ラブソティでウインナコーヒー(改版1)

三年前に入社して総務で事務をしている。労組の夏のキャンプで偶然隣に座っていた。みんなが茨城弁で盛り上がっているのについていけなくて、ちょっと声をかけたら普通の言葉で返ってきた。東京の普通の言葉で話せるというだけで親しくなった。地方から出てきた人が同郷の人との話でほっとするのがわかったような気がした。
茨城の高校出なのに、訛りのない話に、えっと思って聞いたら、中学までは千住だったのが、再開発で茨城に引っ越したということだった。周りはみんな地の人たちだから、茨城弁で話をするのはしょうがないけど、できれば東京の言葉のままでいたいというのがみえた。

彼女って考えたことがないわけじゃない。距離をつめなきゃって思ったこともある。でも近すぎれば動きにくくなるしで、ぐずぐずしていた。健全な距離感ということなのだろうが、週末にせめて上野までと言っても、面倒くさいからそっちから来いといわれた。上野から常磐線本線でたかが一時間ほどだが、来てみれば、ここはどこだというところだった。もう東京でもなければ千葉でもない、大利根を渡ったさきの茨城県。
駅舎からして野暮ったいというのを通り越して、しっかり田舎の匂いがする。雨上がりの土に草いきれが混じりあって、なんとも懐かしい。表にでたらトイレを探すのも大変かと思って、ホームの端に寂しくたっているトイレにいったら、懐かしいのを通り越して歴史的な香りが充満していた。蝿はブンブン飛んでるし、さっさと用を済まして出ていくことろで、一秒たりとも長くはいたくない。

時計を見たら、まだ約束の時間まで三十分以上ある。改札口をでたら昔ながらのごつい木のベンチがあった。何年も乗せたくもない尻を乗せて、床においてもらいたい荷物まで乗せられて、押されて擦られて磨り減って、血色のいいおばあちゃんの頬のようにつるつるになっていた。
ベンチに腰掛けて待ってるものと思いながら駅舎を出てみた。ただの空き地に毛の生えたようなロータリーにはそれでもタクシーが二台、いつ来るともしれない客を待っていた。目の前にとってつけたような三階建てのショッピングセンターのような建物があった。一階にスーパーがあって、その上には衣料品や日曜雑貨、そして三階には本屋に喫茶店の看板が見える。建てて何年も経っていない。ほとんど白に近いベージュの壁が初夏の日差しを照り返して、振り返ってみれば、くすんだ駅まで映えて見える。
周りには昔ながらの金物や八百屋に不動産屋にクリーニング屋、なんだがわからない店が軒を連ねている。建物そのものは相当年季が入っているのに、上っ面のだけはこの十年ぐらいのものなのだろう、おばちゃんの厚化粧のような、へんな町並みが落ち着かない。

スーパーも二階の雑貨もみてもしょうがないと三階の本屋にいってみた。そこは田舎の本屋の見本のような店だった。書棚を見て回るまでもない。手にとる本の類がまったくない。料理や家庭菜園といった実用書に文庫本がならんではいるが、漫画や雑誌が幅を利かせていた。涼しいからというだけで、時間のつぶしようのない本屋のなかを何回か回って、もうそろそろ時間だしと駅に戻った。

電車の数が少ないから、細かな時間調整もできないのだろう。それにしてももう二十分も過ぎている。待ち合わせの約束を忘れたわけじゃないだろうと思いながら待っていた。やっとでてきたときには、そこまでニコニコしたら足元を見られかねない、もうちょっと毅然としていろといいたくなるほどにやけていたと思う。
二十分や三十分待たしたから、どうしたという顔で、
「待った?」
同じ列車に乗ってたわけでもなし、当たり前じゃないかと思いながらも、「待った」という気にもならならい、というのか言わせない、いつもの薄ら笑いに近い微笑みがあった。

