いいお客さんと営業努力(改版)

セミナーは服選びと似たところがあって、どうしても似たようなものばかりになってしまう。研究者の視点で整理したお話をお聞きできるのはありがたいが、どこかで聞いたような気がしてくることがある。話はわかるけど、だからなんなの?どうしようっての?そんなことじゃ、どうにもならないんじゃないのと思いだすともういけない。いくら聞いてもしょうがないんじゃないか?でも出て行くわけにもいかないし、ここはお付き合いと諦めることも多い。そうはいっても三十分もしないうちに苦しくなって、失礼ながら中座させて頂いたこともある。

似たような話を聞き続けて不感症になってしまったのかと気になりだした。そこで、ちょくちょく顔を出すセミナーから距離のあるセミナーへ期待二、三分ででかけることがある。適度な距離というのがことのほか難しい。あまり離れすぎていると異文化圏に迷い込んだようなもので、違和感と疎外感だけならまだしも、せがまれた感じの寄付をスルーしたのが尾をひいていやな後味に悩まされることすらある。

一年近く前に反貧困を掲げたセミナーに出かけた。Google mapを見ながら会場の建物を探したが、不案内もあってなかなか見つからない。このままでは遅刻してしまうと、案内に書いてあった電話番号にかけたが誰もでない。そんなセミナー出たところでという気もしてきて、このまま帰っちゃおうかとも思ったが、ここまで来て帰るのも癪にさわる。直ぐ近くまで来ているはずなのに、もしかしたら最寄駅の反対側を歩き回っていたのかもしれないと、駅までもどって反対側を歩いて行ったが、どうもおかしい。やっぱりさっきうろうろしていた辺りじゃないかと戻っていった。四、五階建ての小さなオフィスビルが立て込んでいて、見通しが悪い。ここかもしれない、ここかもしれないと一つひとつ並んでいるビルの名前を確認していった。やっとみつけて、会場に着いたときにはもうセミナーも佳境にはいっていた。

プレゼンターが五人ほど前に座っていた。まん中に司会者らしき人がいて、その左隣にコスプレ衣装を着た二十代中ごろの女性がいた。若さを強調するかのような空色の衣裳が似合っているだけに、周囲からはこれ以上はないというほど浮いていた。左端からちょっと距離をおいて大きなディスプレイが設置されていた。画面にはちょっと疲れた感じ(失礼)の女性が関西訛りの標準語で話していた。風俗関係の仕事をされている方で、新型コロナウィルスの流行が風俗産業にどれほどの影響をおよぼしているかについて、具体例をあげながら説明していた。初めて耳にする世界の話で新鮮だった。ジャーナリストや研究者の調査からの話ではない。風俗で働いてきた一当事者としての話だけに具体的なのだが、整理がついていないうえに単調な口調もあって、ものの数分もしないうちに飽きてしまった。当事者にとっては、前の例とは違うのだろうが距離があるからか、似たような話しにしか聞こえない。それ以上に社会構造がもたらす経済格差ということでは、風俗であろうが不定期の単純労働であろうが、生活難ということでは大きな違いがないだろう。当然、とりえる社会経済政策も風俗だから他の人たちとは違うという話にはならない。

長話が終わって、参加者からの質問に答える段になった。十五、六名はいたが、誰も口火を切ろうとはしない。セミナーでよくあることだが、みんな誰かが質問をするのを待っていた。数分経って、年配者が勇気をだして知り合いから聞いたことだけどと前置きして話し出した。
「知り合いが懇意にしているというのか、よくかよっている風俗の女性から聞いてきたことなんだけど……」
ぼそぼそとした口調が人のよさを感じさせる。
「コロナ禍も不況もなんも関係なくお客さんは来てくれるから……、なにも変わらない……」
「Aさん(ネット参加の風俗関係の方)のお話とは随分ちがうんだなって、なにか違うんでしょうか……」

Aさんへの質問なのに、プレゼンターの中の紅一点、コスプレ衣装の女性がはねつけるような口調で即答した。
「それは、その女性の営業努力のおかげですよ」

あまりに直截なというのか、切って捨てるかのような答えに司会者、そして一瞬遅れてAさんもかたまった。年配者は、自分の子どもより若い女性の口ぶりに驚いた。コスプレの女性には、あまりに素朴な質問が「何を馬鹿なことをいっている」とでも映ったのだろう。その気持ちわからないわけではないが、訊いた人は友人と同じように風俗関係の客になることはあっても、風俗業界の内実など知る由もない。業界にいる人たちには「いい年をしてこの世間知らず」に見えるだろうが、その程度の知識だからこそ「いい客」として捕まえて於けるということじゃないのか。
「営業努力のおかげ」、それが紛れもない事実であろうことは想像に難くないが、客でしかありようのない年配者にとっては身も蓋もないというのか、もってもしょうがない淡い夢を壊されたように聞こえただろう。風俗にかぎらず、客商売である以上、少々嫌な話しがでてきても、さらっと受け流して飯の種と、それこそが「営業努力」じゃないのか。

懇親会でコスプレの女性に、いったいどういう方なのか遠回しに訊いた。
「仕事から衣装のまま来ちゃったんですけど……」
言葉通りには受け取れない。住まいから仕事場にコスプレ衣装を着て電車に乗ってはないだろう。ご自身の仕事に対する巷の人たちの目に対する反発からくる誇りのようなものがあって、わざわざ衣装を着たままとしか思えない。大きなバッグを抱えていたが、なかには普通の服が入っているように見える。
着たままとすげない回答が符合しすぎている。今は仕事じゃない、一個人として出席しているんだからという気持ちも分かる。意地と張りに若さもあってのことだろうが、いいお客さんの立場にいる人に楽屋を見せちゃいけない。

客商売の人たちから聞く「いいお客さん……」が何を意味しているのかを考えると、いいお客さんでいたいと思いながらも、いてたまるかという気持ちがある。「いいお客さん」なんて思われるだけでも、手玉に取られているようで癪に障る。そんなもの、おとなしく食って飲んで話をちょっとで金払いがいい、要は手間のかからない飯のタネでしかないんじゃないか。
「金の切れ目が縁の切れ目」ということではどこも同じで、風俗だからというわけじゃない。先生と呼ばれる生業で飯を食ってる人たちの世界もなにもかわりゃしない。男妾のような公認会計士は言うにおよばず、医師でも弁護士でも、政治家でも企業家でもみんな同じ。そこでの努力とは、いい人がカモにされていることに気づかないよう気を配ることでしかない。
2021/10/31