なにやってんだ、お前(改版1)

新入社員研修が終わって、技術研究所の開発設計に配属された。課長以下十三名の小さな所帯だった。全員機械屋で来る日も来る日もドラフターに向かって図面を描いていた。週一の進捗会議と月一の制御開発課と試作工場との会議も、淡々と日程の確認があるだけだった。担当者同士で、ちょっとした相談や仕様確認はあっても、図書館のように静かなところだった。

雑用は新入社員にということで、社員旅行の幹事をやらされた。高専の同級生とでかけたことはあったが、いつも行き当たりばったりで、計画を立ててなど考えたこともなかった。二人ならなんとでもなるが、十三人となるとそうはいかない。一人でいくら考えても、どうにもならない。柏のヨーカドーの上にある旅行代理店に行って相談した。どこに行くといっても、人数と予算から候補は限られる。交通費と料理を考えると、山菜よりは海鮮で千葉か伊豆あたりになる。毎日が曇り空のような職場から同じ千葉県に行く気はしない。どことなく明るいイメージから一度はいってみたかった修善寺にした。
新幹線で三島に出てローカル線に乗り換えて駅に着いたら、お迎えのバスが来ていた。パックツアーだから、幹事といっても旅館との窓口になるだけで、これといってやることはない。

夕飯は食堂でバフェだと思っていたが、ちょっと広めの座敷に夕食が用意されていた。旅行代理店で言われるがままに、「はい、それで、はい、それで」と言ってただけで、細かなことはよく知らない、お任せの適当な幹事だった。
仲居さんが何人かでてきて、みんなにビールをついでくれた。課長の短すぎる話で乾杯して雑談になった。いつも静か過ぎる人たち、ちょっとビールが入ったとろで、ひそひそ話しのようなしゃべりかたは変わらない。たいした値段でもないパックツアーなのに海鮮料理が豪華でおいしかった。みんな楽しく食って飲んでるのを見てほっとした。

年配の中井さんが目でちょっとといっているのに気がついた。ふすまを開けて廊下にでたのを追いかけるようにでた。何か問題なのか。毎月積み上げた親睦会の予算でここまで豪華な食事、もしかして料金が違ってたなんでことはないよな……。
廊下の仲居さんの顔をみて、おもわず俯いてしまった。部屋にいたときの笑顔がない。どこか心配そうな顔で、
「みなさん、どうかされたんですか。私どもに問題があるのか気になって」
何を言われているのかわからずに、ぼーっと聞いていた。
「こんなこと……」と何かいい始めたのに後が続かない。ちょっと間があって、
「お聞ききしていいものなのか、お客さまのことですし」
なんだか知らないが、何を言いたいのか見当もつかない。
「あまりに静かで、歌を歌う人もいらっしゃらないし。なにか問題でしたら、教えていただけないでしょうか」
何を言わんとしているのか、やっとわかった。うちらの常識ではみんなわいわいやってるのに、中井さんの目にはお通夜のようだったらしい。
「ああ、すいません。うちの課はどこにいってあんなもんなんです。みんな技術屋で口数の少ない人たちですから。気にしないでださい。料理もサービスも期待していた以上のものです。幹事の責任果たせてほっとしてます」

二年後には子会社の商社にとばされた。そこで簡単な歓迎会のような飲み会につれていかれた。会社の金を使った質素なもので、丸ビルの地下の、週に何回かは昼飯にきている大衆食堂だった。さっと終わらせて帰れば思っていたら、開店前の仕込みのようなものだった。四十半ば過ぎた飲兵衛連中に八重洲に引きずられるかのように連れて行かれた。出てきた生中に口はつけても、もう酔っ払ってて飲めやしない。
みんなでわいわいなにか話しているのが遠くに聞こえる。同じ席にはいるものの一人だけ違う世界にただよっていた。

我孫子の工場にもいろいろな人たちがいたが、大まかに学卒のキャリア組みと工場のノンキャリアに分かれる。キャリア組みは事務系と技術系に分けられるが、総じてきちんとしている人たちだった。なかには大酒飲んでひっくり返ってる人もいたし、徹マンあけで出社なんて人たちもいたらしいが、もう一世代前の話。誰もそれなりにきちんと枠にはまった、個人生活はいざしらず、工場のなかで見る限りはそうとしか見えなかった。日常化したサービス残業はあったが、時間から時間の、縛られたというのか、お仕着せの規則正しい生活だった。

