客製談合からみえたもの(改版1)

「踏んだり蹴ったり」の続きです。
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石けん屋が買収されたから、ちょっと行って話をつけてこいというのにもまいったが、ゼロ円でもいいから注文書をもらうまで帰ってくるなと言われたときは、どこまでズレてるんだこのオヤジはと思った。そもそもそんなことで、なんでマーケが出っ張らなきゃならないんだ。営業の仕事なんだから営業のトップのあんたが行って注文書をもらって来ればいいじゃないかと言い返した。まったく、ああだのこうだの言い訳にもならないことをならべて、言ってる本人も馬鹿でもなし、意味のないことを言っていることはわかっている。いつまでもくだらないゴタクを聞いていてもしょうがないから、オーケーオーケーと言ってきりあげた。

副社長の部屋をでて席に戻ろうと歩きはじめたら、隣のガラス張りの部屋で新聞を読んでいた営業本部長と目が合ってしまった。見ない方がいいものを見てしまったと思ったら、見たくもないものを見ちゃったという顔をされた(ような気がした)。どの部屋も後付けの安普請だから、ちょっと大きな声ではなしていれば、隣の話も聞こえてくる。そこに固有名詞が二つ三つ出てくれば、何を言い合ってるのかぐらいの想像はつく。人間的にはいい人だし、ごちゃごちゃしたくはないが、「給料分の仕事ぐらいしろ、本来ならあんたが出てかなきゃならないことだろうが」って言いたくもなる。

なんでマーケが営業の尻ぬぐいに行かなきゃならないんだ。製品の詳細説明が必要だとか海外のサポート体制がどうだとかいうのならまだわかる。マーケティングはディスカウント・スケジュール(台数も考慮した標準値引き率)を周知する責任はあるが、個々の案件の見積価格は営業部隊の采配というのか責任で決めることであって、マーケティングは関与しない。
できるだけ高く売って利益を叩き出すのはプロフィットセンターとしての営業部隊の責任で、コストセンターの製品事業部に所属しているマーケティングには注文を取る権限がない。これはアメリカでも日本でもヨーロッパも同じで知らないヤツはいない(はず)。そんな規定なんか知ったことか、タダでもいいから注文をというのなら、組織の分掌すら超えて、人事でも総務でも誰もでも構いやしない。

タダでもという話で行ったところで仕事なんかになるわけがない。なんでこんなことまでとつらつら考えていたら、行けば何か違う景色が見られるかもしれないじゃないかと思いだした。どんなことからも何か拾おうとする貧乏根性がイヤになる。そんなもの、発破でもかけて吹き飛ばしてしまいたいのに、貧乏根性も年季がはいってきたということだろう、普通じゃないからこそ、いつものとは違うなにかがあるかもしれないという方に傾いていった。

「いつも若林がお世話になっております。本来マーケの愚生がお邪魔することではないのですが。お忙しところ、お時間をさいていただいて、もうしわけございません」
「副社長直々の命令で、こんなお願い、自分でも馬鹿げてるとは思うのですが、」
いつものことでニコニコしてはいるが、このくそ忙しいときになんだよ。早く要件に入れと顔が言っている。わかってはいるが、あまりに馬鹿げた話で切り出しにくい。つい前口上がながくなってしまった。

「グローバルアカウントの御社のプロジェクトを取り損なうと、アメリカ本社に対する立場もあるんでしょう、副社長も必死で、ゼロ円でいいから注文書を頂戴してこいといわれまして」
言われたから来たという、ガキの使いでもあるまいし、口にするのもはずかしいが、自分の意思で来てるわけじゃないと一言いっておきたい気持ちを抑えられなかった。

一瞬何を言っているのかわからなかったのだろう、時間にして一二秒だったと思う。
「えぇっ、ゼロ円ですか」
「はい、驚くことには事欠かない副社長ですが、まさかこんなマンガの世界のようなことを言いだすとは考えたこともなかったです。ゼロ円でもいいから注文書を持ってこいって。注文書もらえなかったら、帰ってこなくていいからとまでいわれちゃいまして」
「まったく、ヘンリーさんらしいわ」
「はい、そのらしいわで右に左に走り回ってます。本来であればマーケの愚生がでっぱってくるようなことはないはずなのですが、今回はちょっと……」
「ゼロ円ねー。でも、もうヘンリーさんが思っているように、うーん困ったということにはならないんですよ」
ちょっとは驚いたような顔をしてくれよ。そう涼しい顔をして言われると、ガキの使いにしても、多少の反応は期待してたんだけど。その落ちつきはなんなんだ。
「このプロジェクトは一年以上前に決まってたの藤澤さんも知ってるよね。ずるずる遅れちゃって今になっちゃったけど、もう本当に納期に間に合うかどうかというところまで来ちゃってバタバタなんだよ。二ヶ月も前に図面も引き終わって、オレの気持ちの中じゃもう終わってんだよね。今さら、制御装置変えようたって変える時間がないんだよ」

