日米ステーキ談(改版1)

日本に駐在して七、八年、戦友といっても言いすぎじゃない同僚と事業部からくるエライさんをどこに連れていくかと話していた。田舎ものだから刺身やすしは避けたほうがいい。鉄板焼きはそもそもアメリカの創作料理で、もあまりにポピュラーになりすぎた。ステーキで日本に来た気になって、ただ柔らかいだけじゃあないか、アメリカとさして変わらないじゃないか思われるのもしゃくにさわる。懐石料理なんかわかりっこないから、もったいなくて連れて行くのも馬鹿馬鹿しい。相手が相手だし、ここは定番のすき焼きかしゃぶしゃぶしかない。
健康志向のアメリカ人は、どっちも霜降りの脂を気にするだろう。すき焼きなら料理されてでてくるから、赤みにしか見えない。脂に気がつかずに食えるからすき焼きにしようということで落ち着いた。

「あいつにゃ、まいったからな」
「ダイエットはいいけど、あそこまでいくと、こっちが困る」
どこにするかと話をしていて、二人とも二ヶ月ほど前に来たミルウォーキーのマネージャを思い出していた。優に百九十センチはある。何をどう食ったら、そんなのっぽになるのかと思うのだが、痩せてガリガリで歩く電信柱のようだった。ちょっと理屈っぽいが、技術には詳しいし人はいい。ただあまりに貧相で、一見貧乏神のようにみえる。事務所でうろちょろされると、はじめての人は誰もが一瞬たじろぐ。

半分以上はこっちの都合だが、日本の牛肉をとステーキハウスに連れて行った。同じビーフでも、どうだミルウォーキーあたりのとは違うだろう。どうだまいったかとなるはずだった。
ところが、でてきたステーキの霜降りの小さな粒の脂をなんとかしようと、ステーキナイフの先でほじくりだした。二人で顔を見合わせて、そりゃないだろう、そこまで気にするのを知ってたら、和食にしたのにと思った。夕飯、何にする、何がいいかなって聞いたら、なにをいっても「ダイジョーブ」、「モンダイナイ」って、どこかで拾ってきた日本語で返してきた。なにが「ダイジョーブ」だ。おまえの「モンダイナイ」って、Monday nightにしか聞こえないぞって思いながら、ステーキ食いたさが先にたった。
ほじくりだすのをみながら、なにが「ダイジョーブ」だ、この野郎。脂は避けたいとでもいえばいいのに、せっかくのステーキが食いにくい。

すき焼きなら間違いないと思いながら、ここでてんぷらの可能性なんかもちだしたら、振り出しに戻りかねない。てんぷらには刺身がつきものだし、すき焼きで決まりだと思っていたら、思い出したかのようにボソッと言ってきた。
「日本のステーキは噛み応えがなさ過ぎる」
誰も噛み応えなんか気にしちゃいないだろうと無視して、
「美味けりゃいいじゃないか。松坂や神戸なんてんじゃなくてたって、普通の和牛だって美味い。アメリカに帰ったら、アンガスビーフの大味にがっかりするぞ」
帰任したらと言ってはみたが、出張やバケーションで年に何回も帰ってるから、そんなことを言わなくても実感していることを忘れていた。それでも噛み応えに味の話で返したら、皮肉屋がなんと言ってくるか、ちょっと期待していた。
当然のように味を無視して噛み応えで言い返してきた。

右手を口にもっていって骨付き肉でも齧っているような仕草で、
「ステーキってやつは、こう齧り付くようにして食うもんで、箸でつまんでってもんじゃない。だいたい日本の食い物は柔らかいものが多すぎる」
まあ、確かに言われてみればその通りで、アメリカで食ったステーキを思い出した。オヤジの世代が言ったような「わらじ」のようなステーキはなかったが、それでも肉がしまってるとでもいうのか噛み応えがあった。サーロインやTボーンは食いにくいから、もっぱらプライムリブになってしまっていた。
「硬いものをしっかり噛んでという食習慣が減って、日本人のあごが細くなったった。それで歯が生えるスペースが狭くなって、歯並びが悪くなってるって聞いたことがあるぞ」

そういわれてみれば、同僚の顎はしっかりした如何にも肉食系を思わせるものだった。そこで人のあごを見るなって言い返したくなった。運動不足で脂肪がついてわかりにくくなってはいるが、顎の発達がよくなかったのだろう、きちんと整列して生えるだけのスペースがなくて、不ぞろいな歯並びが気になっていた。

