エンドユーザじゃない、OEMだ(改版1)

「ジェフ・ミラー、最後は人」
http://mycommonsense.ninja-web.net/business14/bus14.1.htmlの続きです。

同僚の営業何人かに、取引のない会社に紹介にいくにはどうしているのか聞いてみた。ああだのこうだの言うのもいたが、要約してしまえば、次の二点だった。
1) 飛び込みはしない。代理店かどこかの知り合いの伝手を頼む。
2) 中小企業で実績がなければ、大手には相手にしてもらえない。
彼ら、営業のプロの経験と意見に従えば、何もなしで日鉄にいくなど、狂気の沙汰ということになる。何人かから、日鉄なんか大きすぎて、行ったところで仕事になんかなりっこないから、よせと忠告された。

言われることはよくわかる。常識で考えれば、その通りなのだろう。巷のビジネス本にも似たようなことが書いてあ るんじゃないかと思う。もっともらしいが、そんなことをしていたら横丁のちまちました仕事で忙殺されて、いつまでたっても大手にたどり着けない。大手は数社しかないが、中小は追いかけきれないほど多い。数は多いが、一件一件の案件の規模が小さい。年間一億円の売り上げを目指して、五十万百万の案件を積み上げていったら、五十万円なら二百件、百万円なら百件の受注が必要になる。それを数社から叩きだせるならまだしも、十社二十社ともなると、用途も多岐にわたるし、求められるサービスからなにから違う細かな要求への対応におわれる。中小で手一杯になってしまって、門一つにしても重い、こじ開けるのに時間のかかる大手に攻め込む工数をひねり出せない。数の限られた大手のあっちとこっちで一千万円の規模のプロジェクトを年に三四件もとれば、さしたる工数をかけることなく、一億円のビジネスができあがる。一度信頼を得てしまえば、案件ごとに多少の違いがあっても、おいしいリピートビジネスで転がせる。

知らない市場を開拓するときに決まって遭遇する大きな壁がある。仕事をしたことのない業界で見えるのはエンドユーザがほとんどで、OEM(製造設備や検査設備を提供している企業)は部外者には見えない。トヨタは誰でも知っているが、トヨタは自動車を生産しているエンドユーザであって、使っている設備のほとんどは買い物で製造していない。製造設備、たとえば、溶接ラインを納めているのは誰なのか。塗装ラインはどこなのか、エンジンの燃焼テストラインはどこが、そしてそれらの制御システムはどこが提供しているのか―競合がわからない。それは製鉄にも言えることで、製鉄のさまざまな工程のあれこれの設備を造っている会社は?という業界をストラクチャー(構造とでも訳すか)で切り分けていく考えがないと、OEMはどこという視点すらでてこない。中には日鉄やブリジストンのように自社とその関連会社でかなりの製造設備をまかなっているエンドユーザもあるが、多くはいくつもない大手の重機械メーカかエンジニアリング会社から調達している。

本社もすぐそこにあるし、最大手だからと飛び込み営業で押しかけたが、日鉄はいくつかの工程では自社で設備をまかなっていた。さらに製造設備を担当する子会社、といっても十分大きなエンジニアリング会社までもっていた。自社設備のためだったエンジニアリング部隊が外販もしていて、エンドユーザでもあるがOEMビジネスもしていた。
制御装置や制御システム屋の常識としてエンドユーザ直のビジネスは避けなければならない。エンドユーザ直の仕事のほとんどが、既設の改造や近代化で、煩雑なだけでビジネス規模は期待できない。制御機器単体だけでなく、制御のターンキーシステムまでは提供できても、機械装置そのものの機能や性能の責任はとれない。

