっている。ネイティブの感覚でどっちの方が、スムースな文章になるかと聞いても、答えは同じで、どっちでもかまわないだった。

半年近くたって気がついた。エリックは親切でいいのだが、文章の優劣を判断する能力はほとんどなかった。セアーやキャシーが何かのたびに、エリックに一度アメリカに帰った方がいいと言っていた。二人が言うには、エリックは日本が長すぎて、英語がおかしくなっている。とてもネイティブとはいえないアメリカ人になってしまっていた。一年もアメリカに戻れば、多少はネイティブらしい英語になるだとうと、二人が口をそろえて言っていた。
ターナーも似たようなことを言っていたが、こっちの英語のレベルが低すぎて、どこがネイティブらしくないのか分からない。三人のアメリカ人がそういうのだから、そうなのだろうとしか言えないが、当のエリックは、自分の英語が怪しいことぐらいわかっているし、気にもしている。そんな英語のレベルでも、日本ではネイティブの気のやさしいアメリカ人で通る。

あるとき、エリックにもう何年日本にいるのか……聞いて驚いた。父親が軍属で日本に長く滞在していた。そのせいで、エリックは中学校から大学まで日本だった。大学での専攻を聞いて、またびっくりした。上智大学の神学部だった。いろいろな人に会ってはきたが、神学部はエリックだけだった。そう言われて、あらためてエリックの容貌をみれば、キリスト系のような顔をした結婚式場で神父か牧師のような格好をしている人に見えないこともない。
そうは言うものの、聞く話からはイメージできないことが多すぎる。神学部の学生が、アルバイトばかりしていて卒業に五年かかった。金に困ってピンク映画に出演したこともあるし、夕飯を食う金がなくてデパートの地下の食品売り場の試食を歩き回ったこともあると言っていた。
みんなが言うように一度アメリカに戻ってみたらどうだと言ったら、ちょっとしんみりした顔で、何度も考えてはみたけど、帰っても仕事を見つける自信がなくて、帰れないんだといわれた。いつものことで思慮が足りない。訊いてははいけないことを訊いてしまった。

エリックは日本語の勉強をしてはいるのだが、なにがなんでもという一所懸命なところがない。よく言えば穏やかな、いい人なのだが、なにかを成し遂げるのに欠かせない集中力というのかエネルギーが足りない。読み書きは別にしても口語でも日本語は片言に毛の生えた程度で、本来母国語である英語もネイティブからは程遠い。日系移民の人たちが日本語が不自由なのとは違う。移民の人たちには、それぞれの母国語がある。

育った環境がしっかりした母国語を持たない人を生み出してしまう。エリックのような人たちが結構多いのに驚くが、エリックと似たようなセミ・バイリンガルの日本人と仕事を一緒にすると、驚くではすまないことがある。エリックは、英語はネイティブからずれてきていること、日本語はガイジンのレベルではないことを自覚している。セミ・バイリンガルの日本人で自覚のあるというのか、その事実に謙虚な人に会ったことがない。
2017/5/7