「でもさー、そのせいで年をとったら歯がたたないってんで、ビーフストロガノフなんてのを思いついたんだろう。日本だったら、テーブルについてナイフなんて物騒なものは使わないぞ。箸で摘んで、力むこともなく草食系の質素な食事だ。まあイカやメンマのように噛み切れないってのもあるけどな。でも、ナイフ片手に齧り付くって、どう考えてもソフィスティケイテッドからは程遠くて、褒められたもんじゃないだろう」

そんなことを言い返しながら、昔読んだディビット・ハルバースタムの『The Reckoning 』(邦訳『覇者の驕り』)の一節を思い出した。
日産の技術者がアメリカに出張に行ってダイナーで「ハムステーキ」を注文した。でてきたハムステーキを見て、ウェイトレスが注文を聞き間違えたのだと思った。厚さが一センチもある。ハムとは厚くても厚紙程度のものだとばかり思っていただけに、とてもハムには見えなかった。ウェイトレスの話を聞いているうちに、ハムとは向こうが透けるような薄さもものだと騙されていたような気がした。

軽く一万円はするレストランにでもいかなければ、重みのある納得のいくステーキが食べられない日本の食を常識として育ってきたものには、どうしても齧り付くステーキを身近に感じられない。

「ビーフストロガノフな、あんなものしか食べられない年になっちゃうんだろうけど、まだまだ先のことだ。六十過ぎても七十過ぎても、齧り付いて、毟り取るように食えなきゃってことだ」
「そうだ、お前このあいだレバノンにいってきたろう。一ポンド食わされたんじゃないか?」

注:レバノンは、ダートマス大学のあるハノーバー町の南に隣接するニューハンプシャー州の町。

「なんだ、お前も食わされたんか?」
「事業部じゃもっぱらの話になってる。あの変なベンチャー買ってから、行くやつ行くやつみんなダートマスの前のホテルに昼飯に連れて行かれて、夜は一ポンドに挑戦させられて負けて帰ってくるって話だ。お前も負けてきたんだろう」
なんだ俺だけじゃなかったとのかとほっとしたが、遠路はるばる日本から来たってんで特別待遇かと思ってただけに、ちょっとがっかりした。

田舎町、といってもダートマス大の周辺に点在するベンチャーが並んでいる道沿いに一見なんでもないダイナーのようなレストランがあった。夕飯に連れていかれて、メニューを開きもせずに、
「ここにきたからには、一ポンドのサーロインを食べなきゃ」
と言われて、一ポンドがどのくらいの量になるのか見当もつかずに、じゃあ、そういうことでと、あれこれつまみながらビールを飲んでいた。
でてきたステーキをみて、まさかこれを食うのかと思いながら背筋をのばした。それはゴロっとした大きな石炭の塊のようだった。 知らないから、スープまでたのんじゃったじゃないか。ずるいじゃないか、こんなのが出てくるんだったら、何も食わずにいたのにと思ってももう遅い。どうしてくれようかと思いながら端からナイフを入れて、食って食って食ったが食いきれなかった。痩せの大食いで恥ずかしい思いをしてきたが、一ポンドには太刀打ちできなかった。たぶん四分の三程度は食った。意地でもと思ったが、もう喉仏までステーキでいっぱいで、どうにもならなかった。
ステーキというやつは、一枚二枚というスライスじゃなくて、なんとかカットという塊だったことを思い知らされた。

最近はステーキもずいぶん身近なものになったが、八十年代中ごろはまだまだちょっと遠い存在だった。

p.s.
<ビーフシチューは家庭料理>
七十七年に駐在ではじめてアメリカにいった。アメリカまできて、好きだったビーフシチューが食べられないと知ったときは、何で、そりゃないだろう、アメリカ人の同僚になんでないんだと訊いた。驚いたことに、ビーフシチューは家庭料理でレストランやダイナーのメニューにはない。日本ではアメリカのようなステーキには手がでなかったら、ちょっと高いが、たまにええぃってビーフシチューを頼んでいた。アメリカならそんなものどこでも食べられると思っていただけにがっかりした。
日本にはビーフシチューを看板メニューにしたちょっとお高い店もあるのに、アメリカでは庶民が家庭で食するものだった。日本の食の、特に牛肉となると、なんでこんなに質素なんだろうって思っていたが、年のせいだろう、寂しいことに、もう肉、肉という気持ちがなくなってしまった。
2019/8/4