キャリア組み社長の情報網

ドライブシステム市場の開拓で暗中模索していたとき名古屋の電炉屋にお伺いする機会があった。米国から輸入したコンベアに自社のインバータが搭載されていた。コンベアを始動するとインバータがトリップしてしまうという障害だったが障害の解決以上に人のいい部長にお会いできたことが人生を変えた。偶然時間があったのだろう製鉄業界のことを素人相手に丁寧に解説してくれた。素人ながらにもこれは追いかけてみる価値がありそうだと納得させられた。
素人のやること、業界の地勢図もなにもあたりまえことすら知らない。多少なりとも知っていたら多分できないし、しようもしなかったろう。小さなところで実績を積んでなどと悠長なことを言ってる気はない。ダメならダメでいい。何かきっかけでもなければちょっかいは出さない、逆に言えば何かちょっとでもきっかがあれば追いかける−先を急ぐ気持ち−何かに追いかけられた気持ちがあった。
どうせ乗り込むなら大きい方がいい。新規市場を開拓しようとすると、これと思ったアプリケーションにも、あれと思った案件にも必須の条件を満たせないことが多いことを痛感する。大手であれば、あれこれアプリケーションの種類も豊富だし、案件ごとの条件もさまざま、どこかで上手く合うケースが出てくる可能性もある。小さいところの一点勝負のような特定のアプリケーションでは外れたら何もない。何か合うのがあるだろうという程度の理解で専業メーカに焦点を当てるのは得策ではない。市場開拓の視点でみれば当たり前のことなのだが、大手の戸を叩くのを恐れて小さいところで実績をというのが一般的なアプローチだろう。
自分の事務所の最寄り駅から二駅のところに製鉄業界最大手の本社があった。自動車産業程度までの製造業しか分からない素人が右も左も分からずに最大手の製鉄所でもあり製鉄産業などに設備とエンジニアリングを提供している会社の本社におしかけた。ゼロからの紹介から始まって、そこそこ相手してもいいかなと思っていただけるのに−納入指定業者の登録に到達するのに半年以上かかった。ここまでくれば関連業者の門も向こうから勝ってに開いてくる。
歩いても行ける距離なので頻繁にお邪魔して市場全体から技術開発の趨勢。。。何も知らないがゆえに聞くこと聞くことが勉強になった。聞いたことから何を勉強しなければならないかがはっきりして、関連書籍を何冊か読んだ。お付き合いさせて頂く際の最低減の礼儀だと思っている。始める前から十分な知識があればいいが、そうでなければ始まってから、たとえ付け刃でも付ける努力はしなければならない。
話を聞けば聞くほどここは篭絡しなければ、とうより篭絡が見えていた。国内需要の急成長に答えなければならない中国の製鉄業の設備投資の大きさに衝撃を受けた。多少時間をかけてでも世界の製鉄業界を牽引してきた製鉄所のエンジニアリング外販部隊とそのパートナーにくっついていればなんとでもなる。受注もなにも時間の問題に見えた。
日本の会社に引きずられるかたちで中国の製鉄所を訪問した。技術検討会とでも呼んだらいいのか、ミーティングに参加して驚いた。ミーティングを仕切っているのは中国側で日本側は中国側の無理難題を受けるのに精一杯で、中国側の都合でいいように翻弄されていた。それは譲歩などと呼べるものではない。提出された基本要求仕様に基づいて日本の重機械メーカとそのパートナーが詳細設計までして、その詳細設計の背景となる基礎技術情報や詳細データを中国側に説明資料として提出する。それを受けて中国側はさらに詳細要求や変更要求を突きつけてくる。
詳細技術情報を全て出し切ったところで、中国側から涼しい顔をして、これは中国側でやることにしましたと、中国側が用意した通訳を通じて事務的に聞かされる。今までやってきたことは中国側が技術も経験もないから施工直前までは日本企業にやらせて無償で結果をもらってしまうという、いかにもとしか言えない小ずるいやり口を見せつけられた。(聞いた話では日本の首相が中国の首相と記念写真を撮った上海の大きな橋はその一例だという。)
ちょっとメンバーの違うチームで応札と技術検討会に連れてゆかれて、ああだのこうだのと話し合いを聞いた。そこまでで、それ以上の進展はなく重機械メーカがいつものようにきちんと失注してきた。何回か失注を重ねているなかで、上司にあたる社長のスタンドプレーとプレッシャーが気になりだした。何かされるよりは何もしないで口を開けて注文を待っているだけにしておいた方が無難な人だった。ただ、そこはコネで有名な私立大学の出身者らしく、応札のたびに知り合いにステータスを聞いていた(ようだ)。
日本を代表する総合商社のファイナンスに世界の製鉄業界を牽引してきた製鉄所の外販エンジニアリング部隊とそのパートナー。どこに行っても負けるはずのないチームで応札した。設計検討会とやらで現地の製鉄所と日本の製鉄所の外販エンジニアリング+日本側の重機械メーカとやりあいを聞いた限りでは、前評判のような有利な立場にいるようには見えなかった。帰国後、最も苦しい立場に立たされていた重機械メーカの部長と電話で状況を打開する方法はないものかと話していた。
社長から状況報告を求められ、今回の案件も社長から聞いているほど有利な立場ではないこと。贔屓目に見ても勝算は五割に満たず、いいところ四割程度でしかない。重機械メーカとどのような対策が可能か話している。。。と伝えた。
社長からきつい言い方で、情報はマルチでとれ、オレがつかんだ情報では百パーセント受注は間違いない。今晩副社長と三人で前祝いに行くぞ。。。
百パーセントですか?愚生の理解ではまだ半分以下で、失注の可能性の方が高いですけど。。。
だから情報はマルチでとれと言っているだろう。。。
何を言ってもしょうがない。社長の情報が正しければそれに越したことははい。どっちの情報が正しいの正しくないのは二の次で受注できればそんなことはどっちでもいい。実感のないまま前祝で飲んで。。。
一週間もしないうちに、残念ながら社長のマルチの情報がガセというのかコネと代紋で生きている連中の希望的観測でしかなかったことが分かった。なにがマルチだ。コネや代紋で生きてる連中と戦場を走り回っている者を一緒にしないでくれと思いながらも、これでこの先社長が首を突っ込んでくる機会が減ると思ったら、この失注、なんてことないことに思えた。銃後がごちゃごちゃして足を引っ張られるようなことがなく、前線で思うように動ければ必ずどこかで成功できる。時間の問題ででしかないことがはっきりしていればバタバタすることはない。時間が証明する。
2014/11/30