本屋から図書館へ、そしてネットに(改版1)

この十年ほどを振り返って妙なことに気がついた。かつては、これといった用もないのに暇をみては本屋に行っていた。気になる雑誌の目次にざっと目を通して、書棚にまわってあれこれ見て、まあそんなものかとがっかりして、でもなにかあるんじゃないかともう一周、ときにはこれはと思う本を買ってきた。ところがこの二三年、時間はあるのにとんと本屋にいかなくなってしまった。

元は工作機械屋だが、転職をかさねて制御システムや画像処理関係もながい。そこからX線分析や植物工場にもかかわった。転職するたびに新しいことを勉強しなければならないし、いつまでも技術屋崩れの延長線というわけにもいかない。アメリカで決算書にサインしなければならない立場になって、英語と日本語で経理にまで首を突っ込んだ。毎月ボストンから京都にもどって一週間、そこから上海かシンガポールに回って、ブラッセルに寄ってアメリカに帰っては、また京都にと世界一周を繰り返していた時期もあった。仕事仕事で走り回っていたこともあって、手に取る本は実務書が先になった。それでも政治経済や汎用的な知識に関する本も欠かさず読んできた。ちょっとした空き時間をみては、何かに追われるようにして読んでいた。定期購読していたEconomistも溜まってしまうと処理しきれない。土日は積みあげたものの処理にかかりっきりだったこともある。

四十代なかごろから週一冊を目標としていた。軽い新書や文庫もあるが、なかには大学の教科書の類もあってなかなかペースを守り切れなかった。それでも一年を通してみれば、五十冊を超える本を読んでいた。ただいくら読んでも、たかが五十冊、十年経っても五百冊にしかならない。直接体験や見聞きすることからもあるが、体はひとつ、時間も限られている。どうしても読書を通して得られる知識に頼らざるをえない。これはと思う本は、少々高くても買ってきた。鉛筆片手に読みながら、後日の読み返しのために下線を引いたり、ざっと丸でかこんだりしていた。

そんなことをしていれば、毎週本が増えていく。引っ越しのたびに間引くのだが、思い出や思い入れもあって、捨てきれないものも多い。アメリカに駐在していたときに集めたサイエンスやエンジニアリングのリファレンスもあるし、技術翻訳をしていたときの参考文献もある。どれもこれもが自分の歴史の証のような気がして、処分するのはしのびない。英語で言えば身を切られる思いのJettisonになる。(勉強不足で、日本語でJettisonにぴったりする言葉が見つからない)

捨てきれずに、なんとか持ち歩いてきたが、二年前に雑司ヶ谷に引っ越すときにあきらめた。アパートが狭くて大きな本箱二本分を処分しなければならなかった。詰まっていたものがきれいさっぱりなくなって、知らなかったことを詰め込むメモリーに空きが出来たような気がした。もう本屋でこれはと思う本を見つけても、捨てるときのことを思うと、なかなか買う気になれなくなってしまった。

こんな本はないかと本屋や図書館に行っても、見つかることのほうが少ない。書棚のスペースも限られているから、どれもこれも置いておくわけにもいかないは分かるが、行ったところでありゃしないだろうと思うと足も遠のく。本探しはもっぱらインターネットになってしまった。これはと思うのが見つかったら、図書館のサイトで探す。図書館のサイト、こう言っては失礼になりかねないが、あまり賢くない。これとハッキリした書名ならいいが、注意を引きたい一心なのか、書名の前と後ろに長ったらしい副題のようなものがついていて、どこまでが書名なのか判然としないものがある。ちょっと複雑な書名になると、該当するものはありませんという素っ気ないメッセージが返ってくる。コンピュータシステムまでお役所仕事ということなのだろう。

その点、アマゾンのサイトはよくできている。書名を多少間違って入力しても、これじゃないですかと候補を挙げてくる。あるじゃないかと、表示された書名をクリックして評価にも目を通して、この本にするかと図書館のサイトにもどって探すことにしている。
多くの情報がネットでえられるようになって、縮小しつづける出版業界には申し訳ないが、もう本を買う時代ではなくなってきたような気がしてならない。

人間というものは横着なほうに流れるものだとつくづく思う。(自分だけではないと願っている) インターネットで見つけたのだから、インターネットですませられないものかと思いだす。散歩がてらにしても、図書館に行って借りてくるのも返しにいくもの面倒になってきた。ましてやコロナ騒ぎで、できることなら出歩きたくない。(困ったことに当分の間閉鎖になってしまった) 働いている人たちにしてみれば、職の安定のほうが気になるだろうが、みんな電子書籍にしてもらえればと思う。利用者の勝ってな思い。申し訳ない。

アメリカにはOpen Libraryがあって、日本にいながらしてかなりの本を電子ファイルで読める。日本には、青空文庫があるが、蔵書(?)も限られているし、親父か祖父の時代の小説がほとんどで、情けないことに昔の日本語に四苦八苦する。もうちょっと便利になってくれたらと思う。
Open Libraryのurlは、https://openlibrary.org/
2020/5/3