えっ、それうちの話じゃん(改版1)

専務はいいけど、エライだけで何の役にもたちゃしない。手がとられるだけで、うっとうしくてしょうがない。やっと半分、あと一週間も相手しなきゃならないのかと思うと気がおもい。とっとと帰れって言いたいが、はじめてのアメリカが嬉しんだろう、せっかく来たんだしニューヨークに寄ってから帰るっていいだした。田舎のオヤジまるだしで、一緒に歩くのもはずかしい。
英語の「え」の字も分からないから、一人じゃトイレにもあぶない。なんどか一緒にいって、もう大丈夫だからって一人でいったら、いつまで経っても帰ってこない。おい誰か探しに行った方がいいじゃねぇかって話してたら、明後日の方から帰ってきた。ほっとした顔をしてるのに、見栄もあってだろう、ついでにあちこち見学してきたからって。制御の知識がないから、何をみたって機械の上っ面しかわかりゃしない。せいぜいコンパニオンでも見てきたんだろう。なんでこんなオヤジをよこしたんだってみんな怒っていた。

このオヤジのせいで、毎晩それなりの日本メシ屋に出かけなければならない。製品の説明やらなんやらで一日中立ちっぱなしだから、近間のダイナーで簡単にすませてさっさと寝てしまいたいが、二人一組になって交替でお相手していた。
知っている店はエライさんたちがお連れするから、新しいところを開拓しなきゃならない。ホテルで聞いてそこそこよさそうじゃないかと思っても、どんな店かは、行ってみなけりゃわからない。

新装のいい店みたいだけど、日本人だらけでちょっと怖い。まあ二年に一回の展示会だからしょうがない。どこにいっても業界関係者で溢れてる。予約しておいたからいいようなものの、そとで待っている人たちもいる。案内されたのは、他人の目を気にすることもないいい席だった。ただどうにも手狭で、周りの話声が気になってしょうがない。
またいつもの自慢話を右から左に聞き流しながら食いたいものを喰って、オヤジさんは先輩にまかせておけばいい。こういうところでの下っ端は気楽でいい。どこで聞いたのか、この間まではバドワイザーだったのに、分かったような顔をして今日はサミュエル・アダムスになってる。

日本メシ屋といったところで、定番のてんぷらと刺身に焼き鳥ぐらいしかないが、味はともかく量だけは日本に負けない。細かなことは言いっこなしにしても、かじるようにして食べる大きなブロッコリの天ぷらはいただけない。
もう食って飲んで、あとはつまみながら飲みになった。おやっと思ったが、お隣さんはもうお勘定らしい。工具交換のトラブルの話をしていたから、どこかのマシニングセンターの技術屋だろう。これからホテルに帰って日本に電話して、なんとかなればいいんだけどと人ごとように考えていた。まさか後年自分が同じ立場になるなんて思いもしなかった。

そこはシカゴショー、どこも二年かけて開発した最新鋭機を出展する。新技術を搭載して次世代機はいいけど、計画通りに開発は進まない。来年のヨーロッパの展示会にずらしてなんてことになったら、試作部隊の責任問題になる。無理をしてでも展示会に間に合わせるから、トラブルも起きる。初物のトラブルで駐在員の手には負えない。機械についてきた出張者の頑張りどころになるが、日本に問い合わせなければ分からい事も多い。なんとかしなきゃというプレッシャーにつぶされそうになりながらの作業が続いて、しばし夕飯なんて気になれないこともある。

混んでいるからだろう、テーブルの整理も早い。わいわい煩い四人組が隣にきた。待ちかねたとでもいうかのようにビールを飲み始めた。聞こえてくる話から想像するに、工作機械専門商社の営業マンだろう。さっきまでのトラブルを抱えた二人組の生真面目な話とは好対照で、口先三寸のブローカーのような口調が癇に障る。
こっちは出来るだけ声を控えているのに、うるせーなこいつらと思っていたら、出てくる出てくる裏話やゴシップものどきに欠席裁判のような話がつづいていた。海外出張でつい口が軽くなってるのだろうが、周りを同業者でかこまれていることを忘れてる。

「この間、熊本でなんxxxxxxxx。どうにもxxxxへんなんだ。xxxxxx思うんだけど、なんていうんかな、就職したときxxxxxx十年前のスーツをxxxxxxxxxxxxx板についてxxxxxx」