こんなところまできて、いったいどうしようってのかと思いながら、
「おい、どうする。こんなところで、どこにいくったって、ろくに店もないじゃないか」
って、言い終わらないうちに、
「あそこにいいサテンがあるから」と勝ってに歩きだしていた。こんなところにいいサテン? なんのことはない、ショッピングセンターの三階だった。凝ったというより気をてらったといったほうがいい変な字体でカタカナなのかアルファベットなのか、店の名前なのだろうが、読もうという気もなれない。乳白色のプラスチックの上に真っ赤な文字はいいが、寿命の過ぎた蛍光灯がチラチラしていて薄汚れた店をみすぼらしく照らしていた。

なにがいいサテンだと思いながら入ったら、ソファーはどこから持ってきたのかというほど立派なものだった。それは椅子といよりソファーそのもので、クッションがやわらかすぎて尻が沈む。テーブルが邪魔しているからいいようなものの、座った拍子にミニスカートの奥まで見えかねない。サテンというよりクラブのすわり心地だった。
「確かにすわり心地はいいけど、なにがあるん、こんな店に」
せっかくのデートだから、せめて東京の気のきいたところへと思っていたのに、時間がないからこっちへこいと言われて来てみれば、こんなサテンかよという気持ちだった。
「いいじゃないの、たまにはこんなところも。ここにはここにしかないってもんがあるんだから」
「ここにしかないって、二時間もかけてくるところなのか」
「しょうがないじゃない。今週はよそうっていったのに」
「夕方、おばさんがガキをつれてくるっていうから。くれば決まって泊まって、明日みんなしてどこかに行くってのについてかなきゃならないんだから」
「まだ幼稚園のガキなんだけどさ、こいつがこまっちゃくれてて、かわいくないんだよ」
「おばちゃん、おばちゃんって呼ばれて、おねーさんって呼べこのガキと思いながら、ニコニコ相手しなきゃなんないのわかる。こっちはまだ乙女だよ」
「なにが乙女だ。もう二十五で、しっかりおばちゃんじゃないか」
「なにいってんのよ」
どこまで本気かわからないが、怒ってる。
「まだ二十三だからね。四捨五入すればまだ二十歳のピチピチギャルなんだから」
「まったく、あのバカあにーと変わらないんだから。あいつは、いつものようにとんずらこいていやしないし……」
口数が多いから助かる。気を引く話題を探すこともないし、へんな気兼ねをしてということもない。愚痴ともつかない話を聞いていれば間がもつ。総務にいるだけに顔も広いが、こっちは労組のなかでもはずれ者、人付き合いは苦手だということを知っているから、少々何を言っても抜けやしないと思っている。いつものことだが口が減らない。

「でもさあ、せっかくのデートだからってのもあるじゃん、こんなところで。でもまあ会ってもらえるだけでもいいけどさ」
下手な世辞をいいながら、
「でもさぁ、俺と会うって、会社んなかじゃやばいんだろう?」
「そりゃそうよ。藤澤さんなんか、要注意人物だから。おとなしい娘は声をかけられるのもイヤなんじゃないかなー」
「なんだよ。それ。おれはただまじめなだけだろうが。それがなんで要注意人物なんだよ」
「なにをいまさら、寝ぼけたこといってんの。うちのバカあにーだって、藤澤さんからは距離をあけなきゃって、話しかけられるたびにびびってるみたいよ。お昼ごはん、同じテーブルでなんて、あたしだって怖いもん。一緒にサテンにいるのを見られたら、ボーナスの査定に響くかもしれないじゃない」

