あるのは先だけ(改版1)

米国本社の事業部のDirectorが、都合がつかないから一人で行って来てくれと言ってきた。何を都合のいいこと言ってるんだと半分以上腹をたてて、担当者がこないでどうするんだと言い返した。

日程などという言葉がなくなった泥沼化したプロジェクト。関係各社が全てに何らかの責任はあるものの、問題の根源はエンドユーザがケチ(他に言いようがない)で、プロジェクト全体をまとめる立場のプライムコントラクターを置かなかったことにある。プロジェクト全体はベンダー同士で話し合って。。。それでH鋼の一貫生産ラインを立ち上げられるのなら誰も苦労はしない。
当然のこととしてベンダー各社は、自社の分掌をできるだけ引いいて見ようとする。それでなくても利益がでる可能性が殆ど無いところまで押し込められての受注。誰も(善意で)他のベンダーとの境界線のところまで出てゆこうとはしない。下手に出て行けば、グレーの境界線を出ていった側にずらされる可能性がある。そのようなことが起きないようにベンダー間の分掌をきちんと調整して、プロジェクト全体に責任をもつプロジェクトマネージメントのベンダーを置くのだが、それがいない。エンドユーザがその任を果たせるのらまだしも、その必要性を理解し得ない人たちにできるわけがない。

Directorと何度かメールで押し問答をしたが要を得ない。いくら聞いても話がみえない。自分に都合のいい勝手な説明にしか聞こえない。進捗などほとんどないのだろう、まともなことは何も言ってこない。
聞いている限りでは、誰も彼もが遅れの責任を他のベンダーに押しつけて、自己保全のごまかしを言っているとしか考えられない。これ以上何を言ったところで出てくるのは、ごまかしとウソだけと見切った。見切ったといえば聞こえはいいが、確かな情報もなく、支援もなしで戦場に一人置いてきぼりをくったようなもの。あの海千山千のオヤジ連中と一人でどう渡り合うか。いくら考えたところで妙案などあろうはずがない。

機械ベンダーの神戸事業所に行くしかない。実務を担当している米国の事業部の関係者抜きで一人で行ったところで何ができる訳でもない。数日の時間はあったが何の準備もしようがない。何もなしで、ぐちゃぐちゃになっているプロエジェクトのミーティングに出席しなければならない。ミーティングにでれば欠席裁判のようなかたちでプロジェクトの遅れの責任を押し付けられて帰ってくることになりかねない。行きたくないが行かない訳にもゆかない。袋叩きにあったところで殺されやしない。なんとでもなる、してやるわと覚悟を決めて出かけた。

守衛所で要件を伝えた。機械ベンダーのプロジェクトのマネージャーに来社を伝えたのだろう。守衛さんから、ミーティングが開かれている会議室に行ってドアの外で待ってるように、案内の女性が行くからと言われた。そこは節電で蛍光灯を間引いた薄暗い埃っぽい廊下だった。腰掛ける椅子もない。案内の女性が来るのを待ったが、いくらたっても誰も来ない。待つこと小一時間、何度ももう帰ってしまおうかと思ったが、神戸くんだりまで来て空手で帰るのも癪に障る。ここまで小馬鹿にされて、もう帰るか。。。ぐずぐずしていたらノー天気な女性が歩いてきて−それはそうだろう経緯もなにも知らないのだから−どうぞって感じで会議室のドアを開けてくれた。

開いたドアから会議室に入ってドアを閉める間もなく、部屋の一番奥の座長席に座っている大柄なオヤジから「バカヤロー」、と怒鳴り声が飛んできた。一瞬びっくりしたが、そんなことで驚きゃしないし怯みもしない。いつものことで、困ったヤツほど、自分では問題を解決する能力のないヤツほど、振ったところでどうにもならない権力を笠にして怒鳴る。

アメリカの電炉屋からも来て、総勢三十人くらいのミーティングだった。会ったことのある人は数えるほどしかいない。軽く頭を下げて自己紹介した。本来米国事業部の責任者が出席させて頂くところを、使いの者で申し訳ないと言い終わる前に、「何しに来たー」と、また怒鳴られた。煩い、この痴れ者が、それだけの元気があるなら仕事でもしてろと思いながら、「状況把握と今後の作業の確認きた」と心がけて涼しい顔をてスルッと言って、ちょっと時間をおいて冷静に聞こえる大きさの声で大まか次のように言った。
「プロジェクトの遅れが問題。遅れの原因はいろいろあるでしょう。原因を追求して問題を解決しなければと思う。しかし問題の原因がはっきりすれば問題が解決するのか。しやしない。状況は非常に苦しいが過ぎたこととやかく言ってもしょうがない。あるのは先だけ、ここから苦しい状況を一つでも、二つでも改善するしかない。愚生に怒鳴っても怒っても殴っても蹴っても、なにも改善しない。状況を改善するために弊社がしなければならないことを整理、確認するために来た。弊社に用はない、帰れとおっしゃるのであれば結構、帰らせて頂きます。後はあなた方の責任でプロジェクトを継続されればいい。」

自分でもよくしゃあしゃあと言ったものだと思う。進捗状況も知らなければ、何の情報もなしで、来なきゃならないから来ただけのミーティング。何か持っているように見せるために見栄を切らなきゃ潰される。だらしない計画が予定通り進まない。起きるべきして起きたことが起きてるだけなのに、何をバタバタ騒いでるんだという、冷めた目でみればなんでもない。
機械屋が偉そうなことをいったところで、制御屋がいなければ、「頭」がなくて、動かない機械構造物という「置物」までしかつくれない。ああだのこうだの能書きたれるんなら、自分たちで「頭」をつくればいい。

会議が再開してちょっとしたら、エンドユーザの役員がそっと席を立ってこっちにきて、廊下に出ようと。なんのことかと思えば、機械ベンダーのプロマネの失礼を詫びたうえで、プロジェクトの遅れの挽回に力を貸してくれという。これはエンドユーザのプロジェクトの責任者として個人的もお願いしたいと。。。それ以上の話を遮って、そのために今日こうして来てる訳で、お願いされるようなことでないですよ。お願いされようがされまいが、できる限りのことはさせて頂きますと伝えて、会議室に戻った。

一年ちょっと経って、めちゃくちゃなプロジェクトもやっと片付いたと思っていたら、今度はタイのコングロマリットとの合弁事業で、またその役員と腹心の課長から応札段階から頼まれごとで右往左往するはめになった。散々手は尽くしたがドイツのエンジニアリング会社の力仕事に負けた。受注したかったが、正直負けてよかった。アメリカでのプロジェクトと同じで、プロマネがいない。めちゃくちゃになったアメリカのプロジェクトと同じ考え、体制で似たような泥沼になるのが目に見えていた。それも前回とちがって、合弁相手はタイ。アメリカの時のように陰で走り回る便利屋はいない。

ケチが高じて、何でも他社に押し付ければいいという企業文化に固まっている。問題を作ったのは自分たちなのに、相手が作ったものだと思っている。相手が作った問題だから、相手に解決してもらって、それがあたりまえだと思っている。
見た目のコスト削減の誘惑からだろうが、どこでも似たようなビジネスプラクティスがあたり前になってきている。頭の乱視が蔓延しているのか、見えたまでのコストに右往左往して、稚拙な、あるいはないに等しいプロマネ。見た目がいつまでも続くわけでのあるまいし、いつかは気がつくだろう、と悠長なことを言ってられない。誰かが作ったぐちゃぐちゃの処理で四苦八苦しているところに、次のぐちゃぐちゃが転がってくる。パチンコじゃないが、誰もとらないから一番下の穴に落ちてくる。
2016/7/10