営業コストが勝負

半導体の技術革新が広範な産業の技術革新の基礎を提供してきた。提供を受けてきた側では、自らの努力以上に半導体産業が提供してくれる新しいプロセッサ、メモリ素子などの性能が飛躍的に向上し、価格が加速的に下がることで大きな恩恵を受けてきた。恩恵は直接、製品だけでなく、製品開発からエンジニアリング、製造、品質管理、営業、サービスまで、あらゆる分野に及んでいる。
さらに、開発環境のデファクトスタンダード、グローバルスタンダード化も進み、恩恵を受けてきた側の顧客も新しい製品の導入が容易になった。恩恵を受けてきた側からすれば、長い間いい事尽くめだった。まさに社会全体の生産性向上のメインエンジンの感があった。
ところが随分前から恩恵を受けてきた側が半導体技術の進歩が恩恵であるより、むしろ抜き差しならない、解決しようのない状態に彼らを追い込んでしまったことに気がついた。半導体技術の進歩により、しばし使いきれないほど豊富な機能の、高性能の製品が次から次へと開発され、市場に投入されることになった。製品開発競争が激化し、市場に投入された新製品があっという間に旧モデルになり陳腐化してしまう。世界標準化も進んでいるので、どの製品も似たり寄ったりのものとなってしまい。他の製品でも容易に置き換えがきくようになり独自製品を持ち難い市場環境になってしまった。
日本の製造業の常として、製品品質は確保しながら製造原価の低減に大きな努力を払ってきた。しかし、追い込まれた抜き差しならない状況は、別のところにあった。営業コストの問題だ。パソコンなどに比べて進化がゆっくりした生産ライン用制御装置や画像処理などでも、十年前には一システム数百万円はしたソリューションと同等以上の、より豊富な機能と高い性能を誇る最新のシステムが今や数十万円で導入できる。パソコンに至っては、昔はSE、あるいはコンサル営業として客に何度も足を運び一つのシステムを、ソリューションを数百万、あるいはそれ以上で販売してきた。ところが、今やネットで購入すれば、はるかに簡便な標準システムが、しばし十分の一のコストもしない時代になってしまった。
たとえ利益率が多少上がっても、単価がここまで下がると営業体制の見直しや、代理店制度の変更などの現状体制を残した状況追従型の変更では対応しきれない。仮に利益率が販売価格の二十パーセントから二十五パーセントに上がったとしても、販売価格が十分の一にまで下がってしまうと、製造コスト以上に営業コストを賄えない。例えば、百万円だった販売価格が十万円になると、かつては二十万円(=百万円 x 二十パーセント)だった利益が二万五千円(=十万円 x 二十五パーセント)になってしまう。これでは営業の出張経費すらカバーできない。その結果、企業の存在の根幹であるビジネスモデルの再構築、あるいは企業のあり方の設計変更を迫られる。
ビジネスモデルを再構築できなければ、長い歴史を持ち優良企業として高い評価を受けてきた名門企業でですら、営業コストを極限まで切り詰めたビジネスモデルを掲げて参入してきた新興企業に取って変わられることになる。
日本の製造業の多が、技術主導のためか必要以上の“ものつくり”への偏重によって製造コスト低減に血の滲むような努力を重ねてきた。技術の進歩もあり製造コストは下がった。ところが、気がついてみれば、トータルコストに占める製造コストは随分前から最大要素ではなく、それ以外のコスト、その中核をなす営業コストが問題となる状態になった。
社内でどのような組織名が使われているか存じ上げないが、伝統的な職種名の定義で見れば、アマゾンには営業マンが一人もいないのではないかと想像している。法人相手、行政相手などの特殊な業種ではなく、一般大衆を顧客とした小売業で伝統的な営業マンもなく、営業活動もなしで小売業として成立している。
製造原価低減への血の滲むような努力だけでは、次の時代に生きてゆけない。営業コストの低減が必須の時代になった。
2015/2/27