バカあにーと呼んでいるのは涼子の二歳上の兄遼平のことで、二期下の後輩だった。遼平はいいヤツなんだが、ただ人がいいからというだけで、労務の手先のようになっていた。生まれながらの如才なさなんだろう、活動家連中ともうまく付き合っていた。どっちの話も聞けるから、下手をすると二重スパイのようなことになりかねい危ないところにいた。
「なんでお前は平気なんだ」
「平気なわけないでしょう。変なうわさたてられたら、社内結婚できないじゃない。この辺りじゃろくな出会いないから、どうしても相手は社内になっちゃうじゃない。でもなー、社内、どこをみたって面白そうなのいないし。やっぱり休みに東京に狩にいかなきゃって、さっちゃんと話してんだ。人材は広く求めなきゃってね」
「贅沢いってんじゃないよ。俺はどうかなんて言えないしな。いつ左遷されるかわからない身だし。でも開き直っちゃえば、変に気をつかって疲れることもないし、さっぱりしていいもんだぜ」
「まねしようったって、遼平のように如才なくってできないし……」
「あんなバカあにーのまねって? 何考えてんの。馬鹿馬鹿しい。そんなことより、今日、どう、きまってんでしょう」
上半身を斜めにひねってファッション雑誌の写真のようなポーズをして、変な流し目に噴出しそうになりながらも、まあ、そういわれてみれば、いつもより化粧に時間をかけたのだろう、見栄えがする。でもそんなことを口にするのもと思っていたら、ぱっと元にもどって、はぁっとため息でもついた感じで、
「あいつは何もないんだよ。自分ってものがないから、なんでもそのときそのときに流れに乗ってていうのか乗ろうとして、あれでも一所懸命なんだよ。でも勉強してとは思わないんだなー、馬鹿だから。いつも調子よく誰かにくっついていって、男のするこっちゃないでしょ。あたし、藤澤さんのぶきっちょっていうんかな、馬鹿正直なところ好きだよ。藤澤さんは藤澤さんのままでいいんだよ。わかる人にはわかるって……」
「なにを偉そうに、お前には言われたくない。言われるだけでへこむわ」

細かなことに気がつくだけじゃなくて、しゃべりだすと止まらない。人がどう聞いているなんてのに関係なくしゃべり続ける。
「でもさ、あたしにはわかるんだ」 「最初、この人、ちょっとおかしいんじゃって思ったけど。だんだんわかってきたら、間違いなく絶対おかしいって。だってそうでしょう、理屈こねだしたら誰にも負けない自信があるのに、何かというとへんにへりくだってさ。どっちがあんたなんだって、もしかして二重人格?って思ったわよ。 でも普段はどっちでもないじゃない。まさか三重人格なんて、漫画のなかだけでしょう」
「変な人だなって思いながら、話を聞いているうちにだんだんわかってきたんだよね。へりくだったのも理屈をこねているのも、薄い紙の表と裏で、考えていることが二つの姿ででてきただけで、どっちもつくりもんで本人じゃない。普段が本人なんだよ」
「それだけでもおかしいのに、あきれたことに、自信満々で理屈っぽい話をしていた思えば、内心では言ってたことを疑って、変なループに入り込んじゃうんだよね。それも藤澤さんらくしていいけど……。まあ、それはそれでしょうがないんだよね」
言うだけ言っておいて、言いすぎたとでも思ったのか、
「うん、誤解されると困るから言っておくけど、ぶきっちょなところがいいってだけで、別に藤澤さんが好きってわけじゃないからね」
「なにが誤解だ。一言多いんだよ。本当にお前は人のなかに入ってくるな。たまにはちょっとでいいから遠慮しろや」

「だって、こうしてあたしと会ってんだって、バカあにーとあにーがくっついてる中野さんとか小林さんの動きを知りたいからじゃないの? あれこれ言ってきたきけど、うそつけない人だから、わかっちゃうんだよね」
「うそをつくってことじゃ、人は三種類いるのかな。人をだまして得しようって上手なうそをつける人。だますつもりはないんだけど、知らないからというのかお馬鹿だから、うそを言っちゃう人。うそはつきたくないって思いながら下手なうそをついて、相手にそれはうそだったわかっちゃううそしかつけない人。中野さんとか小林さんは一番目、バカあにーは二番目だけど、藤澤さんは三番目かな。無理しても無駄だよ。見え見えなんだから、あたしには」
「えぇー、そりゃない。オレだってたまには上手なうそってのもあるし、そもそも嫌いだったら、誘いやしないし、二時間もかけてこんなところまで来っこないだろうが」
「あの馬鹿のことは気になるけど、まさかあいつの動きを聞き出そうなんて気はないよ」
「うそだね。ないってわけないじゃない。それもあって、二時間もかけて来たんでしょう。まあ、あたしに会いたいってのは信じてあげるから」
「そうだよね、こんなところまできてもらっちゃったから、こんどは井の頭公園にでも行こうよ。うちからいったらどのくらいかかるんだろう。二時間ぐらい?」
「なんで井の頭公園なんだ。面倒くせえ、不忍池でいいじゃん」

