ヘゲモニーの支配

雇った方は、組織を構成するただの一社員として雇ったのだったろう。ところが、雇われた方は傭兵の意識で、ぼんやりとではあってもある期間内に、仕事を進めてゆく組織と文化を作って、後任に引き継いでいなくなるつもりでいた。退社しないまでもいつまでも同じ部署で同じ事、似たようなこと繰り返す日常に入り込む気はさらさらなかった。こっちに来ないかと打診を受けた時から、入社してからもそれとはなしに呼んだご本人と関係者に何をどうしようとしているのか、気分を害さないように注意しながら聞いた。いくら聞いても状況の説明になってもいないし、どうしたいのかというビジョンもない。誰も全てを完璧に知っているわけではないが、それにしてもひどすぎた。つけようとする格好だけは一人前なのだが、まともに勉強したことがない、あるいは勉強することを勉強しそこなったのか、中身と呼べる中身がない。
日本の同業からの転職組も多かったが、前職の“点“としての経験を引きずっているだけで、自分達の状況と目的に応じて、こっちの点とあっちの点を結んでという程度の些細な、たとえ一部分にすぎないにしてもビジネスの絵を描ける人がいなかった。米国本社の体制や業務フローを形として持ち込んだのはいいが、上にも下にもどこにも自分達の置かれた状況からみた目的を規定する能力のあるキーとなる人がいなかった。外資にありがちな、呼び名もやり方も同じで形はある。だが、あるべきはずの、これなくしては組織もビジネスもあり得ない肝心のものがない。本来、たとえ曖昧だったとしても、ビジネス全体の絵があって、個々の業務の目的がある。この類のことが全くないところでは、仕事はよくて流れるだけ、下手すればドブ川の河口のように滞留して人も組織も腐りかねない。最初に所属した部署のスタッフ全員が、よくても今やっている一つのタスクの目的までしか考えられない文化しか持っていなかった。
やらなきゃならないことに手をかけたが、前任者が多分前任者から引き継いだやり方-外注との関係から社内の関連部署との連携。。。で、できないことはないが最低限の質を確保し得ない。社として顧客に質を保証し得ない。面倒な事をしないで従来のままでいけば、皆と同じように流れるに任せたやり方にすれば、楽だし、周囲との摩擦を心配することはない。でも、それをしたら、最終的には雇用者である社に、顧客に、パートナーに今までと同じように迷惑をかけ続けることになる。前任者のされてきたこと、日本支社設立当時からの組織としての能力の限界から今に至っているのだろし、前任者がされてきたことには出来る限りの尊重もするが、将来の社と組織、その構成員のためには、変えなければならないことは変えるしかない。
関係者の立場、思い入れ。。。ここに至った経緯。。。にかなりの注意を払いながら(向こうはそう思ってはいないだろうが)、一つひとつ改革を進めていった。改革は自分だけで、自分が所属する組織だけでは進められない。当然、社内のあちこちの関連部署、外注先、販売代理店、エンジニアリングパートナーとの連携のあり方、業務の進め方、良否判定の基準からなにからなにまで関係してくる。自分一人ではできない。できるだけ多くの関係する人達に毎日のように話しかける。何が何を問題として見えているのか、その何がをどう変えてゆくのか、行けるのか、こっちはこうするが、そっちはこうできないか。。。。傭兵がいつものように上も下も、内や外の区別もなく、対等の視点でヘゲモニーの支配を目指して囁き続ける。そのうち、囁いたことがそのまま、あるいは変形して誰かの考えとしてこっちに聞こえてくる。あちこちで気持ちある人達が、似たような視点でことを見て、似たような指向を持ち始める。もともとあったことに火を付けただけかもしれないが、あちこちで部署を、分掌を超えた協力関係が非公式に出来上がってくる。なかには本来の業務をさっさと片付けて、こっちの方が面白そうだからと押しかけ女房みたいのや、人事異動を直訴する人まででてくる。
改革の萌芽が見え隠れしだすころになると、改革が進むと立場が危うくなりかねないと考える人達から陰に陽に反動が起きる。仕事を流していることが仕事をしていることだと思っている一担当者の場合もあるが、多くは何らかの職責と権限を持った人達で、それまでなんだかんだと言いながら格好をつけてきたのが、改革を前にして、己の利益しか考えられない貧しい人間であることを露呈することになる。この能力なくして権限だけの輩が少なくとも邪魔をしないように、できないように、するにはあまりにリスクが大きすぎると悟らせ得るかがヘゲモニーの支配の要点となる。
何か価値あることをしようとすれば、前任者が、上司がまともに仕事をしてこなかった、今までの組織が機能していなかったことを証明することになる。でも、価値あることをしようとしなければ自分がない。傭兵のエゴと思われては困る。雇用社の、その構成員の多くの人達の将来を思えば、市場における確固たる社としての自己定義、それに基づいた戦略が提供されねばならない。自己定義と戦略を検証、調整、変更してゆく組織としての能力をOn-the-job trainingで傭兵が提供する。ヘゲモニーの支配という文化を提供する。
2013/07/21