傲慢に変容した自信

車載用電装品の大手メーカの守衛所と従業員の態度があまりに礼を逸しているのが問題になったことがあると、その会社の事業部部長からお聞きしたことがある。外国人VIPの来社が多いこともあり、さすがに本社の守衛所では、驚くようなことはなくなったらしいが、いくつもある工場の守衛所では来社する人の立場で守衛の態度が極端に変わる。スーツを着てそれなりの身なりの人にはまだフツーの態度なのだが、作業服を着た一見して下請け業者と見える人には、まるで昔の官憲のような態度で言葉遣いまでが違う。
資本比率では対等だが、ビジネスの性格上明らかに米国側のこっちが上の立場の合弁会社の一社員として、あるプロジェクトの実証試験のためその会社の一工場で作業することがあった。現場作業で使用するPCやら書類やらを手では持ちきれないため車で工場に入った。入る時も守衛の態度にむっとしたが、一日の現場作業を終えて退社する際は全員車から降ろされて車内とトランクを調べられた。まるで窃盗容疑者の扱いだ。それほどまでに物騒な工場なのかと、こっちが心配になった。明日、作業しているときに、ちょっと現場を離れたスキにPCでも持ってかれたら目も当てられない。
本社の4階か5階の会議室を使うまでのことのない簡単な打ち合わせには建物に入ってすぐの広い商談スペースの一角で間に合わせた。何時行ってもかなりの数の業者が打ち合わせをしていた。机と机の間隔が狭いうえ、パーティションないので、隣の話が聞こえてくるが、話に夢中になっているときは隣の話が気になることはなかった。
ただ、数回、嫌な話というより嫌な話し方が聞こえてきた。隣の話を聞いている余裕はないので、細かなことは分からない。聞きたくなかった話の一つは、どうも加工部品の精度が問題になっているような話だった。いかにも町工場の親父さんといった、50歳後半か60歳前半の多分社長と思しき人が部下と一緒に平身低頭して説明を繰り返している。相手は大手電装品メーカの社員で、どう見ても20歳代半ばがいいところの若手社員だった。繰り返される説明から問題の原因は町工場側より若手社員のちょっとした指示のミスにあるのが分かる。公平に話を聞けば、誰が聞いても非は若手社員にある。にもかかわらず己の非を認めない。認めないどころかどころか、強圧的な言葉で、問題の原因は若手社員の指示を理解する能力のない町工場側にあると主張し、きちんとした部品を早く持って来いとほとんど命令口調で、彼らの言い方で言えば、協力会社を指導していた。立派なご指導の挙句が、納期の遅れをどうしてくれるんだ、外注先としての評価を下げることになるかもしれないと、まるで脅迫だ。年齢がいっているから偉いとか、年配者には礼をとか言う気もないが、少なくとも相手は、たとえ零細企業であっても一国一城の主で、こっちは学校出てきて何年もない一社員に過ぎない。会社の代紋を笠に着るにもほどがある。
その大手電装品メーカの協力を得て新製品の開発をしていた。当時、ハードウェアをうまくコンパクトにまとめる技術は圧倒的に日本が優れていたこともあり、ハードウェアの開発を電装品メーカに依頼し、米国側はソフトウェアの開発を担当した。産業制御機器の開発だったため日本側には必須の知識も経験もない。そこで米国側から日本側に設計基準から検査基準いたる全ての技術を提供した。
電装品メーカの技術陣が産業用制御機器のモジュール間の通信に光通信を持ち込んだ。配線も楽だし、電磁波ノイズにも強いし、いい事だらけの方法に思えた。開発が進んで、プラットフォームの検証実験の段階になってみんなが驚いた。光通信にどうしても電磁波ノイズが乗る。電磁波ノイズが乗る原因は光通信とそのコンポーネントにあるのではなく、使い方にあることははっきりしていた。考えられる対策をこうじてみたがうまく行かない。
日米の関係者が集まって電磁波ノイズの問題を話し合う会議に、日本側のアレンジで、光通信のコンポーネントを提供している某大手重電メーカの担当事業部のかなり上の営業と営業技術が、彼らの製品の問題でないことがはっきりしているにもかかわらず、招かれた。三者で話したが、ここでは技術的な詳細検討ができない。開発から製造、品質管理までの全ての技術陣がいて、全ての技術資料が手の届くところにある−東京にある某大手重電メーカの担当事業部で会議をしようということになった。
日本側の担当技術部隊から調達部隊に某大手重電メーカにこれこれの理由で訪問することにしたと報告が行った。即、調達部隊のトップから訪問はまかりならんとストップがかかった。ストップの理由は、そのお偉方によると、「日本側の電装品メーカは、某重電メーカからは毎月10億円の単位の製品を購入している最重要顧客だ。最重要顧客が名古屋近郊から東京の一部品納入業者に障害対策のために出張するのは許可しない。部品納入業者は、トラブル対策にために必要な人員と資料全てを電装品メーカに持参して会議なり、作業なりをしなければならない。」
このストップに米国側はただただ呆れるしかなかった。日本側は米国側に対するメンツがつぶれ、Reasonableでない自社の文化を(多分、多少は)恥じた。多少恥じるまでがそこにいた方々の限界だった。ことの大小はあるが似たようなことを彼らも日々していた。
問題は、20歳代の若い従業員態度でもなければ、守衛さんの態度でもない。就職してほんの数年のうちに自省や自戒という人として欠かせないものを失うことが、その会社の社員になる必須条件のように見えた。自省や自戒の気持ちを曲がりなりにも持ち続ける人はそこでは生きられない。 親会社の大成功に引きずられるかたちで自動車電装品メーカとして世界を制覇したという自信を持つのは結構だが、それが高じて上から下まで傲慢であることが従業員の証のような企業文化が、その企業を企業ならしめている文化が問題であることに気が付かないというより、多分その文化を創ってきた経営トップにこそ問題がある。