世界に誇る職場環境

大手石油化学会社の工場長の講演を聞く機会があった。機械、FA業界には長いが、化学系の製造工程には馴染みがない。以前にも生産管理や製造工程の合理化など似たような演題の話を聞いたことがある。
お聞きした話の多くが、具体的なのはいいが、一人称の説明や紹介に終始していたり、逆に漠然としすぎて何が視点なのか論点なのか分からなった。そのため、今回もたいした参考にはならないだろうと想像していた。
ところが、今回は違った。長く外資で禄を食んできたがゆえに曇ってしまった目が覚まされる内容があった。なされたこと自体はよくある製造工程の合理化とそこで働く方々の負担を軽減するためにデータベースの構築まで含めたシステム化だった。確たる社会認識のもとに現状を分析され、周到な計画に従って実施され成功された自信に満ちた紹介だった。お聞きしたことの要旨は概略次のようなものだった。
私企業として生産効率を上げ利益を追求しなければならないが、同時に生産性だけでなく安全性の向上のためにも、そこで働く人達の肉体的、精神的な負担を軽減しなければならない。データベースの構築まで含めてシステム構築の全てを工場内のリソースでやろうとした。ところがデータベースと基幹システムは、工場内のリソースだけでは、流石に無理で外注業者にお世話になった。が、ただ外注業者に任せるのではなく、システムを日常業務で使用する、操業で使う人達に主体となって構築してもらえる環境を提供した。
こうしてシステム構築の準備から構築作業、操業、改善に従業員が主体的に関与する体制をとった。たとえば、操業現場などのオペレータインタフェースは現場でそれを使う人達に構築してもらい、継続的な改善をして頂けるかたちにした。このようか環境を提供することで、個々の働いている人達に勉強する機会を提供すると同時に、働いている人達同士が担当範囲を超えて協力しあう体制をつくり、必然的に組織横断的なチームもできあがって意思疎通が大きく改善されることになった。
与えられた製造設備と指示された業務を機械的にこなすのではなく、操業システムの構築に主体的に参画することで、当事者意識を超えた操業に責任をもった従業員が育ってきている。後進の育成もこのプロジェクト参画方式でゆくことにしている。ただ、各部署で積極的にシステム構築に参加してくれた人もいるが、残念ながらそうでない人もいる。そうでない人達に対しても能力と意思、その他の諸条件に合わせて勉強して頂く機会を提供し、全員のレベルアップを可能とする環境を提供してゆくことにしている。
このような従業員主体としたシステム構築は日本のしっかりした企業では特別なことではないのかもしれないと思いながらも、ある業界団体の年次総会の基調講演としてなさるからには、逆にあまり一般的ではないのではと想像している。
この従業員が主体となって製造工程のシステム化、合理化、改善を進めてゆくやりかたには付帯というには大きすぎるメリットがある。製造工程の出来/不出来よりこっちの方が重要じゃないかとすら思える。従業員が製造工程の主人公で所有者のような意識にまでその責任感を高めることで、至らない点を解決するだけでなく、状況に応じて継続的に改善すらも内部自動化できる。この一石二鳥どころか何鳥のやり方で階層化しかねない社会を一つにまとめ、生産性を向上してきた日本が世界に誇る職場環境とそれを可能としてきた歴史と社会、その社会の根幹を支えてきた日本の文化がある。
外資では、このような主体として参加させて頂くような環境に遭遇することはまずありえない。参加させて頂くことがあったとしても、表面的かつ形式的なものででしかない。すべては本国の歴史と社会環境が決めることで本国以外は常に一方的に本国のやり方と合わせることを要求される。
ここまで考えてきて、話はそう簡単じゃないのではないかと不安がよぎった。日本が世界に誇る従業員主体型の職場環境だが、日本企業が海外に進出したとき、日本に進出している外資と同じようなことを進出先でしている可能性はないのか。と同時にこの日本が誇る職場環境が、もし、日本の社会、文化があって初めて機能するもので、社会構造も文化も違う海外では成り立ち得ないものだったら、相手に強要すべきものでもないはずだと思う。 日本が誇れるものが実は、日本国内ででしか誇れないとしたら、ちょっと身を引いて誇ることになりかねない。 が、それでも誇りたい。