半煮えのお墨付き

最初の単独訪問から米国本社のマネージャを連れての訪問、個々の製品の紹介からシステム案件の実績の紹介、現地のサービス体制に対する要求と提案、参考見積りの提出から何件かの実案件に対するソリューションの提案と見積りと失注。正確には客である重機械メーカが失注したため、そこに制御システムを提案していたこっちも自動的に失注ということになってしまう。
重機械メーカの標準制御プラットフォームへの採用だけでも一年以上かけた。標準パートナーとしての立場は固めた。ヨーロッパの競合メーカや日本の重電メーカが取り返しに来てもちょっとやそっとのことで置き換えられるようなやわなものではない。米国が最も得意とする標準化とカスタマイズに対応した柔軟なプラットフォームは強かった。差別化を武器にカスタムソリューションだらけになって身動きできない日本の競合やカスタマイズへの対応が鈍いヨーロッパの制御機器屋がおいそれと実現できるようなプラットフォームではない。
日本市場は重機械メーカの主要二社で寡占状態だった。国内市場の限界がはっきりしてしまってどうしても海外市場に活路を求めなければならなかった。二社のうち大手の方では標準プラットフォーム、二番手の方でもほぼ標準プラットフォームになっていた。もう、これ以上パートナーとしての立場を強化する必要はないし、あえてしようとしてもすることがないところまでいっていた。どちらが、しばし両者が競合するかたちで海外鉄鋼メーカに応札にでるときは必ず声がかかってきた。それ以上に鉄鋼メーカに応札している海外の重機械メーカについての情報リークを求められる立場になっていた。
もうこれ以上しようがないところまできても、パートナーである重機械メーカが失注してくる。重機械メーカがエンドユーザに提出する見積り−全体のコストのうち電気制御が占めるのはいいところ10%程度ででしかない。こっちが10%価格を下げたところで全体の1%にしかならない。機能や性能では競合するところがない。価格では協力しようにも協力できるような割合を占めていない。後は重機械メーカが彼らのシステム−提供する機械システムをコストダウンに向けて標準化を進めなければならないのだが、こっちが手を出せるようなことではない。
応札したプロジェクトというプロジェクトは全てヨーロッパの重機械メーカが受注した。どのプロジェクトでも制御システムはオランダの、イギリスの、オーストリアの、イタリアの。。。支社が受注して、世界のどの重機械メーカが受注しても制御プラットフォームは同じ自社のものだった。
本社と支社、支社と支社の情報伝達は早い。世界に並み居る重機械メーカやエンジニアリング会社の情報網のレベルではない。制御機器屋としてどの会社にもパートナーかそれに準じる立場で動いて、本社と各国の支店間で毎日電話会議やボイスメッセージで情報のやり取りをしていた。重機械メーカのどこが受注しても制御はうちのものと思っていた。システムソリューションの価格から保守部品の価格まで米国の事業部が統括して重機械メーカからの価格交渉で支社同士が競合させられないよう注意していた。
製鉄プロジェクトで二社の重機械メーカと付き合っていてもなかなか注文にはならない。重くても自動車産業への製品の単品売りしか考えたことのない経営陣には製鉄のような重厚長大産業へのターンキーシステムビジネスなど思いもよらない。目先の売上げ数字しか見えない、見ようとしない人たちには製鉄プラント案件で重機械メーカに引きずり回され徒労に終わったようにしかみえない。
ところが重機械メーカから出てくる無理難題になんとか答えているうちに、二社の他の事業体や本来エンドユーザはずの企業ともビジネスチャンスが広がっていった。パートナー二社からお墨付きをもらって実ビジネスは彼らの周辺から立ち上がっていった。一度転がりだせばたとえ山谷あっても後は早い。
要求の厳しい市場のメインプレーヤからの注文は欲しい。大手企業向けの実績が市場開拓への大きな武器になる。ただ受注にこぎつけても重工長大業界のプロジェクトを完遂するまでには-実績となるまでには時間がかかる。待ってられない。半煮え状態でもかまわない、大手企業に相手をして頂けるようになったという−言ってみればプロジェクトの完遂までは分からない、空手形になりかねない時点でも、お墨付きを頂戴したかのようにレバレッジをかけて 市場開拓を進めて行く。
名のあるところが名のない、業界で知らない者がいないところが無名の駆け出しに城門を開けてくれる。実の注文は欲しいがなくてもかまわない。たとえ半開きでも城門さえ開けば城内に入れる。城内に入れれば状況が分かる。状況が分かれば実ビジネスの種くらいいくらでも転がっている。
2015/11/23