営業にひきずられる技術(改版1)

「やっと受注はしたけれど、」の続きです。
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「どやねん、そっちは」
大阪支店のベテラン営業マンから開口一番の挨拶。朝っぱらからべちゃべちゃの関西弁はよしてくれ。わざわざ電話してくるからには、どうせろくなことじゃない。
「PO Starvation(注文欠乏症)だな。そっちはどうなんだ。なんでもいいから早く注文よこせ」
特別仲がいいわけでもないが、いつもあけっぴろげ。似たような歳の気の置けない仕事仲間のやりとり、傍から聞いていればなじり合いに聞こえることもあったろう。そんな遊び半分のジャブの応酬ですんでいるうちはいいが、誰かの都合がすぎれば誰かの荷が重くなる。荷だけみると、他人におしつけて得をしたつもりでいるのだろうが、しなければいけない、した方がいい経験をする機会を他人に提供しているようなもので、とおからず能力の差となって帰ってくる。

「どうしたん、なにか案件か」
関西弁にひきずられて、こっちの口調までおかしくなる。
「そや、広島にちょっといってくれんかな。ドライブ・システムやって言うてんねん」
「お前、広島あたりまでは毎週のように行ってんだろう。ことのついでに、ちょっと聞いてくりゃいいじゃないか」
十年以上お手盛りの指定案件とルートセールスでやってきた営業マン、ああだここうだの煩いだけで、手を抜くことだけは長けている。何を言ったところで行きゃしないが、出かけたついでにちょっと寄って大まかな話ぐらい聞いてこい、お前担当営業だろうがと思った。
「そなんいうたって、ドライブ・システムなんて聞いたところでわかりゃせんから、そっちでやってくれんか」
「アプリケーションはなんなんだ。そのくらいわかってんだろうが」
「なんかよう知らんけど、代理店の話じゃ、レンチュウなんとかっていうてたような気がするんやけど、なんなんやそれ」
まったくなんど説明しても覚えない。言葉の上だけででも分からなきゃという気がないから、何を聞いても右から左で何も残らない。
「なんだ、連鋳機か、それを早くいえ。こっちでやる」
「コンタクト先をメールで送っておいてくれ。単体の話だったら、そっちに投げるけど、システムだったらこっちでやるから」

一年ほど前にワシントン・ポスト向けの新聞輪転機用に詐欺もどきのシステムを納入して大騒ぎになった。何ヵ月もしないうちに、丸の内の本社から大きな社印を押した出入り禁止の通達が届いた。売れなければトラブルこともないが、売ればトラブルこともあるという話ではない。要求された機能はいいが、性能は制御機器のハードウェアの処理能力の限界を超えていてどうにもならなかった。事業部から出張してきたインダストリー・セールスがそれを分かっていて、口先でごまかして受注した。現場に技術屋を一人人質にとられたが、そんなことで解決できるわけもなく、最後は現状でご勘弁をで終わりにした。

出入り禁止のはずなのに、相も変わらず引き合いもくるし、注文もくる。まあ採用を指定してくるエンドユーザもあるからという事情もあるだろうが、今後取引は一切しないと書いてあったのに、どういうことなのかと問い合わせたら、まあああいうことがあったんで、本社としても形ながらにしなければならないこともあって、という曖昧な返事だった。それにしても、あそこまで大仰な通告をだしておいて、懲りずにドライブシステム?それも連鋳機、常識じゃ考えらえない。キツネにつままれたような気持ちのまま出ていった。

なんど来ても、これ以上の便利さはあり得ないと思った。広島空港も東広島に移ってしまって当時の便利さはなくなってしまったが、当時は表に出て歩いてネットフェンスを回れば工場だった。

連鋳機をやっているのは知っていたが、ワシントン・ポストでミソをつけたこともあって、ドライブシステムの紹介などする気にもなれなかった。たとえ紹介したところで、三菱電機の製品を標準としていて、エンドユーザからの指定でもなければ、引き合いなどくるはずがない。

まして名前を聞いたことがあるかないかというアメリカの会社、通り一遍の紹介など聞いたところで、明日になればすっかり忘れてる。そう思っているから担当営業がこっちに振ってきたということまで分かっていての訪問。どうせ二、三人出てきて上っ面で終わりだろう。適当に儀式のような紹介をすませて、さっさと帰ろうと思っていた。