「今度の青年婦人部の部長の選挙じゃどっちも票固めで動き回ってるじゃない。無関心な人がほとんどにみえるかもしれないけど、みんなそれほど馬鹿じゃないし、ちゃんと考えてるって」
「今年は今まで以上に会社側が惨敗しそうだってんで中野さんも小林さんもあせってるわ。そのせいで、バカあにーが走り回ってるじゃない。それが気になるんでしょうけど、あんなのがどこをどう走ったって何も変わらないって」
「今年は相手が悪すぎよ。普通の目でみて、この人しかいないってのを立ててきてるじゃない。藤澤さんたちが心配しているような接戦にはなりっこかいから。あたしの予想では、小林さんのほうが取れるのはせいぜい二割あるかないかじゃない。そもそも参謀が教育係の馬鹿係長でしょう。藤澤さんの部隊の前には蟷螂の斧にもなんないよ。あんななまくらじゃ鉛筆も削れないって」

「まあ、習志野はこっちが押さえてるから何も心配してないけど……」
「問題は我孫子で、労組のやつらも気になるけど、後ろで糸を引いている労務が何を考えてるか……」
「候補を絞るときにさんざんもめたろう。ちょっとしたことから大勢をみなきゃって、気になるだろうが」
ウエイトレスが注文はまだかという顔をしてこっちを見てる。早くしろって、また訊きにきそうなそぶりが気になる。

「おい、そろそろ注文しないと、ウェイトレスが睨んでるぞ。でも、こんなところで昼飯か。いったい何があるんだ」
言い終わらないうちに、ぱっとメニュー立てからメニューをとって、
「ほら、そっちのメニューを見て」
どこということもなくページをめくっていたら、まるで弟にでも言うかのように、
「どこ見てんの、ほら三ページ目。真ん中に四角で囲まれたお食事のところにランチセットがあるでしょう。そこでラブソティー・スペシャル、見つかった?」
「なんだ、そのラブソティっての」
「いいから、そこでミックスピザを一つとカルボナーラを一つ、それを取り分けて、飲み物はウィンナーコーヒーで決まりよ」
「なに?ピザとカルボナーラを二人で分けようってのか。まるで彼氏と彼女の気分なんだけど」
「あら、そうじゃなかったの」
「今日はデートだから、デザートも付けちゃおうっと。あたしはモンブラン。藤澤さんはいつものアップルパイ?」
「お前元気だな。俺とお前と男と女を入れ替わったほうがいいかもしれない」
「よしてよ。わけのわからないこと言ってないで……。あたしには藤澤さんみたいな、破れかぶれの勇気はないからね。フツーの女の子だから」
「なにがフツーだ。こうしてオレと会ってるだけでもフツーじゃないだろうが」

「藤澤さん、だれも気がついてないようだけど……、人事も中野さんも小林さんもバカあにーもわかってない。藤澤さんは片岡さん周りにいるひとりだと思ってる。だから、黒三角で、片岡さんたちは黒丸二つか三つだよ。でもさ、何度も話を聞いてるからだからだと思うんだけど、藤澤さんは間違いなく片岡さんのグループの中核の一人で取り巻きなんかじゃない。絶対中の人なんだけど、その先がちょっとわかんないんだなー。表にはあまりでてこないし。どう見てもグループの人たちとは違うじゃない。同じなんだけど違う。なにが違うんだろうって考えても説明がつないし……。なんなんだろうって」
「お前、もしかしてくだらねぇ推理小説か漫画の読みすぎじゃねぇのか。なにを考えてんだか。オレはいつも独り。組織に縛られるなんて冗談じゃない。絶対嫌だね。まして片岡の、よしてくれ」
「まったく、いくらそんなこといっても無駄だから。あたしにあんたのうそは通用しません。どっかで、もうちょっと上手にうそをつく練習してきたら」
「推理小説にはずいぶんはまってたけど、小説なんかよりこっちのほうがよっぽど面白いじゃない。なんせ危なっかしい人の助手席に座ってる感じだからね。いつもバタタバして、へんに生々しくて。だって、藤澤さん、いろいろ教えてくれるじゃない……」
「おい、涼子」
つい、下の名前で言っちゃって、ちょっとあわてた。
「なによ、ゆーちゃん」
なんということもない。逆に冷やかしの口調で言い返してきた。口じゃかなわない。
「わかってるわよ」
まるで念を押すような口ぶりで、
「誰にもしゃべれっこないでしょう。そんなことしたら、あたしがブラックリストに載っちゃうじゃないの」

