踏んだり蹴ったり1

十年以上お世話になった米国の制御機器装置メーカは、システムソリューションの提案はしても、基本的には提案までで、自分ではソリューションを提供しない。提案はしても、提供はしない。なんとも都合のいい、中途半端な、そんなことで仕事になるのかと誰しもが思う。ところが、実ビジネスの視点で見れば、それで済まないことが多いにしても、あながち間違った戦略ではないことに気が付く。

基本的にというのは、市場の事情と自社の都合が合致すればターンキーシステムも提供するという、よく言えば柔軟な戦略だった。全ての産業の全てのアプリケーションにターンキーシステムを提供するなど、妄想としてでもあり得ない。製造業に限定しても、製鉄業が必要とするシステムソリューションと半導体業界が必要とするもの、自動車産業や製薬業界が必要とするソリューションはそれぞれ独自の要件があって、誰も全てを提供できない。その上、提供しようとすれば、本来パートナーである専業のエンジニアリング会社と競合する。ここから、市場の事情と自社の都合が合えば、システムソリューションの提供も考えるというのが最も理にあった戦略になる。

半導体の進化で単体製品の価格が低下し続けている。製品単体販売だけでは、成長どころか現状のビジネス規模を維持できない。単体販売を継続しながらシステムビジネスの能力を構築する必要に迫られていた。分かっていても、日本支社に独力でシステムエンジニアリング部隊など構築できない。そこで、ミルウォーキー郊外にあったドライブシステム事業部を日本市場に引っ張り出すことにした。
後日、アメリカ人の親しい仕事仲間から聞いた話では、アメリカでも、外せない顧客を持っている営業マン以外はその事業部とは付き合っていなかった。だらしがないというのか、事業部の都合で手を抜いた仕事が多くて、よほどのことでもなければ誰も相手にしない。それを知っていて日本の社長も副社長もキャリアに傷がつかないように身を引いて、こっちに押し付けてきた仕事だった。どうせだめだろうけど、大化けするかもしれない。トラブったら実務部隊を切ればいいくらいに考えていた。

営業活動を進めれば、実績はないにしても、今までの経験の応用で対応できるはずというアプリケーションの引き合いに遭遇する。それをビジネスとして追いかけるか断るかはドライブシステム事業部が決めることで、日本支社は思い入れがあるにしても、指示に従うしかない。

タイヤ製造ライン専業メーカは、年に何度か部品の注文を頂戴してはいるものの、あってもなくてもいい金額の客だった。人のいい営業マンが紹介に連れて行ってくれた。似たようなアプリケーションの実績と世界のサービス体制を紹介してはみたが、おいそれと客のアプリケーションの詳細など教えてはくれない。分からないまま、営業が御用聞きの感じで訪問するときに同行して、製品やらシステムソリューションの追加紹介をしたが、顔つなぎを一歩もでない状態が続いた。それでも一年以上通ったおかげで、やっと見積もり依頼を頂戴するところまでこぎつけた。

二つの要因が追い風になっていた。まず、円高によるアメリカ製品が価格で競合しやすくなったことがあげられる。いくらいい物やサービスでも高ければ使いたくても使えない。次に国内のタイヤ生産の成長が頭打ちになって、専業メーカとしては海外市場開拓に重点をシフトしなければならない事情があった。今までの日本の制御機器屋では限られた先進国までしかアフターサービスを期待できない。そこに世界九十ヶ国以上に支店網をもった制御機器屋が魅力的なパートナーとして現れた。

頂戴した見積もり依頼を英語に翻訳して、口頭でお聞きした要件や注意事項、必須ではないが出来ればいいという希望も追加説明をつけて事業部に送って見積もりを依頼した。ところが、待てど暮らせど見積もりが届かない。メールなどない時代、電話で催促するのがうんざりするまで催促したが、その度に来週には見積もりを送るからと言われ続けて二ヶ月以上経った。

もう時間がない、来週には装置メーカの課長が米国のタイヤメーカにソリューションの提案に行く予定だった。出張に出る前に見積もりが欲しいと呼ばれて、客の工場の前まできたはいいが、見積もりはない。跪(ひざまず)いてでも、何をしてでも謝るしかないと腹をくくった。遅刻する訳にゆかないから早めにでてきた。約束の時間までまだ小一時間ある。最後にもう一度と思って近くの喫茶店に入って、事業部のDirectorに電話して状況を説明した。返ってきた答えは、また「来週」だった。バカバカしくて腹も立たない。見積もれないのなら、さっさとそう言えばいいものを、ちょっと待ってくれ、来週にはを二ヶ月も繰り返されてきた。もう、待つに待てない。

客の課長に、状況を伝えて平謝りに謝った。どうしようもない。どうしようもないなかで、どうしたものかと、なんとなく世間話になった。「エアラインはどこですか」「乗り換えは、。。。」「安いフライトなんでコネクションが悪いんだよね、ワシントンで六時間以上も待ち時間がある。。。」
これだ、どうにかなるかもしれない。もうミルウォーキーは夜中だが、そんなことはかまってられない。来週の月曜日にxxx課長がJALのyyy便でワシントンDCに着く。ロアノークへのフライトとのコネクションが悪く、六時間空港にいる。会社名と課長の名前を書いたパネルを持たせて、担当者をワシントン空港に送れ。そこで課長と要件や仕様の下打ち合わせをして、課長にくっ付いてタイヤメーカに押しかけろ。課長と一緒にタイヤメーカの要求仕様を確認してターンキーシステムの仕様を決めてしまえ。

できる、できると言いながら二ヶ月以上経っても、ターンキーシステムの概略仕様すら分からない事業部。分からないなら分からないと言え、この痴れ物がと思っても、口に出したら終わってしまう。標準プラットフォームとして採用されれば年に数億は下らないリピートビジネスになると夢を追いかけたが、いかんせん相手がゆるすぎた。
ワシントン空港での打ち合わせ、タイヤメーカでの打ち合わせもなんとかなって、数週間後には仕様提案書と見積もりが届いた。何でこんなドラフトもどきの仕様書と見積もりが期日までに出せないのかと呆れる同時に、この先どうなるのかと不安になった。
先にどんな不安があろうと、走り出したら走れなくなるまで走るしかない。乗ってしまったジェットコースター、途中下車は出来ない。
後日、見積もりの納期も守れないヤツらが製品の納期など守れっこないという教訓を確認するはめになるが、その程度なら驚きゃしないという、とんでもないことが待っていた。
2016/4/10