ブランド意識が招く閉塞

個人でも組織でも自負やプライドを失ったら終わりだと思う。きれいごとで言えば夢、俗な言葉で言えば野望とでも呼ぶ志向と上手に同居した自負やプライドがなければ価値あるものは生み出せない。どちらもなくちゃ先がないが、自負やプライドはありかた次第では自らの選択肢を狭め、個人や組織を抜き差しならない袋小路に追い込みかねない。
自負やプライドも個人としてのものであれば、容易でないとしても個人個人の理性で制御し得るが、それが組織のものとなると、さらに長い時間をかけて醸成された、確立されたものであればなおさらこと、優秀な人をもってしても個人の努力ではどうにもならない状態になることがある。
ブランド企業がブランド意識というのかブランド企業のプライドゆえに朽ちてゆくのはその典型的な例だと思う。普通どのような企業でも創立時からブランド企業だったわけではない。社会、市場の変化と歩調を合わせるかたちで、企業として成長を続け、しばし市場を形成してゆくかたちでブランド企業として、成熟企業としてその社会的な立場を確立した時代があったはずだ。市場と企業の関係で見れば、市場が黎明期から成長期へ、さらに成熟期へと遷移してきた過程と企業の創業期から成長期、さらに成熟期に達する過程はお互いに重なり合う。これは、広い意味での一つの社会現象を市場から見ているのか、企業側から見ているかの違いででしかないから当然の話しだ。
成熟期に入ると企業だけでなくどのような社会組織にも言えることだが、彼らの確立された市場の状態を大きく変えるような変化を嫌うようになる。その確立した状態にまで達した経過は自社と市場の総合としての歴史であり、現状はそれ自体が自己実現に他ならない。それを大きく変えるということは、試案であっても自己否定につながりかねない。自らの立場を強化するような変化であればまだ許容の余地がないわけではないが、たとえそのような変化であれ、市場での確立した地位があえてそれを必要としない。合理的に判断すれば、必要とされていないことに金を使うのではなく、ブランド企業の名に恥じることのない高収益を誇示して、利益として計上する方を選択するだろう。
結果として、技術面や営業政策面など全ての点での現状維持が彼らに安泰と既得権益を保証することになる。そこに、安泰な環境に市場のゲームのルールを変えるかもしれない、次の時代を築く可能性のある新しい技術の萌芽がでてきたら、何が起こるだろう?第三者が開発した新技術ではなく、ブランド企業自身がその新技術の開発の当事者だったら、ブランド企業はまず間違いなくその新技術を採用しそうなものなのだが、歴史を見ればことはそのように単純でなかったことが分かる。
なぜ?乱暴に極論させて頂ければ、要は採用することになんら利益を見出せなかったからに他ならない。新しい時代の基礎となった技術でもその萌芽期には、多くの場合、信頼性にも問題があったり、確立された、フィールドで実証された既存技術に比べれば、単位価格当たりのメモリ容量や単位データ当たりの読取時間のようなコストと性能のいずれの点でも劣っている。ブランド企業の技術陣や経営陣の中にはその萌芽期にある新技術の可能性をしっかり認識して、早期の採用を主張される方がいらっしゃる場合もあるだろう。
しかし、ブランド企業を率いる見識のある経営陣と優秀な技術陣が新技術を正当に評価すればするほど、既存技術で絶対的優位に立っている現時点では、萌芽期にある危なっかしい技術を採用するのは時期尚早という結論にでも達すればいい方で、多くの場合、採用を検討する価値もなしという結論にすらなりかねない。どこで、いつでもそうだが、どのような組織でも一枚岩ではありえない。既存技術で優位にたっているということは、その技術ゆえに社内で立場のある人が多くいらっしゃるにほかならない。新技術の採用検討、検討ですら、その方々の立場からすれば、自らの存在基盤を揺るがしかねない試みに写る。市場での優位性の故に、自社の決定は市場の決定という傲慢な思い上がりすらありかねないも風潮も手伝って、そこでは市場の変化の流れからではなく社内事情を最優先して意思決定される。
その結果、新しい技術を採用するのは、ブランド企業と同じ経済基盤、技術基盤の土俵に乗っていたのでは、ブランド企業と競合し得る可能性のない弱小新興企業であることが多い。そのような企業には、ブランド企業には採用による利益が見出せなかった技術を採用することに利益を見出す可能性が高い。 現状では技術力で劣勢にあり、ブランドなどない弱小新興企業は、ブランド企業が占有している中心に位置する市場セグメントではなく、多くの場合、機能/性能‐価格の両面でその下に位置する市場セグメントに注力せざるを得ない。そのため、彼らが「利益を見出す可能性が高い」という新技術は、彼らのビジネスが成功する−ゲームのルールを変えるためには、極近い将来に機能/性能−価格を破壊的に引きずり下ろす可能性の秘めたものであることが必須となる。
優秀な経営人に率いられ、技術陣と自社技術を持っているが故にまじめに評価すると新技術の導入を正当化しえない袋小路に入り込んでしまいかねないブランド企業を尻目に新技術の波に乗って新興企業が明日のブランド企業に発展してゆく世代交代のサイクルが出来上がる。