あそびとジャストイン・タイム(改版1)

機械屋には常識だが、歯車は「あそび」がないと回らない。ことの常で例外がないわけではないが、一般的にはそう思っていい。あそび、漢字で書けば、「遊び」になる。機械屋でない人には、ちょっとわかりにくいかもしれない。次のように両手を使えば、「あそび」を実感できる。
まず両手の手のひらを顔に向けて、両手の指と指の間大きく開く。次に指と指を対面して、右手の指を左手の指の間、たとえば右手の人差し指を左手の人差し指と中指の間にいれるように、第二間接ぐらいまで両手の指を組み合わせる。そして両手を上下に回転するように動かすと、相手側の指と指の間にはいった指が相手側の指の側面を滑る。両手を近づけて、指と指を隙間なく組み合わせると、滑りようがなくて動かない。
歯車でも同じことが起きる。そのため、組み合わせた歯車と歯車の歯面と歯面の間には、歯面が滑りながら歯車が回転できるように適当な隙間を残しておく。この隙間を「あそび」と呼んでいる。

この「あそび」、回転方向が変わるたびに、駆動側の歯車に対する従動側の歯車の回転量が、その隙間分少ないという、ありがたくない現象として現れる。工作機械のように物の移動を百分の一ミリ単位の精度で制御しなければならない場合は、「あそび」の影響を相殺する機能が不可欠となる。
何かの原因で駆動側が急停止すると、従動側は負荷に引っ張られて回転し続けるから、急停止した駆動側歯車の歯面に従動側の歯車の歯面が衝突する。この衝突を繰り返すと歯車や駆動系の破損にいたることすらある。急始動でも同じことが起きる。

精度を保つ補償機能をつけなければならないし、急始動や急停止での歯面同士の衝突をさけられない。なんとも面倒な「あそび」だが、ないことには歯車が回らない。
この歯車の「あそび」に似たようなことは日常生活のどこにでもある。それが時と場合によって、余地と呼ばれたり余裕とよばれる。その効果から潤いのある生活だとか、思いやりだとか、なかにはセレブなどという流行語で表されることもある。着るものひとつにしても、生地の伸縮性にもよるが、余裕がなくて身体にぴったりしていると着るに着れない。着れても動きにくくしてしょうがないということがおきる。

これは個人の生活だけでなく、社会全般に言えることで、電車のダイヤにしても生産ラインの操業にしても、仕事の流れひとつとってみても、一切合財の余裕というのか「あそび」というバッファがなければ機能しない。
バッファを余裕とみれるうちはいいのだが、どこでどう勘違いしたのか、それを無駄としかみようとしない人たちもいる。末端の作業者ならまだしも、経営の中枢、それも社長となると、全社が機能不全に陥る。

アメリカの大学のMBAをひっさげた新任社長、優秀な人なのだろうが、大学や研究室で資料を通して得た知識しかない。その知識を現場で検証しようとするだけの、心の「あそび」がなかった。書物からか、あるいはどこか有名どころのコンサルタントのご高説を真に受けて、「トヨタウェイ」を実践(しようと)していた。
コストを削減すべく「ジャストイン・タイム」の導入を現場に押し付けた。なんの準備もなく、データの蓄積もない。あったのは机上の空論にもならない小学生レベルの能書きだった。
翌月から三ヶ月間の受注予想に基づいて、すべての部品や部材の購入計画を立ててはいいが、案件ベースのプロジェクトビジネスがほとんどで標準採用のフロービジネスは二割もない。誰も予想など立てようがない。そこは上意下達のドイツ文化、誰も立てられないとはいえない。みんなしていいかげんな予想を上申して、その上申に基づいて購買部隊が「ジャストイン・タイム」、機能するわけがない。

コンサルタントという人たちは、何か役立ちそうな話はないかと思っている経営者が聞きたいと思っていることを、格好をつけて売り物にしているだけで、売り物が機能するかどうかには責任もなければ興味もない。そもそも機能しっこないのを売り物にしているのだから、機能しないのは売り物の使いかたが悪いだけで、売り物の問題ではないという姿勢を崩すわけにもいかない。そこで実務を知らない、というより知ろうとしない頭の近視と乱視の経営者が、ころっと騙される。騙されたいと思って、騙される機会を探しているのだから騙されないわけがない。巷のコンサルタントどもがあの手この手でつくる「入れ食い」状態、傍で見ているだけなら馬鹿馬鹿しにしても楽しめないこともない。ただ当事者となるとそんなことは言ってられない。

喧伝されてきた「ジャストイン・タイム」が、ベンダーの在庫管理でなりたっていることなど、実務の世界を覗いたくらいではわからない。ここで、わからないというのは、実務を知らない経営者だからで、精通している人なら、コンサルタントがいう「ジャストイン・タイム」など成り立ちようがないこと、そして「ジャストイン・タイム」の外部にそれを機能させる、外注業者におしつけた在庫管理があるはずだということぐらい想像できる。この在庫、いってみれば歯車の「あそび」に相当するもので、ないほうがいい。ただなければ歯車が回らないのと同じで組織は機能しない。

p.s.
<プロパガンダ>
ZARAが、すべて母国で少量生産していて、発展途上国のスウェットショップは使っていないというのもの、アマゾンが倉庫は持っていないというのも、どこか似ている。GEのシックスシグマなどいったい何を言っていたのかすらわからない。コンサルタントやビジネス誌が主導してマスコミも巻き込んだプロパガンダ、たとえば昨今の流行のAIだとかIItoT。今までのデータ処理やデータ通信と何が違うのか。どうみても何が違うとも思えない。言葉の一人歩きにしか聞こえない。何をどこまでわかって言ってるのかすら怪しい。その怪しいのに巷の近視と乱視が乗せられる。乗せられたのに振り回されると、いい加減に頭の近視や乱視を補正するメガネはないものかと思う。
2019/2/10