人として貧しい企業文化

震災のおかげで、埋立て地からちゃんとした地面あるところに引っ越した。以前の住まいで使っていたエアコンがそろそろ買い換えの時期にきていたことと、引っ越した先の間取りが今までと大きく違うことからエアコンをまとめて三台買わなければならなくなった。引越しも大変だったので、エアコン三台はちょっとした出費だった。
引っ越し先の地の利がなかったため、ちょっとしたものが必要になった時にどこに買いに行けばよいか大体の見当が付くようになるまで時間がかかった。新聞の折込広告がこれほど役に立ったのは初めてだった。広告を見て隣駅の家電量販店に行った。エアコン需要がピークになるちょっと前だったが、かなりの数の客と客の対応に追われる店員が小忙しく働いていた。壁一面に設置されたそれぞれのエアコンの下にそのエアコンの製品としてのセールポイント、販売店が提供している付帯サービスなどが書かれた紙が貼ってあった。部屋の大きさにあった容量のエアコン数機種--候補は直ぐに決まったが、決まった候補のどれにするかを決めきれない。説明を読むとちょっとした違いはあるようなのだが、いずれにしても廉価の普及機、要はエアコン。どれも似たり寄ったりではっきりした優劣がありそうにはみえない。
どうしたものかと思って、エアコンが展示してある場所からちょっと引き気味の場所にいて接客していない、30代中頃の店員にエアコンの説明を求めた。説明を頼べば店員が説明してくれるものだとばかり思っていたが、なぜか勝手が違う。その店員、エアコンの方に行って説明をしてくれるような素振りがない。エアコン売り場には、年配の店員が五名ほどいて、あっちこっちで客にエアコンの説明をしていた。30代中頃の店員は自分で説明しようとせずに、空いている年配の店員に目配せでこっちへ来いといった感じの指示をした。急ぎ足でこっちへきた年配の店員に、ちょっとそりゃないんじゃないかという横柄な口ぶりで、エアコンの説明をするようにと命令口調で話した。
年配の店員は定年間近か定年後の嘱託の年齢の方だった。メーカの社名が付いたジャケットを着たメーカからの派遣社員だった。年齢でみればオヤジと息子ほどの違いがある。若い、製品をまともに説明出来ないのがその量販店の正社員で、その正社員に顎で使われているようなところのあるのがメーカからの派遣社員の立場なのだろう。立場の違いがあるとは言え、仮にも一部上場と言うだけでなく日本を代表する電機メーカの、それなりのご経歴をもっているはずの方に対して、若造、それもたかだか家電量販店の売り場店員が、なんたる態度かと怒りを通り越して呆れ返って言葉がでなかった。
学歴も違えば、その学歴の違いを生んだ勤勉さや真面目さからはじまって、社会経験も違い、もっとはっきり言ってしまえば人としてのあり方までに大きな違いがあるようにしかみえない二人。二人の態度と話し方から年配の派遣店員に方には、軽い畏敬の念すら湧いた。若い店員の横柄な態度に嫌な顔一つ見せずに、他社のエアコンについて実に丁寧に素人にも分かり易く、宣伝文句となっている機能が追加の出費に値するものなのかまで含めて説明してくださった。話しぶりは、ガチガチの技術屋でもないし技術の裏付けのない営業でもない、どのようなご経験を積んでこられた方なのか知るよしもないが、定年近くの年齢のせいもあるのか、いい意味で枯れた、達観したような口ぶりの話を聞かされて、エアコン買いに行って清々しさすら感じさせてくれた。
若い店員、これからの人材なのだろうが、人生の始まりのところ-多分、高校か大学と、入社した会社で既に大きな間違った経験と、してはいけない学習をしてしまったのだろう。客に対してはいやらしいくらいの平身低頭、立場が自分より弱い人に対しては暴君のような横柄な言動。体育会系によくいるタイプで、頭の乱視が進んで人間関係を上下関係ででしか見れなくなっている。こっちに背を向けて、派遣店員に向かって話をしている時の態度とこっちに向いて話している時の口ぶりがあまりに違う。とても同一人物の話し方とは思えない。幸い、どっちの口ぶりが本当の彼かと迷うこともない。客には取ってつけたようないかにも営業トークで、下手なというより間違った敬語を使う。こっちに背を向けて話しているときが本当の、地の彼なのは一瞬のうちに分かる。一言で言ってしまえばその程度の人材ということになる。
日本で最大のビジネス規模を誇る家電量販店の一店舗、その程度の人材しか集められないのだろう。客に対する平身低頭と弱者に対する横柄な態度--大量購入で買い叩くなども含めて--は、その家電量販店の成り立ちそのもの、それなくして存在し得ない、文化そのもののような気がする。30代の店員、しっかりその文化に染まって、その企業文化を象徴的に示しているだけなのだろう。いつでもどこでもあることなのだろうが、人として情けなさすぎる人が多すぎる。人として情けないことによってしか存在し得ない、その存在し得ない文化がウィルスのように感染して広がってゆく。挙げ句の果ては、ウィルスに感染した人達からウィルスに感染していない健康な人が変わった、おかしな人と疎外される。なんともならないな。