そんな日常に慣れたものの目には、子会社の人たちが緩いというのか野放図な人たちにみえた。工場との勝手の違いに戸惑っているうちに、何種類かの人たちの、いくつかの集団の寄り合い所帯であることがわかってきた。親しくしてくれたのは、左翼思想がらみで出向になった生真面目な人たちだった。その生真面目を相殺するかのように子会社で雇用された営業マンがいた。三十人弱の所帯の半分以上は子会社で雇われた若い女性たち、そこに三十半ばの左翼左遷組みと四十半ばの能力左遷組みに商社マンくずれ。三つのグループのなかにまた小グループがあって、水と油のどっちともつかない中間層のおかげで微妙なバランスが保たれていた。

左翼思想の左遷組は三人しかいなかった。三人とも生き様を上手に工夫できるような器用さは持ち合わせていない。たまに軽く飲みにいってもたいした話にはならない。それでも共通の社会認識のおかげで、関係がくずれるようなことはない。年の差はあってもお互い言いたい放題だった。
事務所の雰囲気というのか文化を作り上げているのは、キャリア組みから外れて子会社の営業に飛ばされた人たちと子会社で中途採用された商社マン崩れの見え隠れする反目と、それを笑いの種にしている女性事務員たちだった。半分以上が女性だということもあって、暑気払いや忘年会などなにかのときには数に任せた声が大きい。ただ十五人以上になれば、そのなかでいくつかのグループに分かれて、表面上は大人の付き合いでやっているようにしか見えなかった。口さがないだけに何を言われているのか、心配になることもある。

商社マン崩れと能力左遷組みのオヤジ連中に神田の居酒屋に連れて行かれた。Fordの案件をどう扱うかという話だったのに、そんな話は誰もしない。そこにいない人たち、多くは工場の誰それがという陰口を肴に飲兵衛連中の愚痴とぼやきを横で聞いていた。 肴をつつきながら、おとなしくビールを一口、また一口とやっているところに大きな声で、
「おい、藤澤、お前ゴルフやんねえのか」
なにをまた急に、ゴルフがどうしたって? また、うるさいアジア担当かと思いながら、
「やんないっすね。あんなもの担いで面倒くさいじゃないですか……」
言い終わらないうちに、隣からヨーロッパ担当が割り込んできた。
「そうか、スキーはどうんなんだ」
「いや、わざわざ雪んなか、面倒なだけでしょう」
「まあな、じゃテニスとかは」
「テニス、いいですよね。でもやんないなー。一人じゃできないから、しょっちゅう誰かとつるんでなきゃならないじゃないですか。彼女とかってんなら話は別でしょうけど」

まったくどいつもこいつも煩いと思っていたら、斜め前のアメリカ担当が、
「お前、このあいだマージャンやったけど、ちょんぼしそうだったしな。マージャンはだめだけど、パチンコはするんか」
「パチンコは中学のときにやってましたけど、もう卒業しましたよ」
「車は転がさない。酒は飲めない。カラオケにも行かない。野球なんかやっちゃねぇだろうけど、たまには観るんか」
「いやぁー、寮ですからね。部屋にテレビないし。もうテレビも見なくなっちゃいましたね。一応新聞は取ってんですけど、ほとんど読まなくなっちゃって。読んでもつまんないし……」
社内では文化人の格好をつけているヨーロッパ担当が、もしかしたら同類とでも思ったのか、ちょっと恥ずかしそうに口をはさんできた。
「藤澤君、君、もしかして文学青年?」
「よしてくださいよ。小説なんか、七面倒臭いってか、まどろっこしくて、とでもじゃないけど読んでらんないっすよ」
社内きっての伊達男のつもりでいるアメリカ担当が、
「おい、藤澤、お前、彼女はいない。ゴルフもスキーもテニスもしない。車は、免許ももってない。マージャンもパチンコも、酒もダメ、お前、いったい寮でなにやってんだ」
うるさい、この馬鹿オヤジ、あんたが想像つきそうなことなんかやっちゃいねぇっよっ。
「うーん、そうですね。まあ時間があれば適当に本でも読んでですかねー」
「なんだお前、本たって、お前小説なんか読んでられんねぇって、いったいなに読んでんだ」

あんたにゃ関係のない本だよと思いながら、この辺りでけりをつけなきゃ、うるさくてしょうがない。
「ほら、オレちゃんと学校でてないから、本ぐらい読んで少しは勉強しなきゃって、今頃になって力学の本読んだり、英語も勉強しなきゃならないし、経済学の本も読んでんですけどねぇー。根がだめなんでしょうね。ちっともわかったような気がしない……」
まったく何考えてんだ、このオヤジ。マルエン選集の類ですよとでもいったら、どんな面をするのか? 興味はあったが、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。研究所なら一緒にでいいが、あんたらと一緒にされたら迷惑だ。おとなしく酒でも飲んでろ。
2019/10/20