コンタクトは主任なのかちょっと偉そうな感じの人だった。そのせいだろう、忙しいのに引っ張り出された若い人も含めて五、六人いた。事前に確認したら、まあ三人ぐらいですよといわれて、五部もあれば十分だろうと用意していった資料の部数が足りない。足りない分は後日郵送させていただくことにして、ざっと製品を紹介していった。三菱電機の製品を標準としているから、PLCで計装ができてしまうというところで、ちょっと騒ぎになった。新居浜や小倉と同じだった。主任はどこかからPLC計装の話を聞いていたらしく、その詳細をと思っていたようだった。
細かな質問に答えていっても一時間もあれば終わってしまう。

アプリケーションは営業から聞いていたとおり連鋳機だった。どこ向けか教えてもらえなかったが、海外であることだけは確かだった。
話は終わった。あとは引き合い仕様書を頂戴できれば、見積をだすだけだし、早々にお暇しようと思ったが、内輪の話が続いていて、切り上げるきっかけをつかめないままぐずぐずしていた。

三人ぐらいを相手に営業担当がなにか一所懸命話していた。もう三十分近く話している。いったいなにをごちゃごちゃやってるのか気にはなるが、内輪の話に入るわけにもいかない。聞き耳立てるのも変だし、聞いているんじゃないかと思われるもイヤだしで、距離をあけていた。

やっと内輪話も終わったのか、営業担当者に呼ばれて廊下にでた。
「見苦しいところを見せちゃって、申し訳ないです」
内輪の話のときの威勢はどこにいった。この腰の低さはなんなんだ。さっきまでの剣幕はなんなんだったんだ。気味がわるい。
「いえ、後ろでちょっと聞こえてきていただけで、なにをお話になられていらしたのかまでは聞こえませんでしたから」
内輪のことはそっちですり合わせてもらうことで、そこまで首を突っ込む気はない。
「まったく頭の固いヤツラでいくら言っても、自分たちがやってきたことしかやろうとしないんですよ」
そりゃそうで、いくら営業部隊や上に載ってるだけの管理職が旗を振ったところで、仕事をするのは実務部隊。やったことをないことをやれといわれても、使ったことのない製品を使えといわれても、何の確証もなしで、はいそうでうすかって言うのはいない。もしいたら、そいつはまともに仕事をしてこなかったか、できないヤツでしかない。技術部隊は、もし上手くいかなかったら、深残してでも休日返上してでもやっつけなければならない。ああだのこうだのいってる営業もエライさんもなんの役にもたたない。すべての責任を負うのは実務部隊―技術屋集団になる。

「メルセック(三菱電機のPLCのシリーズ名)一本でやってきっところに、初めて聞くPLCですからね。そりゃ、簡単にそれでいきましょうかなんていわないですよ。愚生だって今まで通りで行こうっていいますから」
笑ってるのかムッとしているのか、ちょっと複雑な顔をして、
「それが困るんですよ。今まで通りやったら、また失注ですから」
追い込まてるのは日造だけでも住重だけでもない。どこもここもドル安円高でここのままいけば撤退も視野に入ってくるのだろう。そこまで必死になられても、トータルコストの一割程度の制御システムがどうしたところで、たいした助けになるとも思えないし、まして心中する気もないしで腰がひける。

「購買からの資料で見る限り購入価格はいいんです。あいつらが言ってるのはアプリケーションソフトの開発なんですよ。メルセックなら前につくったシステムをもとに変更すればいいだけだから、ソフトの開発コストはコストいうコストはかからないって。でもACのPLCとなったら、ソフトの移植になるでしょう。使ったことないPLCの勉強から始めることになるから、トータルのコストダウンにはならないって」
おっしゃる通りで、何もおかしなことを言ってるわけじゃない。この類はどこにでも付いて回ることで、驚きゃしない、というより移植のお手伝いを派遣する予算をもっていた。客先向けのエンジニアリング・トレーニングではない。無償でトレーニングはするが、それだけではない。客と一緒になって、実の移植作業をしながら、数週間かけてOJTでという、普通では考えられないサービスを用意していた。
五、六人部屋で待っているのが気になる。この無償サービスを話せばどうにかなるだろうと思った。
「ええー、そんなサービスあるんですか」
さっきまでの興奮が一気にさめたのだろう、紅潮していた顔が落ち着いてきた。
「マーケティングの隠し玉で、表にはだしてませんから、営業部隊でも知ってるの一人か二人だと思います」

