他人任せにも程がある

産業用製造装置や検査装置の客は装置を求めているのではなく、直面している課題を解決するソリューションを求めている。注文は装置の注文として入ってきても、提供しているのは装置だけではなく、その装置を使ってこうこうこういうメリットがあります、こういうことができますというソリューションになって久しい。課題を解決し得る装置にはその装置を装置たらしめている原理から、その原理を実用化したエンジニアリング、メーカとしてのノウハウが凝縮されている。装置メーカごとになにを凝縮しているのか異なるが、課題を解決することを目的としている顧客の視点では、なにが凝縮されていようが関係ない。視点は一つ。コストをできるだけかけずに課題を解決できるかどうかということにある。
そのため、装置メーカの営業は装置の説明を一歩出て、その装置を使って得られるメリット−ソリューションを客に説明しなければならない。昔ながらの顧客との信頼関係はあって当たり前だが、関係だけで営業がすむ時代ではない。付加価値の高い装置になればなるほど、装置の説明までしかできないルートセールスのような営業マンでは営業にならなくなる。
装置を開発、製造する能力、それを修理する能力、それを使う能力、それぞれ必要とする能力の間には大きな違いがある。自動車を思い浮かべれば分かり易い。自動車を作ることで禄を食んでいる人達、自動車の修理で生計を立てている人達、そして運転する人達では、自動車に関する知識の質、量ともに違いという言葉では表し得ない本質的な違いがある。
自動車メーカの技術陣が、普通の人が運転できるように、町の修理工場のサービスマンが修理できるように自動車を設計している。設計者はフツーの人達の運転がどのようなものなのか、町の修理工場でどの程度のサービスまでなら期待できるのか知っている。知らなければ自動車を設計できない。
産業用製造装置や検査装置でも自動車と同じことが言える。代理店やエンジニアリングパートナー、最終顧客。。。製品が製造され、出荷され、最終ユーザで所望の結果をもたらすまでに幾つもの段階の人達が関与する。その関与する人達のなかでどの人達が製品機能や性能のことを一番知っているかと言えば、当然製品を設計、製造したメーカ以外にはあり得ない。その製品のどの機能をどのように使用すれば、こういう結果が得られるはずというのは製品開発の企画の時点で決められている。決めた通りに出来上がっているかどうか、技術的な壁やコストで妥協していることもあるだろうが、製品のメーカは知っている。
そのメーカの営業部隊に対して製品トレーニングをできるのもメーカのマーケティング部隊か設計技術部隊以外にはあり得ない。F1のレーシングカーのような製品でもない限り、製造装置メーカであれば、基礎技術から使い方の応用編に至るまで社内で教育できる。できるはずと巷では思うだろうし、思って当然だろう。
なかには行政絡みや業界団体が設定している資格をとらなければ業務に差し支える業務もある。社として有資格者を何人抱えているかなどということが、少なくとも表面的な信用の裏付けに使われることもある。そのため、業界団体が提供している資格試験にパスすることが社員の個人個人の課題に留まらず社の課題として扱われることがある。そのような企業では、資格試験にパスして有資格者になることが昇進も含めた評価基準に組み込まれていることも珍しくない。
業界によっては、資格試験を受験するための準備を資格受験予備校のようなかたちで提供しているとこともある。装置メーカのユーザーであれば社員教育を社内でしきれないところも多いだろう。しかし、それなりの歴史と事業規模を誇るメーカであれば、社内で資格試験の受験の準備のトレーニングができるし、してきた。もし、できないとなると、それこそ社を上げての問題になる。製品の使い方を社内で教育できなかったら、使い方もよく分からなかったら製品の基本仕様の決定すら自社ではできない。まして、客に提案するソリューションにどれほどの説得力があるのか。メーカがメーカであり得なくなる。
ひとつの例に過ぎないが、業界ではそこそこ知られた工作機械メーカがここにあったとしよう。そのメーカの部品加工ラインの若い従業員が旋盤工の資格試験を受けるとなれば、社内で資格試験の準備が周到にされる。準備もろくにせずに、あるいはその従業員の個人の立場での資格試験受験はあり得ない。実力不足で試験に合格できないこともあるだろうが、受験するに値する、チャレンジする能力を持っているからこそ、社としてそこまで教育してきたからこそ、受験がある。もし、万が一、合格ラインを遥かに下回る結果とでもなれば、受験した本人以上に社としての恥と考えるだろう。
あり得ないとは思うが、もし、社内で社員を教育しきれずに、業界団体が提供している資格受験対策コースのようなところに社員を送ったらどうなるか?どの業界も狭い。あっという間に、あのメーカではこの業界で必須の基本的な知識を社員に社内教育できないとう評判が広がるのに大した時間はかからない。基本的な知識すら社内で社員を教育しえないメーカの営業マンから、製品からソリューションまで踏み込んだ説明が得られると思う客がいるだろうか。
業界団体が用意している汎用的な知識すら社内で社員に教育できないでいることを問題とすることなく、社員を資格受験予備校のようなところに送り続けて、それを当たり前と思っている経営層がいたとしたら、それは経営層としての認識の欠如という本質的な問題に、そして、“任に能わず“の結論になる。この結論を出せない、出しえない経営トップがいたら、同じように”任に能わず“ということになる。
2013/9/8