どこまで出来ているのか

PDRとFSをいくら読んでも、どのようなものが、どこまで出来上がっているのか、出来上がる予定なのか分からない。二年もかけて、使えるものが何一つないとうのもないだろう。何か使えるものがあるはずという、あって当たり前の期待があった。

技術部の担当者が発行したPDRには、使う側から見た要求仕様が書かれている。使う側から一つに見える機能を実現するためには、少なくとも五六個のソフトウェアモジュールが協調して動作しなければならない。ソフトウェアのアーキテクチャーは様々だが、ちょっとしたシステムになれば、必ずいくつものモジュールをマルチタクスで実行するかたちになる。いい例が思いつかないが、家にたとえれば分かりやすいかもしれない。家では、基礎から始まって、屋根や壁に床、天井に電気まわりや水まわりにガス、窓枠やドア。。。要素ごとに設計し、製造し現場で設置する。どれに欠陥があっても売れる家にはならない。この要素をソフトウェアのモジュールと考えればいい。

それぞれのソフトウェアモジュールの担当者に訊けば、誰もが自分が担当しているモジュールは出来上がっているという。ほっとして、出来上がったモジュールをリンクして実行モジュールになっているのかとマネージャに訊いたら、はっきりしない。突っ込んで訊いていって驚いた。趣味の世界でもあるまいし、制御システムの開発になっていない。各自が自分の担当モジュールのことしか考えないで、作りたいように作っただけで、リンクできない。
言ってみれば、ジグゾーパズルの個々のピースを作っている担当者が自分ピースはできてるが、隣のピースとのかみ合わせは自分の責任ではないというようなもので仕事になっていない。かみ合わせは隣のピースの担当者の問題だと、お互いに相手の責任だと主張して譲らない、そこまでの能力の人たちだった。マルチタクスシステムを開発するための最低限のマネージメントがない。小さなお遊び程度のソフトウェアしかつくれないエンジニア擬きの、烏合の衆のような人たちの仕事?だった。

ソフトウェアの開発状況をできるだけ詳細に把握して、使える、使えそうな、手を入れれば使えそうなモジュールまでリストアップしてアメリカの事業部に報告しなければならない。ところが、ソフトウェアエンジニアリング部に確認しようにも、まともに話ができるのが一人もいない。だれも開発の全体像を把握していない。というより、把握しなければならないという考えがない。大学の研究室で数人でしていた研究?までの考えしかない。
技術部のアメリカ人マネージャとPRDを発行してきたプロジェクト担当者も、状況が抜き差しならないところまで来ていることを恐る恐るとでもいうのか、しぶしぶというのか認めるしかなくなった。誰も二年間にしてきたことが、意味のないことだったと認めるのは辛い。どこかに問題を回避する方策があるのではないかと模索した。まともな会社なら二人の進退問題になる。

アメリカの事業部からアドバイザーとしてソフトウェアエンジニアリング部に派遣されていたエンジニアなら状況を把握できるかもしれないと考えて、三人で相談に行った。そこでまたたまげた。責任感というものが一切ない。ソフトウェアエンジニアにはトレーニングをしたが、彼らが何をしているのかについては、部隊の二人のマネージャが管理することで、アドバイザーとしては何も知らない。製品の開発については、知らなければならない責任もない。

もし、ソフトウェアエンジニアが開発したものが、PDFの要求と合っていないのであれば、まずPDFとFSの乖離を明確にすべきだろう。もし、乖離があったら、なぜ技術部のマネージャと担当者がFSに承認のサインをしたのか?承認のサインをしたら、承認した通りのものが出来上がってくるはずで、出来上がったものがFSに書かれているものと違うのか?違っていればソフトウェアエンジニアリングの問題になるが、合っているのであれば、それはFSにサインをした技術部の人の責任になる。

業務体系からすれば、確かにアドバイザーの言っていることが正しいが、PDFを発行する人も、それを受けてFSを書き上げる人も、誰も彼もが工作機械をろくに知らないで作業をしてきたから、何が、どこが、誰がというようなかたちで問題を明確にできない。極端に言えば、全てが素人のままごとのような「開発ごっこ」だった。現象として全体図を見る限りでは、使えるものは何もないと結論するしかない。技術部のマネージャも担当者もこっちも、この結論だけは、はっきりしていた。

マーケティング部長に状況を報告しても、「うん、そうか」と他人事のような返事しか返ってこない。技術部のマネージャから社長に報告があがって、社長から状況報告を求められた。誰もことを荒げたくない。責任を取りたくないし、後始末を押し付けられるのを恐れて声を上げない。事実として十五人以上の人工で二年以上かけて、億の単位の金を使って、使えるものができあがってくる可能性はゼロ。当事者として最も大きな責任のあるソフトウェアエンジニアリングの本部長からは、部外者の三下が何を言い出すかと繰り返し叱責された。通産官僚崩れ、自分に非があると認める真っ当な神経など持ち合わせているはずもない。

経営陣の誰も開発できなかったことを正式に認めているようには見えない。好き嫌いの話ではない。事実が事実としてある。その事実を明らかにした者が悪者にされかねない雰囲気が充満していた。
できっこないのをできるような格好をし続けて、できないことがはっきりしてしまったら、それをどう繕うかという迷走が始まった。コマーシャルマーケティングの者として、ユーザーズマニュアルを作成するために参加したプロジェクト。物として製品の開発には部外者のはずのものが、二年間に開発が進んでいるというバカげた虚構のもとに、いつのまにやら後始末に奔走させられる羽目に陥って行った。
2016/6/12