隣にすわった先輩がテーブルの向こうの専務に大きな声で話してるし、周りも騒がしいから、とぎれとぎれにしか聞き取れない。まあ、どこにでもあるはなしだろうし、まさかうちのことじゃないよなと思っていた。聞いていて、福岡支店に飛ばされた溶接班の渡辺さんを思い出した。渡辺さんとは組合事務所でなんどか話をしたことがあるが、人のいいだけのオヤジさんで切った張ったの営業なんかできっこない。工場に戻って来たときちらっとみたけど、よれよれのスーツが痛々しかった。

「そうよ。おれも会ったぜ。xxxxxx知らないけど、二十年溶接棒しか握ったxxxxxxxxそれが、xxxxxx福岡にxxxxxx、右手に地図、左手xxxxxxxxxxxxxx」

溶接棒?まさか、でもたぶん渡辺さんのことだ。口の重い人で工場でも影がうすかった。五十前だとは思うけど、なんであんな目にあわなきゃならないんだと思っていた。こんなところで笑い話の種にされて、会社も会社だけど、組合も組合だ。組合費と闘争積立金を毎月天引きしてるくせに、何をやってんだと腹が立ってきた。

「いや、おれも笑い話きいちゃってさあ」
「なんでも入社以来五年かそこらxxxxxx新卒相手の教育指導ってのしかxxxxxxxxxとばされxxxxxxxx」
「支店長ったって、営業二人xxxxxxxxだぜ」
「本社と違って、xxxxxxああだのこうだのいってxxxxxx」
「それがだ、xxxxxx営業トップになったら、毎日朝、午後、晩と一日三回電話xxxxxだxxxx。xxxxxx注文はまだかっxxxxxxxxxそいつ電話がなるとガタガタ震えxxxxxxx」

ちょっと待て。なんでそこまで見て来たかのように詳しいんだ。同期の斎藤が営業で山形に飛ばされて愚痴ってたのが、一年もしないうちに、こんど大木のバカが来たから、ちょっといじめてやってるんだっていってた。一期上の大卒だから三歳上だけど、田舎大学の教育学部でせいぜい庶務課がいいところだ。前線の営業部隊の切り盛りなんかできるようなタマじゃない。斎藤の人を食った話に大笑いしたけど、それは二度目の左遷前のことで、今は人ごととは思えない。

ここまで知ってるのは加工技術部隊のヤツらしかいない。希望退職をなんどかやって、動ける人は出ていってしまって、どこにも行けない人たちが残った。転職しようったって、銃剣もってもたもた走ってるような歩兵はどこもとってくれない。工場しか知らない人たちや営業しかやったことのないのはつぶしが利かない。
納入した機械の据え付けが終わったところで客先に行って、加工プログラムのトレーニングも兼ねて、客のワークを加工して検収をあげてくる人たちがいた。北海道から九州まで飛び回っている人たちで、同業の機械メーカや切削工具メーカからの引きもある。腕をかわれて客の婿養子になったのもいた。なかには商社筋に呼ばれるのもいる。
社内のゴタゴタから逃げ出すように転職していった人たちで、少なからぬ嫌社の気持ちはあっても愛社なんてふざけるなと思ってる。その人たちの口からゴシップのような話が抜けて行った。

「ほんとかよ、xxxxxx」
「大丈夫なわけxxxxxxつったのいるじゃねえか」
「xxxxxx人ごとじゃxxxxxx先はわかんねぇしな」
出張費がでるんだろう。飲みっぷりもいいし、食いっぷりも半端じゃない。どんだけ注文してんだコイツらと思っていたら、
「おい、xxxxさしみ、早くかたづけろ」
「焼き鳥、一皿にxxxxxx。テーブルが狭くxxxxxxx」
次から次への料理がでてくるから、話してる暇がないのだろう。やっとおとなしくなったと思っていたら、いくらもしないうちにまたはじまった。

