整理して渡して、次へ

この類のことは営業職に限ったことではないのだが、分かりやすい例として営業マンの思考形態と営業体制を取り上げる。
営業マンもベテランの域に達すると顧客のビジネスに多少の波があっても毎年堅調に売上げを上げてくる。市場が大きく崩壊でもしない限り事業計画の見直しを迫られるような大崩はない。同僚営業マンの退職や新人営業マンの加入などの人事異動、組織変更などを経て、一般的にベテラン営業マンは大口の固定客を担当していることが多い。総売上げに占める大口固定客の比率は色々あるだろうが、企業として事業を継続してゆくためには大口固定客は一般的に最重要顧客であることが多い。
大口顧客との関係はしばし長い時間をかけて、ビジネス上の取引以上の人間関係の構築まで含めて今日に至っていることも希ではない。他の客とは比較にならないほど経緯も含めた特殊事情があり、それを書類(形式知)にまとめるのは難しい。そのためベテラン営業マンから他の営業マンへの引継ぎが難しい。難しいというだけでなく、ベテラン営業マンが己の保身のために、まるで個人稼業の企業機密のように内実を明かさず、できるだけ暗黙知を暗黙知として保ち、形式知にしようしない。させられたとしても、かたちだけの内容のないものに留める努力すらする。
その甲斐あってか、ベテランの担当営業を外せず、いつまでたってもその担当営業しか細かなことが分からない。結果的に彼に任せきりになる。また、ベテラン営業マンになると、一番売上げを上げ易いテリトリを任されていることも多い。時間をかけて作り上げられた大口固定客と市場性のあるテリトリ、この二つの要件があって営業成績を上げることができ、ベテラン営業マンがベテラン営業マンらしく振舞うことを可能にしている。
ベテラン営業マンと言えども、全く馴染みのないテリトリや製品群をポンと与えられて、即、今までと同じように営業成績を上げられるわけではない。営業成績、誰にでも最も分かり易いのは受注と売上げだが、これが上がらないとベテラン営業マンらしく振舞えなくなるとでもいうのか、ベテラン営業マンの言動までが違ってくる。
同じことが営業として、まだまだ経験の浅い営業マンにも言える。たとえ販売している製品やサービス、市場や顧客に対する理解があやしくても営業成績が上がれば、それなりの言動になり、営業経験が長いだけの営業マンを下に見ることさえする。目に見える数字だけの原初的な世界がそこにある。
営業部隊全体を率いる、更に事業全体に責任を持つ立場からみれば、この見える数字だけに振り回されていたのではマネージメントがないというだけでなく、組織として、企業として先がない。ベテラン営業マンに従来からの市場、大口固定客を任せているということは、新規市場や新規顧客の開拓を経験の浅い営業マンに任せていることに他ならない。
下賎な言い方をすれば、歴史遺産とでもいうべき既得権益に胡坐をかいているベテラン営業マンと不毛に近いか、あるいは営業担当任せの新田開発待ちの荒野やあっても小口の顧客しか望めないようなテリトリに新人や経験の少ない営業マンを当てて、実績が上がれば儲け物といった営業体制のところが多い。それは、とても体制と呼べるような組織でもないし、マネージメントがあるとも思えないのだが、その程度しか知らない人達にはそれが営業体制であり、営業マネージメントだと信じている。
大口固定客を後進に譲って、営業部全体では成績が上がったとしても、ベテラン営業マン個人としての営業成績は下がるだろう。マネージメントは、この個人として下がった分を組織で補い評価する体制を構築しなければならない。まず、そのような体制がありうると考えること、その体制が曲がりなりもできなければ、何時まで経っても人として半人前で、自分の成績しか興味のないベテラン営業マンが巣を食う営業部隊しか作り上げられない。よくて一匹狼とその影に隠れた野良犬とそのバラバラの上になりたつ組織を組織と呼べるのか?それをマネージメントしているというマネージャや経営陣をマネージャや経営陣と呼べるのか?
本来、ベテラン営業マンとのしての真価の発揮どころは、次の二点に絞られるはずだ。まず、今まで担当していた大口固定客の営業業務をいかに標準化し、業務を簡素にして、できるだけ多くの暗黙知を形式知化して、営業サポート部隊と次の世代、経験の浅い営業マンに引継ぐ。次に、自らは新市場開発、新規顧客獲得に全力を上げ、営業部隊全体の成績、事業体全体の業績を向上する。
ベテラン営業マンがすること、しなければならないことは、少なくとも過去の遺産で食いつなぎ偉そうに振舞うことではないはずだ。後進が仕事をし易い環境を作ること、後進に業務を引き継ぐことは、並大抵の能力ではできない。経験のある人が経験に基づいてその都度処理するのは、できて当たり前。経験なり、知識なりを整理して、それを後進に渡して、渡した知識が後進の限られた経験を補う。そのお陰で、知識も能力も限られた後進がベテランに比べて遜色のない仕事をやってのける。やってのけるのは後進だが、やってのけられるようにするのはベテランの責務だ。ここまでの引継ぎや後進育成ができる人材がいるか、いないか、いることを奨励する企業文化や組織文化があるかないかが企業の将来を左右する。企業も組織もベテランもこれができてやっと半人前に近づける。これをしようとしないベテランは何時まで経っても半人前にもなれない。それは、それ良しとするマネージャにも経営陣にも、営業以外の業務に携わる人達にも、社会全体にも同じ事が言える。
2013/7/28