最初に訪問したときに、連続鋳造機のメーカとしてドイツの二社に日本の二社を教えてもらっていた。まずはこの二社に紹介にあがらなければならない。ところがどちらも大きな会社でどの事業部が連続鋳造機や製鉄設備を担当しているのかわからない。どこにいけばとあれこれ見ていたら、住友重機(住重)の事務所が大手町にあった。
どう切り出すべきが考えたが、これといった話題もなし、だめならだめでしょうがない。えぇーいと思い切って電話した。
担当部署が分からないから、大代表に電話して、そこから担当部署と思われるところに電話を回してもらった。話が通じなかったのか営業に回されて、行き着いた先は調達室だった。どこでも普通部とか課なのに、調達室?と思いながら、手短に要点を伝えた。電話だけでは分かりにくいからという言い訳で紹介訪問のアポを取る、いつものやり方だ。社名を伝えて、なんとか押しかける話に持ち込もうとしたら、
「ああ、ACさんでしょう。なんどかお世話になってます。バーコード・リーダー屋さんですよね」
なに?バーコード・リーダー屋?どこでどうしてバーコード・リーダー屋になったんだ。なにがなんでも、そりゃあない。確かにバーコード・リーダーではおいしい仕事してきたが、そんなものAC全体でみれば、おまけのような周辺のビジネスに過ぎない。
「えっ、確かにバーコード・リーダーもやってますけど、ACのビジネスの基幹ではないです。今日、電話さしあげたのは、製鉄などの設備向けのドライブ・システムのご紹介をと思ってのことなんですが」
「えっ、バーコード・リーダー屋のACさんですよね」
「はい、確かにバーコード・リーダーはやってますけど、弊社のビジネスのほんの一部、周辺の部分です。基幹はPLCをベースにモータの制御までの製品とその製品にソフトウェアを組み込んだドライブ・システムです」
「へーぇ、聞いたことないですね」
「そうですね。日本では制御機器の単体販売を進めてきたこともあって、システム・ビジネスは半年ほど前に取り組み始めたばかりですから」
「日本での実績はどうなんですか」
痛いところを突いてくる。どこでもすぐに訊かれることで驚きゃしない。臆面もなく、
「日本では事業の立ち上げをはじめたばかりで、実績と呼べるものは一つもありません」
声はしないが、なんだ、実績もなしでの売り込みかよって思っている。いくつか持っているシナリオ通りでまごつくこともない。いつもの口上がするっと出た。
「日本の日本で重厚長大で済む時代でもないでしょう。円高も続きそうですし、海外プロジェクトでお役に立てることもあるんじゃないかと思うんですが」
海外市場への進出と円高という二つを並べただけで、電話先の雰囲気に違いを感じる。丸の内はすぐそこだし、今からでも行ける気安さもあって押した。
「バーコード屋という小さな看板で本体が隠れちゃってるのも困るんで、ご挨拶もかねて簡単なご紹介に上がれないものかと……。事務所は茅場町で東西線で一駅ですから。来週でもいつでも結構ですので、十五分でもお時間を頂戴できれば……」
ちょっと間をおいて、念を押すかのような口ぶりで、
「…どうでしょう」

丁々発止で丸め込んではお手の物だが、だんまりはやりにくい。何か言うのを待っている、無言の時間が耐えがたい。それでも一方的に話をするのはよした方がいい。待ちにした。
「そうですね、海外の実績をご紹介いただければ……」
待っていたかいがあった。やっとそこまで来たか。そうだろう、たかが十五分かそこらで、海外展開への渡し船がわざわざ紹介に来てくれるってんだから、悪い話じゃないだろうって思いながらも次を待った。
「ちょっと待ってください。私だけじゃなんだから、室長の予定を確認しますから」
誰もいい。製鉄設備を担当している事業部なり工場なりにつないでくれる人に会えればいいだけだからと待っていた。
「室長の予定を確認しました。来週の金曜日の午後一でいかがでしょう」
「ありがとうございます。資料を二部ほど用意して上がりますので、よろしくお願いします」
いやいや担当事業部のあちこちに蒔いてもらわなきゃならないから、まあ、五六部も持っていくかと考えていた。

大阪支店が売り易いし、金額も張る(価格崩壊した今では信じられないが)バーコード・リーダに注力していたのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。訪問してざっとACの主要ビジネスを紹介していった。いくつかの製鉄関係の実績リストを見て、表情が変わった。そこには当時飛ぶ鳥落とす勢いで事業を拡大しているアメリカの大手電炉メーカ向けの連続鋳造機があった。関西の電炉メーカとの合弁会社のプロジェクトで、おそらく住重も応札していたのだろう。二人で顔を見合わせていた。
ここだと思って、まるでちょっとした参考程度の話のように、トヨタとブリジストンの海外工場ではPLCを始めドライブ製品まで標準採用してもらっていることを付け足した。日鉄の門を開けた手だった。
これで調達室から各事業体への紹介の話が進んでいく。後は待ってればいい。
2020/6/25