「xxxx今日聞いたんxxxxxx子会社に飛ばされxxxxxx」
「えぇ、ほんとすか。よかった。xxxxxxどうしようかって、どこもこうもxxxxxxx」
「そりゃそうだよ。xxxxxx定価の半値の八掛けの世界だけど、xxxxxx値引き値引きで、xxxxxx逃げだしちゃうxxxxxx」
「あんな値段でxxxxxx正気の沙汰かってxxxxxx」
「そりゃ、xxxxxxねーだろ」
「xxxxxx生産ラインしか知らねえオヤジがポンと営業部隊のトップにxxxxxxxxxxxxxxxxxx」
「xxxxxx聞いたところじゃ、xxxxxx去年かなりリストラxxxxxxxxxxx」
「それで、xxxxxxこいって、xxxxxx営業におしだしxxxxxx」
「なんだ、xxxxxxテメーも一緒に出っ張ってxxxxxx」
「十年十五年営業xxxxxx総スカンxxxxxxx。あんな値段でいいんxxxxxxアシスタントの女の子でもxxxxxx」
「大体メーカの連中は売るってxxxxxx。俺たちのことを馬鹿にxxxxxx」
「思い知ったからバカ野郎xxxxxx」

話が先になっちゃって、食うのがおろそかになってたんだろう。また急に静かになった。
どんな話になったところで、所詮人ごとじゃないかって芯を強くもたなきゃって思っていたら、また始まった。

先輩はオヤジさんに自分の売り込みに一所懸命で隣の話は耳にはいらない。先輩の熱気に押しまくられているオヤジさんも隣の話は聞きとれない。
先輩は、もともと出身は削り屋なんだから、ちゃんと工場に戻してくれってくり返している。会社には戻す義務があるはずだし、オレには戻る権利があるって。もっともな主張だとは思うけど、五年六年前ならいざしらず、今はどうなんだかという気がする。希望退職なんてのはどこか遠いところの話で、そんなものオレの帰任に関係するはずがないと思いたいのは分かる。それでも、もしかしたらなんてもことも無きにしもあらずで心配なんだろう。ここは工場長でもある専務の言質を抑えておきたいという気持ちから、つい話もしつこくなる。

駐在員の仕事は大変だし、家族の問題もあるから来年にはと迫っても、たぶん先輩が帰任するころにはもう子会社の社長に押し出されてる。オヤジさんにしても、何を言われても適当に聞き流すしかない。まさか勇退のことを言うわけにもいかない。
ニューヨークに六年もいるともう浦島太郎もどきになっちゃって、日本で何が起きているがわからなくなる。先輩、一所懸命はいいけれど、頼む人を間違ってますよともいえない。

「あっ、すいません。オレ頻尿で、ちょっと失礼して」
「なんだ藤澤、お前さっき行ったばっかじゃねえか。何回目だ」
二人して、またかよって顔されても、近いんだからしょうがないじゃないでか、と薄ら恥ずかし笑いして。
オヤジさんエラすぎて、二十代のひよっこじゃ役不足でお相手もできないし、先輩が一所懸命オヤジさんに売り込んでるのを邪魔してもと、さっと立ってトイレにいった。

トイレから帰ってきたら、先輩が待ってたぞという顔をしてビールを飲みほして言った。
「森専務、今日はお泊りのホテルのバーでいっぱいやりましょうよ。アメリカのバーってなかなか入れないじゃなですか」
オヤジさん、おおって嬉しそうな顔をしてる。
「あのホテルですから、ちょっと高いと思いますけど、日本に比べりゃただみたいなもんですから」
オヤジさん、まさか日本のクラブなんての想像してるんじゃ?
そんな心配をよそに先輩がつづけた。

「森さん、ちゃんと工場に帰してくださいよ」

先輩、そんな大きな声でいったら、隣に聞こえちゃうじゃないですかって顔をみたら、何を気にしてんだお前って顔をされた。自分の売り込みに夢中になってて隣の話が聞こえてこなかったのだろう。それはオヤジさんも同じだった。まさか自分の左遷、それも旧型機のお手盛りだけの子会社に押し出される話が業界に抜けているなんて想像したこともないだろう。
二人とも、隣が急に静かになったのに気が付かない。

入社四年目に子会社に左遷されて、六年目にはニューヨークの孫会社に飛ばされた。単身駐在は三年という不文律があるから、抑留生活もあと二年。またどこかに飛ばされるんだろうけど、トラブルやちょんぼはしょっちゅうだし、オレもあちこちで笑い話の種にされているはずだ。そんなものどこにいってもつきものだろうけど、いつまでもいるところでもなし、そろそろ潮時を考えなきゃいけないかもしれない。
2021/1/14