歯医者、Doctorとドクター(改版1)

横浜市営地下鉄の「あざみ野駅」で改札を通って下りエスカレータにのると、一つ先の「中川駅」近くの歯科医院の大きな広告が目に入る。歯科医院なのに広告には「ドクター26名」と書かれている。この「ドクター26名」を見る度に、あれこれ考えさせられた。

ドクター、そのまま英語に戻せばdoctorになる。ただdoctorには博士の意味もあるため、さまざまな博士と医師を区別する必要があれば、doctorの前にmedicalかなにかを付けるか、cardiologist(循環器専門医) やpediatrician(小児科医)など専門医の名称をつかう。ちなみに歯医者はdentistで、歯科(歯医者)の博士でもなければ、doctorとは呼ばない。
世界にはオレは医者だと自己申告して医療行為をすれば医者という国もあるが、それは発展途上国に限られる。国によって定められた資格試験に通って医師免許を持たなければ、医療行為をしてはならないと法律で規制されている。

日本で医師になろうとすれば、医学部で六年間全ての医療分野を履修した後に国家試験に合格して、医師免許を取得しなければならない。その後、臨床に進むのであれば、研修医として内科や外科、眼科や耳鼻科など専門としたい分野を選択して臨床医としての経験を積むことになる。歯科医療も含めて何を専門とするかは医師の自由なのだが、歯科医師(通常歯医者と呼ばれる)の分野に進む人は希だろう。
たかが親知らずにしても、変な生え方をして外科手術が必要となると歯医者の手には負えない。口腔外科医師の出番になる。口腔外科は歯科医師ではなく、外科医師の領分になる。
歯科医師も医師とおなじように履修期間は六年だが、履修内容は歯科と基礎医学に留まり、専門分野は歯科に限定される。医師のように全ての医療分野のどれでも好きな分野を専門にはできない。歯科医師は歯医者ということになる。

進学塾や教育関係業者が日本全国の大学の偏差値をウェブで公開している。それを見ると、多くの地方国立大学の偏差値が首都圏の有名私立大学の後塵を拝しているのが分かる。経済活動の首都圏への過度な集中が卒業生の就職に影響して教育レベルを歪めてしまった結果だろう。
それでも、医学部は別格で地方大学の医学部でも、首都圏の大学の医学部以外の学部を大きく上回っている。それほど医学部に進学するには高校時代の成績が問われる。一方歯学部の偏差値は玉石混淆のような体をなしていて、高いところもあれば、それほどでもないところもある。
フツーの家庭が子供を有名私立大学の医学部に進学させるには、六年間で数千万円の授業料と付帯費用の負荷を覚悟しなければならない。成績に加えて、経済的負担に耐えられる家庭にして、はじめて医学部進学を視野に入れることが可能になる。

俗な想像で申し訳ないが、「人の命をあずかる医師と歯の健康を目指す歯科医師」の重みの違いを思えば、一軒の歯科医院で26人もの医師が歯科医師の仕事をしているとは思えない。中には口腔外科を専門としたれっきとした医師もいるかもしれない。それでも歯科医院に26人の口腔外科医か歯科博士が勤務して歯科医師の仕事をしている?ちょっと考えられない。

巷の人たちが医師と歯科医師の違いに無頓着だったとしても、医院の名称がxxx歯科医院だから、常識として風邪や頭痛でその歯科医院に行くことはないだろう。そこまで分かった上で、歯医者でもなくデンティストでもなく、ましてやdentistでもなく広告に「ドクター」とカタカナで書いて、自分たちを大きく見せようとする、歯科医院の小ざかしい知恵(失礼?)にしかみえない。

曲がりにも歯学部を卒業して、歯科医師としての国家試験を通ってきた人たち、広告にあるドクターがそのままmedical doctor = 医師ではないことぐらい分からないわけがない。
ドクター = 医師という巷の人たちの素朴な理解というのか、無知を逆手に取った誇大広告の一種のような気がしてならない。もし、歯科医師が医師と自称したら詐欺になるだろうが、ドクターなら、その定義があやふやだから許されるのだろう。許されるとしても歯科医師としての誇りはどこにあるのか。歯科医師なら歯科医師としての誇りをもって、歯科医師であって、医師ではない、ましてやドクターではないと広告に書くくらいの矜持があってしかるべきではないのか。

素人の理解、間違っているかもしれないが、何度考えても同じ結論になってしまう。もっともそんなこと誰も気にもしないのかもしれない。ドクターでもなんでもかまいやしない。みんな歯科医院にいる歯医者にお世話になっているだけだろう。
どんな外国語でも音をカタカナで書けば、意味が分かろうが分かるまいが、日本語になってしまう。なかには外国語そのものとカタカナ表記を都合に応じて使い分けるのまでいる。使い勝手がいいだけに、使い方に注意しないと。
2017/12/3