このさい、全部言ってしまった方がいいだろうと続けた。
「このサービスでも足りないんで、なんとかしなきゃって色々考えてるんですけど、今はここまでです」
「ご存知のように制御システムの比重がハードウェアからソフトウェアに大きく移っちゃいました。顧客からみた制御システムのコストを大きくハードウェアとソフトウェアに切り分けると、大雑把に現状半々ですかね」
何を言いだしたのかと、ぽかんとしている。
「半導体の進歩のおかげでハードウェアはもっと簡素にもっと小さくなっていって価格も下がっていくでしょう。新しい機能が次から次へと開発されますけど、ほとんどすべてはソフトウェアそのものかソフトウェアに依存してます。充実していく一方のソフトウェアを手間をかけずに使いこなせるアプリケーションの開発環境を提供できるかどうかが制御屋として生き残れるかどうかという時代がそこまできてます」
「ハードウェアが機能も性能も向上してどんどん安くなっているのに、アプリケーションの開発コストが上がっていったんじゃハードとソフトのバランスがとれないでしょう」
「エンジニアが残業して休日出勤してやっと開発ではなくて、ワークステーションを前に時にはコーヒーすすりながら、さっさっとシステム開発ができる環境を提供しようとしている制御機器メーカに移行しないと、いつまでたってもエンジニアの生産性があがらないでしょう?」
「あがらないから残業代稼げるという職場を改善していかないと、海外市場では太刀打ちできなくなっちゃいます。もうその様相を呈してきているんじゃないですか」
何をいいだしたのかみえてきたのだろう、変な自信のようなものまでみえる。
「本当はエンジニア自身がこの趨勢を理解して、将来を見据えた仕事のありようを考えなければいけないんですけど、実務に入り込んでしまって、外の景色が見えなくなってしまうんでしょうね。でも、いつまでも頑張ろうっていってる訳にはいかないでしょう」
「変えるのは技術部隊じゃなくて、競争の厳しい海外市場の突風にさらされている営業部隊かもしれませんよ」
ちょっとおだてて尻を叩いて続けた。
「先々月事業部に戻ってびっくりしたんですけど、ビデオカメラが二、三台あったんで、何してんだと訊いたら、アプリケーションの開発作業をビデオで撮って、キーストローク一つ、マウスのクリック一つでも減らして作業者の負荷を軽減するんだっていってました。そこまでやるのかって呆れましたけどね」

ここまで入れ知恵しておけば、技術部隊と五分以上の言い合いをして、また来てくれといってくるだろうと踏んで帰ってきた。こっちが下手に押すより任せた方がいい。社内事情を知り尽くした客の営業マンが営業してくれる。
翌週また呼ばれて、移植作業のスケジュールも含めた要望を聞いて、営業担当から見積をだした。製品単体売りで二千万を大きくたえた注文だった。

ことは技術だけじゃない。営業でも経理でもなんにでも言える。「頑張ろう」を死語にしなければいけない。みんなで真面目に普通に仕事をしていれば、普通を越えた成果がえられる環境を提供する責任が経営陣にある。従業員の真面目な一所懸命にのってるだけの経営陣が多すぎる。「頑張れ」なんて言っちゃいけないし。「頑張ります」と聞いたら、「無理するな」と言わなきゃいけない。ましてや「頑張る」が目的になったら終わりだろう。息せき切ってサービス残業や休日出勤しなければ成り立たない組織はいつまでも続かない。アクセル踏みっぱなしじゃ、とおからずエンジンが焼ける。

卒業して入った工作機械メーカの工場の天上からさがっていた標語が忘れられない。「ちょっと待て、もっと楽にできないか」
この標語、標語の常で反語だった。現場は毎日同じこと、慣れたことの繰り返しに埋もれて、小手先の改善までしか頭が回らない。営業部隊からの無理難題のような要求がなければ、仕事の仕方も変わらないし、次世代の製品や技術の開発など考えもしない。
2020/12/11