ピザもカルボナーラも材料をケチった質素なものだった。デザートが出てくる前に、つとめて軽く、世間話のように、
「高橋さんがちょっと心配でさ」
「なんで恵美ちゃんが」
「なんでオレが恵美ちゃんが心配なんだ?」
「えぇ、高橋って、恵美ちゃんじゃないの? 高橋さんってどこの高橋さん? 高橋っていっぱいいるじゃない」
「経理の高橋さん、ほら副委員長の」
係長になりたくって副委員長になったはいいが、青年婦人部を押さえきれない責任を委員長からなすりつけられそうで見てられない。村役場の助役でもやってたほうがお似合いの、ただのいい人だけに都合のいいように使われて捨てられかねない。もうここはかたちだけでも、委員長と言い合って、青年婦人部の跳ね返えりを抑えるのは委員長の責任で、保身のためにもオレじゃないって尻をまくったほうがいい。
委員長との距離をあけさせて、向こうの力を分散してしまおうと考えていたが、直接高橋さんに話しなどしようもないしで、涼子から女子のルートで話を流せばと思いついた。それでも、直裁に言ったら、さしもの涼子も腰が引ける。ここは人のいい高橋さんを心配してのことと思ってもらわなきゃならない。七割がたは選挙対策だが、三割は心配してで、心配ってのもうそじゃない。
「高橋さんの心配ってなに?」
「なにがって、高橋さん、人がいいだけに、今度の選挙の責任をおしつけられかねないだろう。いい人だからさ、こっちがごちゃごちゃやって迷惑はかけたくないしな。いっそのこと委員長にお前の責任だって言っちゃえばいいのにって……」
「高橋さんにそんな度胸あるわけないじゃない。町役場の庶務課のおじさんって感じだもん」
「でもな、放っておくのがしのびないってんかな……」
ため息をついてるみたいでしゃくにさわる。
「なんだよ、余計なお節介してる暇があったら、自分のことを心配しろってか」
「それこそ余計なお節介ってんだよ。困ってる人がいたらってのあるじゃねぇーか」
「はいはい、そうそう、そうですよ」
なんだよその言い方はないだろうと思いながらも、これでいい。これで、涼子からさっちゃんへ、そして経理の岡田と田中さんへと伝わる。
「でもあの人能天気だから、周りが心配してもわかんないんじゃない」
「だから心配してんだろうが」
スパゲッティとピザを食べ終わったら、暇なんだろう、すぐにデザートがでてきた。それはモンブランというより筑波山、パイというよりりんごジャムの入ったパンもどきだった。しけた喫茶店のランチ、まあこんなもんだろう。思っていたとおりだった。ところが遅れてでてきたウィンナーコーヒーには腰を抜かすほど驚いた。どこにでもある、これ以上は出ないというほど搾り出した濃いコーヒーがソーサーの上に乗っていた。そこまではしょうがないとしても、そのカップの脇にお湯で油抜きをしたウィンナーソーセージが一本ついていた。

驚いた顔が期待どおりだったのだろう、大笑いしながら、メニューに書いてある店名を指差して、
「ねえ、これいいでしょう」
普通の字体で「ラブソティ」と書いてあった。どこでどう間違ったの、冗談なのかわからないが、ラプソディ(rhapsody)がラブソティに訛っていた。

「どう、ラブソティとこのウインナーコーヒーだけでも、ここに来た甲斐あるでしょう。いつもめんどくさい本ばかり読んで、くたびれちゃうじゃない。たまにはこんな田舎にきても悪くないでしょう。こんなところにみんなの毎日の生活があるんだよ。藤澤さんが思い描いている世界とは違う世界もあるんだって、少しは考えなきゃ」
2019/3/3