お困りごとはありませんか(改版1)

ヘッドハンターやコンサルから時々入ってくるメールもうっとうしいから、随分まえに迷惑メールに設定した。たまに必要なメールを間違えて迷惑メールに設定してしまうこともあるから、迷惑メールフォルダーを空にするときは、フォルダーを開いて件名だけは見るようにしている。

一月ほど前、受信箱の迷惑メールフォルダーにヘッドハンターからのメールが入っていた。イギリスとアメリカの混合部隊のようなヘッドハンターで、付き合ったのはもう十年以上も前になる。あてにならない業界のなかではしっかりしている方だが、金融業のクライアントが多いのだろう、右目にドル左目にはユーロで伝統的な製造業に関心があるようにはみえなかった。

GEという名があるからか、何度かセミナーに呼ばれてタダ飯もごちそうになった。どうせ仲間なのだろうが、わざわざ外部からコンサルを連れてきて、シックスシグマだのブラックベルトだのとGEの能書きを聞かされた。それだけでもうんざりなのに、参加者同士でディスカッション?までさせられた。GEの従業員としてそれなりの立場にいたから、能書きの内実を知っている。たとえ部外者でも「常識」があれば、そんな戯けたゴタクに振り回されはしない。

コンサルの看板を掲げて、流行りの浮ついたキャッチフレーズに乗っかってイージーマネーを追いかけてるだけの人材紹介屋。定見などあるわけもない。何を聞かされたところで、割れた腹の内がみえすぎる。それでも紹介されて面接に行けば、行った先の業界の一端を知ることができる。どうでもいいことも多いが、なにかの参考にはなる。面接に行って、訊かれる以上のことを聞いて帰ってきた。高専出が出来レースにはちょうどいいのだろう、他の候補の引き立て役を二度ほどやらされた。

ヘッドハンターに転職した同僚が二人いて、まったく知らない業界でもない。あるヘッドハンターから聞いたところでは、候補を紹介するとき、競馬でいえば本命、対抗、穴馬の三人をセットにするのが一般的らしい。成功報酬の人材紹介、さっさと決めてもらって次から次へと片付けていかないことにはメシが喰えない。クライアントは他のヘッドハンターにも声をかけているから、あまりに外れた人は紹介できないが、いつもいつもぴったり合う候補がいるわけじゃない。多少ずれていても、引き立てようでなんとかまとめてしまいたい。そこで、本命の引き立て役が欲しくなる。

リーマンショックの時も大変だったが、今年は新型コロナウィルス騒ぎで、ヘッドハンター稼業はとんでもない状況だろう。
リーマンショックまでは、あぶく銭を追いかけていたアメリカの金融機関の駐在員が我が世の春を謳歌していた。どのみち経費で落ちるんだからと、家賃二百万でも三百万でも構いやしない高級マンション住まいの立派な(?)人たちがいた。金のある所に金を求めて日本人も日本の会社も群がっていた。それがリーマンショックで、ある日突然蒸発でもしたかのようにいなくなった。

金融という金が湧いて出てくるあっちの池とこっちの池の間に運河のようなネットワークをつくって、こっちの人をあっちに、あっちの人をこっちで美味しく儲けていた。それがどの池も干上がって売りもの(人材)が溢れて買い手(雇用)が消えてなくなった。金融系の求人バブルでぼろい商売をしてきたヘッドハンターの多くも店じまいした。他人に職を紹介するヘッドハンターが自分の職探しでヘッドハンターに駆け込むという奇妙な光景があちこちに出現した。

リーマンショックでは金融機関の崩壊で製造業もサービス業も傷んだが、今回のCOVID-19の影響の大きさに比べれば、まあ性質の悪い肺炎ぐらいだったんじゃないかと思う。
届いたメールの件名が笑わせる。「お困りごとはありませんか」 金はあったためしがないし、年も年でものも見にくくなって腰は痛い。困ってないかと訊かれれば、困ってはいる。ただそれはいつものことで、あんたたちほどには困っちゃない。

困ってないのは一部のIT関係の人たちとコロナウィルス特需を食いものにする利権屋ぐらいで、リーマンショックのとき以上にみんな困ってる。ヘッドハンターもめちゃくちゃ困っているはずなのに、いかにも困っていないような体裁のメールなんかみたら、「素直じゃないね」としか思えない。まさか「困ってんですけど」なんてメールを送るわけにもいかないだろうけど、コンサルなんていったところで、所詮人材紹介じゃないか。こんなときにまで格好つけてんじゃないよって言いたくもなる。
こんなこと書いていたら、先週またメールが来た。あと二週間もすればクリスマスカードも来るかもしれない。
2020/11/22