営業のせいにするな

歴史のある名門メーカにありがちな、笑えない話が聞こえてきた。日本を代表する光学機器メーカというより世界の名門と言ってもいい、確たる技術をもってその名を知られている。歴史は戦前にさかのぼり、多くの基礎技術が軍需用途に開発されたもので、民需が経営の根幹になった今も、応用技術においても軍需用途に開発されたものを民生品に転用する文化が色濃く残っている。

販売は、民生品では戦後半世紀以上かけて構築した代理店網経由で、防衛も含めた官公庁向けは本社の専任部隊が担当している。営業活動は代理店と大手客へのルートセールスを基本としている。そのため、営業マンは日常的には御用聞き、何かあったときに技術部隊との連絡員のようなことしかしないし、できない。ルートセールスしかしていない営業マンに、代理店や大手客からの新しい技術的な要望を取りまとめるような能力はない。技術部隊が直接代理店や顧客の話を聞いた方が間違いないということから、営業マンは関与することを期待されていないというより、許されていない。

新製品開発が開発部隊内で検討され、技術部隊が懇意にしている代理店や特定顧客から受けた要求仕様に基づいて製品仕様が決定される。客はあっても市場という概念がないから、市場要求という言葉はあっても、それは個々の客の要望の寄せ集め、しばし懇意にしている数社、多くの場合は特定の一二社の要望を市場要求として扱ってきた。
マーケティング部があるが、日本の多くのメーカと同じように、カタログ作成から広告宣伝や展示会などの実務部隊としているだけで、営業部隊と協力して市場調査や市場開拓のような作業をするわけでもなし、新しい市場要求を製品開発部隊に伝えるような能力はない。
懇意にしている代理店や客からの情報には機密保持契約の縛りがある。そのため、聞き得たことをベースに他の客や、広く市場の要求を調べようという考えにはならない。開発部隊には、実用レベルに達した新しい技術を搭載した製品をとの思いがある。市場要求がどうのという判断もこの勢いに引きずられる。限られた市場理解と開発技術陣の思いで製品仕様が決められる。 仕様検討の過程にマーケティング部や営業部は関与しない。する組織や文化もなければ、能力もない。

新製品の開発が最終段階にさしかかった時点で、マーケティングがカタログ作りや広告宣伝などの作業にかかるが、製品に関する情報は開発部隊から提供される。出来上がったカタログや開発部隊が用意した販売資料を使って営業部隊に製品説明会を開く。この時点でマーケティングは開発部隊から提供された資料を営業部隊に「受け売り」するだけで、営業戦略−どの市場のどの類に用途に、どの競合メーカのどの製品とどのような用途で競合するのかなどについては関知しない。マーケティングはカタログ製作や展示会までしか手をださない。販売がかんばしくなかった時の責任を問われるのを恐れて、関知する立場にないという立場に固執する。市場にでるのは営業マンの仕事であって、売れないのは一義的に営業部隊の責任としたい。

ある日突然、新製品を紹介されて、カタログや販売資料を渡されても営業部隊はそれを使って、どう営業活動を展開すべきなのか分からない。マーケティングから営業部隊への製品情報の受け売りは、社内だからゆるされることであって、営業部隊から社外に受け売りは通用しない。付き合いの長い代理店といえども、営業マンの要を得ない話を真剣に聞くほど律儀ではない。
営業マンのアレンジで開発部隊が出向くことになる。これが長年続けられてきた製品の市場投入プロセスで、代理店も懇意にしている客も営業マンはただの御用聞きで、製品に関する具体的な話は営業マンに聞いてもしょうがないと思っている。何かあれば技術部隊か開発部隊を呼ぶしかない。

それでも営業マンが代理店や客を訪問して、かたちながらも製品を紹介して回ることになる。回り始めて、営業マンが製品を紹介しきれない、どのような用途のどの点で、今まで解決できなかった課題を解決できるという類の話をしきれないまま時間が過ぎてゆく。客から質問を受けることがあっても、それが何を意味しているのかすら分からないことも多い。当然だろう、どのような業界の客がどのような用途で、どのような課題を抱えているのかに関して何も知らないところに、新製品がポンとでてきて、お仕着せの、それも断片的な手前味噌の製品情報をマーケティングから受け売りでもらっただけなのだから。

本社からのプレッシャーもあるし、上司も煩いから営業マンは御用聞きのなかの一つの話題として新製品を紹介して回るが、開発部隊が期待したというのか、勝手に思い込んだ売れそうな話が上がってこない。限られた特定客からの話に基づいて開発部隊の思い込みで開発された製品が売れることもあるが、多くの場合、非常に限られたニッチのニッチの市場でしかない。

開発部隊も技術部隊も、さすがに自分たちが思い描いたシナリオのようにならないことに気が付きはするが、それは営業部隊がきちんと製品の優位性を客に紹介できないことと、客が抱えている問題を理解して、それを解決する提案型の営業をする能力に欠けるからだと考える。市場を理解しない自分たちの、開発仕様決定のプロセスの欠陥に思い馳せるような知能も習慣もなく、ご用聞しかできない営業部隊の知識不足が問題の根幹だと主張する。
ここでも、マーケティングが技術部隊と開発部隊の受け売り作業を始める。技術部隊と開発部隊の主張におされ、問題は営業部隊の能力不足にあるとして、営業部隊の補助をするコンサルタントを雇えばなどと、いつもの他力本願の解決策を模索する。

売れない問題が営業の問題として表面化するが、それが営業の問題なのか、それとも営業の問題として現れた他部署の問題なのか、あるいは全社に渡る問題なのか、機能不全の状況があって当たりまえの景色になってしまっている人たちには分からない。技術主導の名門光学機器メーカでは、しばしば何が売れない原因なのかも考えることなく、「売れないのは営業の問題」が今でも大手を振っている。「モノづくりの日本」に引きずられた頭の乱視につける薬はありそうもない。

そんな頭の乱視の人たちが、まがりなりにも機能し得たのは、既に市場で受け入れられている(しばし他社の)製品の改善版の製品までの「開発」だったからで、次の時代を切り開く「開発」などできるわけがない。「モノづくり」を「開発」と思い込んで、それが当たり前になっている人たちには、「開発」がなんなのか分からない。何の疑問も感じることなく、売れないのは、営業がだらしがないからだと言う。これが日本の「モノづくり」の実力だろう。
2016/5/15