なんだ、若林、お前なにやってたんだ。ほとんど専任で他に大した客もってないのに。ヘンリーになんて説明したものか考えこんでしまった。真っ正直に報告したら、若林の問題になる。どうしたものか。はいそうですかってこのまま帰るのももったいない。なにかないかなと思っていたら、
「若林さんも、ちょっと遅すぎだよね。列車がとっくに出ちゃってるのに切符くれっていわれてもねぇ。いい人なんだけどね」
口先だけとは思えない同情のようことまで言われて、すごすごと帰るのか。何かないかとちょっと引き延ばしにかかった。
「そうですよね。でも若林も、簡単に引ける立場じゃないですから……」
「それはわかるんだけど、御社が十パーセント値引くと、今迄のところが、わかるでしょう、あっちがそこから三パーセント引きますって。こっちも時間がないからそれで決めちゃおうとしたら、若林さんがそこから二パーセントっていいだして、もうそれでいいやと見切り発車しようとしたら、あっちからじゃあ、うちはあと五パーセント引きますって」
どっちも落とせない事情があるからだろうが、そんなちまちました値引き合戦してたのかと思うと、俺たちいったなにやってんだと恥ずかしくなった。
「値下げ競争に付き合ってたら、もう納期が間に合わないってんで、いままで通りでいっちゃえって、注文なんか後で出しゃいいじゃないかってところまでいっちゃって、疲れちゃった」
「そりゃ、疲れますよね。というよりラインの方から、スケジュール分かってんだろうなってどなりこまれたんじゃないですか」
「いあぁ、そう言ってもらえるだけでも……」
「血の出るような値引き合戦になっちゃうと客の立場を考える余裕がなくなっちゃうんだろうね。うちにもえげつない営業いるし。わからないわけじゃないんだけど、今回はもうどうしようもないよ」
何人もいるんだろう。あいつ、あいつと顔を思い出しているような口ぶりだった。

「藤澤さんがきてくれたから丁度いいや」
なんだよ、急に口調まで変えて小声になって。何をいいだすのかと思えば、
「もう値引き合戦はなしにしようと思ってんだけどさ。みんな疲れちゃうじゃない。それでだ、ここだけの、オレと藤澤さんの間だけの話しだけど、あっちと値段の協定を結んでもらって、今度はあっち、その次は御社って感じで、話しあってもらえないかな」
なんの話しだ。それって、新聞やテレビでたまに騒ぎになる「談合」ってやつじゃないのか?
談合なんてじょうだんじゃないが、ここまで杉山さんに言われると、その場で断るわけにもいかない。会うだけ会ってみるか。会ったところで、談合するって決まってるわけでもなし、ここは丸めてしまえと、曖昧な答えをだした。
「そうですね、プロジェクトのたびにこんなことしちゃらんないですしね。メーカとしての姿勢も問われちゃいますし、こんなことでご迷惑をおかけするものなんですし……」

遵法ってことではうるさいアメリカの会社で、談合なんか新聞にでもでたら懲戒免職の可能性もある。と思いながら、営業マンから聞いた話を思い出した。誰もかれもが顧客に叩かれて、値引きを繰り返した挙句に代理店への仕切り価格を決めている。本来というより法律上は顧客への売値は代理店の一存で決められるもので、その価格をもとに代理店が買値をいってきて、そこで代理店への卸価格の折衝になるはずなのに、現実は逆になっている。代理店から顧客への販売価格をメーカが決めて、それを代理店に押し付けるのは再販価格の規定にふれる立派な違法行為になる。机上の空論という気はないが、法律が顧客と代理店とメーカの力関係を反映していないことから起きていることで、製造装置の販売の世界では、誰も違法であることを承知のうえでやっている。

ヘンリーにはもう機械の設計も終わって部品加工に入っていて、いまさらひっくり返すのは不可能だと伝えて、これから敵さんとパートナーシップの可能性の話をすることになったと報告して終わりにした。

狩りに喩えれば分かりやすいかもしれない。野原を走り回ってちょろちょろ見える野ネズミや野ウサギなんか何匹仕留めたところで、食ってはいけない。そんな小物を追いかけていたら、いくら獲ったところで狩りで消耗するエネルギーすら補給できない。せめて野ブタか鹿、できれば牛のような大物を狩らなければ部隊がもたない。

とんでもないことでもない限り、現状を肯定するとでもいうのか、仕事というのは与えられた条件のもとで、なんとかやっていくことでしかない。逆の視点でいえば、現状のままいけば成り立たないところまで追い込まれなければ、現状を大きく変えようという考えも力もでてこない。一歩後ろに引いて現状をみれば、談合までしなければ先々成り立たないわけじゃない。普通に考えれば、利益を度外視してあんなプロジェクトを追いかける工数のほうがもったいない。
客の全体像をみないで、出てきたもの、見えたものをバタバタおいかけているから、ソリューションの提案どころか戦略なんて話にならずに、価格戦争に入り込んでしまう。たいしたリピートにもならない二百万円や三百万円のプロジェクトで値引き合戦を繰り返したら、営業経費も賄えない。金になるアプリケーションに狙いを絞ってソリューションで押し込んで、営業効率の悪いところは捨てる。効率よく取るところをきちんと取る体制にしなければ、いつまでたってもバタバタ営業で終わってしまう。

