二桁の掛け算を暗算で(改版)

十一月十三日付けのYahooニュースに二桁の掛け算の暗算の話があった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/5dcd57ddf49f6ce20d56a81cf38d92741a35401e

小学校一年生が暗算で14x14をサクサクと答えると言われると、早期教育もついにそこまでいったのかとちょっと暗くなってしまう。小学校で英語教育と聞いたときは時代の流れだし、言葉は早いうちから慣れているにこしたことはないからという気持ちもあったが、二桁の掛け算はちょっと行きすぎのような気がしてならない。

小さいうちから宿や習い事に忙しくて、小学校には遊びにいっているようなことになるのを知っているだけに、二桁の掛け算を一年生が、どうしたものかと思っていて気がついた。九九のように暗記ではなく、暗算?暗算をどうやるのかを説明した手描きの図がついていた。図が雑で何を言っているのか?どういうことかと見ていて、何だそういうことかとわかった。何のことはない、二桁目と一桁目の掛け算の答えを足し算しているだけでしかない。なんとか言葉で説明をと思ったが、上手く説明できない。数式で見れば分かりやすい。

14x14を十の位と一の位に分けて考えれば、次のようになる。
=(10+4)x(10+4)
=(10x10)+(10x4)+(4x10)+(4x4)
=100+40+40+16
=196

若い人に二桁の掛け算の暗算、―十の位と一の位に分けるって知ってたって訊いたら、呆れ顔で言われた。
「そんなの暗算していたら間にあわないじゃなの。いまどきそこそこ受験勉強をしている子なら二桁までは、完璧じゃないにしても丸暗記してるよ」
「限られた時間内に答えをだしていかなければならないから、暗記すれば済むことは暗記してしまった方が時間を有効に使えるじゃないか。もう十五年以上前になるけど、高校受験の準備をしていたとき、そんなことは常識だったから……」

まあ、そういわれれば機械工場で立ち話でああだのこうだのというとき、暗算しなければならないことがあった。もう半世紀以上も前のことで、電卓なんて気の利いたものもなかったから、生産現場での暗算は必須だったし、覚える気はなくても覚えてしまうことも多かった。

年もいって仕事で何人ものインド人と付き合ってきた。優秀に見える人も多かったが、誰も彼もが二桁の掛け算を暗記しているわけではなかった。それどころか、インドでも最も優秀なビジネススクールを卒業していた上司は、なんでと思うほど数字に弱かった。Excelが計算してくれることもあってだろうが、なにかというと紙に書いて、電卓をたたいていた。毎週の売り上げの集計のたびに電卓を使って、しばし計算違いをしていた。

アメリカの本社でどうでもいいセミナーに飽きて、隣に座っていたシンガポール支社の社長をしていたインド人の同僚に、半分世辞でインド人の数学の能力の高さについて話した。褒めたつもりだったのに、何をバカなことを言ってるとそっけない返事が帰ってきた。
「計算能力っていうけど、何を計算しなければならないのかを分かってるかの方が問題だろう」
「そりゃそうだけど、いつまでもシンガポール支社なんかでごちゃごちゃやってないで、IT産業が急成長してるインドに帰った方がいいんじゃないか」
従業員数十万人のアメリカのコングロマリットの一事業部でインドに少なくとも数百人のソフトウェアエンジニアを抱えていた。
「いつまでもシンガポールにいる気はないけど、インドに行ったところで待ってるのはドンキーワークだ」
「なんだ、ドンキーワークって」
お前なーとあきれ顔で、
「いいか、何をするのかを決めているのはアメリカの本社で、インドじゃ決められたことをやってるだけだ。いくら計算が速いからったって、そんなもの歩く電卓みたいなもんで、あいつらがしてることはドンキーワークでしかないじゃないか。そんなところに戻るぐらいだったら、まだシンガポールのほうがいい。もし行くとしたら、アメリカかイギリスしかないな」

丸暗記、言ってしまえば体で覚えただけのもので害もある。何をどう視て、どう考えてという能力の存在に気がつきようのない年のうちに、なんでも暗記してしまえばと思い込んでしまうのが怖い。
高専で数学の詰め込み教育でアップアップした苦い経験がある。毎日面倒な証明問題をやっていると、問題を一目見て、どうすればいいのか分かるようになってしまう。解法を公式のように覚えてしまっていた。何を考えるでもなく頭のなかで解法のプロセスが起動して、何をしているのか分かっちゃいないし、何のためと考えてもいないのに解答だけは導きだしてしまう。微分にして積分にしても微分方程式であろうがなんであろうが、数学的というのか物理的、あるいは工学上の目的なんか何も知らないままで卒業してしまった。就職していざギヤボックスや刃物台の設計となったとき、そんな体で覚えたものなんか、なんの役にもたたなかった。
丸暗記、必要な作業であることは分かるが、考える能力を失いかねない危険を伴っていることを承知の上でなければ、弊害が大きすぎる。

p.s.
<英語教育について一言>
小学校で英語教育をはいいが、教える側にそれだけの能力があるのか。中学校で高校で(さらに大学で履修して)、「実用」英語技能検定だなんだのとやってきても使い物にならない。それを何とかすることもなしに小学校から始めたところで、かける時間に見合う成果が得られるとは思えない。

技術翻訳で禄を食んでいたとき、社員旅行で箱根にいって遊覧船に乗った。そこに乗り合わせた関西からの修学旅行の一団が、同僚のアメリカ人に英語の練習と思ったのだろう、たどたどしい彼らの英語で話しかけた。そのアメリカ人、人付き合いの下手なというのか嫌いな極め付きのオタクだったが、高校生を無下にもできなかった。なんとか聞きとろうとしたが、訛った英語でどうにもならない。いつもタラタラしているヤツが血相を変えて走ってきた。聞いてみればただの通訳じゃないかと二人で高校生の集団に戻っていって驚いた。あまりに関西弁のイントネーションが強すぎて、何度か聞きなおさなければならなかった。関西弁なまりの英語、関西人同士ならまだしも、英語を母語としている人たちには難し過ぎる。世界中でお国訛りの英語が行き交っていて、細かな発音の違いはなんとでもなるが、イントネーションが崩れるととてつもなく通りが悪くなる。余計なお節介で申し訳ないが、英語をと思うのなら、「r」と「l」の発音や「f」や「v」に「th」なんか気にするより、英語らしいイントネーションを心掛けた方がいい。
英語らしいイントネーションの喋り方をどうやって習得するか?拙い個人の経験からだが、日本人の英語までの先生の話を聞くより、英語のニュースでもドラマでもいいから録画するか録音して、再生しながらあとに付いて話していく練習をしたらいい。
2021/11/14