標準採用で胡坐をかいてきたご同業の強みも弱みもわかってきてるし、ニッチなところで生き延びているご同業も今回のプロジェクトで見えてきた。そろそろ戦線を整理しなければと思っていたから、談合話も悪くはない。価格競争になったアプリケーションは捨てるつもりで、相手の販売チャンネルのいくつかを引っかけられればと出て行った。

先方の東京支店の住所を聞いて驚いた。歩いて十分かそこらしかかからない。歩きながら、何か拾えるものがあるのかと考えたが何があるとも思えない。価格戦争もどきを仕掛けて、同業の利益を削れるところまで押し込むことはしても、利益もでない注文をありがたがるバカな真似はしたくない。あんなアプリケーションでゴチャゴチャする気はない。

小さな会議室で簡単な会社紹介から主力製品の紹介を済ませて、二人ともはたと考え込んだ。重なるところがまったくない。長年にわたって無風状態だったところに、こっちが無理して取りに出て行ったことから始まった価格戦争だった。何が強みで何が弱みなのかも考えもせずに、なんでもかんでも取りに出ればいいってもんじゃないだろう。振り回してきたのか振り回されてきたのか知らないが、何をやってんだお前たちと言いたくなってきた。
大まかな見当はついていたが、製品も体制も十年あるいはもっと遅れていて、こういっては失礼になるが、鉄道車両用で食いつないできた会社でしかない。見るべきものは何もない。販売チャンネルもそれなりのものしかないだろうし、べたべたの日本流の仕事しかしたことないところを紹介されても困る。それでも、一回会ってさようならとも言えない。
「そうですね。今日お聞きしたことを持ち帰って、社内でもませてください。来月にでも弊社にいらしていただければ、紹介ビデオもありますし、デモルームで製品をご覧いただくことも……」
と社交辞令で終わりにした。こんな歴史的遺物のような会社の領分まで踏み込んじゃいけない。がつがつするにもほどってものがある。

もしこの会社のこの事業の再生を依頼されたら、請けるか?何が出来るんだろうといろいろ考えてはみたが、手の打ちようがあるとは思えない。中に入ってみなければ、詳しいことはわかない。それでも外からざっと見ただけでも、この事業に将来があるとは到底思えない。国内市場は縮小する一方だし、日本の鉄道車両の輸出に乗ってといっても、車両そのものの価格が高すぎて国際競争力がない。
製品もその製品を製品たらしめている技術も古すぎてニッチな用途ですら、いつまで細々と生きながらえるかになるだろう。マーケティングで禄を食んできたもとしては、時間とともに消えて行く製品や事業体と心中する気はない。結論は簡単にでてしまった。大した金にもならないし、将来の展開にもつながらないアプリケーションには手をださない。協業?考えるだけでも時間がもったいない。

別のラインからバンバリーミキサー(メーカによってはインテンシブミキサーと呼ぶところもある)を追いかけていた。一台決めれば三千万円は固い。急速に海外生産を進めているから、当分の間は固いリピートも期待できる。年に数台まとめれば、手堅く億の仕事になる。バンバリーミキサーは一貫製鉄所の高炉に相当する。そこからタイヤ造りが始まる設備で、万が一トラブったら工場全体の生産が麻痺する。

同業の実績とそこからうまれる信頼感をなんとか乗り超えようと空っぽの熱意だけで押し込んでいった。いざというときの出先での迅速なサービス体制を心配しながら資料やデータを集めて、なんとか一台目の注文に漕ぎつけるところまで来ていた。そんな大きなターンキーシステムを提供するプロジェクトは手に余るといって、営業部隊もアプリケーションエンジニアリングも後ろにひいて冷ややかに見ていた。いつものことで誰もいない。
話をはじめて二年目も終わろうとしていたとき、やっと最初のテスト機の話がでてきた。標準採用だった重電メーカの押し返しのパワーに圧倒された。一足で踏みつぶされるかと思った。脅威を背にして必死にしがみついていって細かな仕様の詰めには半年もかかった。へとへとになりながら、やったと思っていたら、また事業部の手抜きでまた大騒ぎになった。

納入して試験運転に入ったとたん、なんと三千馬力の直流モータの巻き線の被覆が熱で溶けだして、ポトポト垂れてきているという電話が入った。三千馬力のモータ、木箱に梱包してちょっとアメリカに送り返して良品と交換というわけにはいかない。ものが大きくなると、現地でのサポートをどうするか、どうできるかが最重要課題になるのを思い知らされた。
正直、どうしていいのか分からずに慌てた。それでも、あれこれ探して行けば、似たような前例はあちこちあって、日本でなんとでもなる、というよりあてにならないアメリカの仕事より安心して任せられる。本家アメリカの事業部より日本の外注業者の方が頼りになるという妙な(というより、多分経験者には当たり前の)経験だった。まさか談合話にいったところから教えられるとは思いもよらなかった。
2021/7/16