ダイエットシュガーは健康によくない?(改版)

一時は七十三キロを超えていた。ちょっと食べ過ぎたかなと思ったときは七十五キロ近くもあった。適正BMI22からすれば、身長一七〇センチだから適正体重は六十四キロ。お腹が重いメタボだった。それでも十年ちょっと前までは、健康診断でたまに引っかかっるのは肝機能だけだった。軽度肝機能障害は、中学生のときの急性肝機能障害のなごりで、気にしてもしょうがないと割り切っていた。健康診断のたびに食生活の改善と適度な運動をと言われたが、仕事柄夕食も外食が多かったし、あらためて運動をする元気もなかった。

二〇一〇年、アメリカのコングロマリットの事業体で和文の販売資料を手作りするはめになった。体裁だけで中身のない英語のブローシャ―なんか誰も読みゃしない。世界に支社や支店をもつ従業員四十万人を超える巨大企業だったが、経営陣はアメリカで純粋培養された世界の田舎者だった。世界中どこにいっても、英語で自分たちのやりかたで通用するものだと思っていた、というよりそんなことを考えることもなく育ってきた人たちだった。
八時もまわれば、もう外から電話がかかってくることもない。いつものように三人残って、事務所のあっちとこっちで、勤務時間中には手をつけられない作業をしていた。きりのいいところで日常業務を止めて、やらなきゃと思っても頭が回らない。朝から晩まで雑用に追われ続けて、夜になれば和文の販売資料やカタログ作り。いくら小さな所帯といっても、これが社長のやることかと思うが、できる人がいない。カタログは誤解している人が多いと思うが、製品やサービスの紹介じゃない。自社の製品やサービスの優位性や弱点を理解しているだけじゃ作れない。想定しているあっちの顧客層が、こっちの顧客群が今何を問題としているのか、何を改善しなきゃと思っているのか、そしてその解決案をどのぐらいのコストまでなら導入を検討するのか、さらにどの販売チャンネルから流せばいいのか(相手先ブランドでという手もある)、ご同業の壁をどこから突きくずすのか……。一見どこにでもあるように見えるカタログでも、きちんと作ったものなら、どの市場とどのように対峙してきたのか、これからどうするつもりなのかも含めて、ありとあらゆる情報が詰め込まれている。本来であればマーケティングの下に実務部隊としてマーケティングコミュニケーションがいるはずなのに、コングロマリットの経営陣は財務出の人ばかりで、製品はおろか自分たちがビジネスを展開している市場の基本的なことにすら興味がなかった。気にしているのはキャッシュフローと金融機関の目だけだった。

いくら昼飯をしっかり食べても八時九時になれば腹も減る。気分転換もしなきゃと十二階の事務所から二階のコンビニにいって、かりんとうとペットボトルのお茶を買ってきていた。黒糖の塊りのようなかりんとうをかじりながら思った。こんなことをしていれば、遠からず糖尿がでる。不思議なことにそれでもレッドラインは越えなかった。血糖値は高めだけど、病気ってわけでもなしと高をくくっていたら、翌年にはしっかり危険域に入っていた。精密検査(経口ブドウ糖負荷試験)といわれて、シロップを飲まされて三十分後、六十分後、百二十分後の計四回採血された。還暦近くになるまで食いたい物を食いたいだけ食ってきたが、ついに食事制限をしなければならなくなった。

やるとなったらやってやる、やってやろうじゃないのと意気込んで始めた。毎晩体重計に乗って、五百グラム単位で体重を落としていった。ちょっとした外食で、一キロ二キロふえてしまうことはあったが、体から余計なものをそぎ落とす遊びのような感じでやっていた。四年ほどかけて十キロ以上落として、六十一から六十二キロの間に落ちついた。ズボンというズボンがだぶだぶになったが、やったぜという達成感のようなものまであった。そこまで落とせば、たまに好きなものを食べたいだけたべても心配ない。
減量を始めたとき、ご飯のお代わりやめて、甘いものを避けた。紅茶やコーヒーもダイエットシュガーにした。ダイエットシュガーもあれこれ試した。顆粒はあちこち散って使いにくい。もう十年近く液体のスクラロースを使ってきた。内科の医者に聞いても、砂糖をさけてダイエットシュガーにするようにと言われた。

ダイエットシュガー、日本語に訳せば合成甘味料になる。合成という言葉だけでも大丈夫かとちょっと心配になる。Webをみれば色々書いてある。昔から飴屋だと思っていたメーカのダイエットシュガーのボトルには、砂糖からつくったスクラロースだと書いてあった。砂糖からだというだけで、大丈夫だろうと思いたい気もちがあった。なんにしたって副作用のようなものはあるんだし、砂糖の害より副作用のほうが小さいだろうから、いいじゃないかと使い続けてきた。代替えがないわけじゃない。オリゴ糖なら副作用の心配も減る。ただし、オリゴ糖のボトルには「お腹がゆるくなることもあります」という注意書きがあった。もともとゆるくてトレイが近いのにこれ以上近くなったら、忙しくてしょうがないと二の足を踏んでいた。

六年ほど前に仕事を止めたおかげで外食の機会がほとんどなくなった。減塩、減糖の食生活になったからだろう、この五年ほど健康診断の結果は驚くものだった。年のせいで猫背はひどくなる一方だし腰もしぶいが、肝臓も腎臓も糖尿も血圧も何もない。数値でみるかぎり若い時よりはるかに健康体だ。六十キロちょっとまで落としたとき、デパートの大きな鏡を見て、ちょっとショックだった。痩身と言えば聞こえはいいが、そこにはただの枯れたジジイが映っていた。ちょっと体重を戻すかと、六十二と三キロの間に調整した。この程度なら糖尿がでるなんてこともないだろうと健康診断にいったら、どうしたことか危険域に入っていた。運動不足から筋肉が落ちて、それを補うかのように脂肪がついて、体重が同じでも中味が違うということだろう。また慌てて体重を落とさなきゃと始めてはみたが、なかなか効果が見えない。筋肉が減った分、基礎代謝量も減って、五年前のようにはいかない。どうしたものかと思っているところに、WHOの、そうは言われてもというレポートがでてきた。
「WHO advises not to use non-sugar sweeteners for weight control in newly released guideline」
機械翻訳すれば、「WHO、新ガイドラインで体重コントロールに非糖類甘味料を使用しないよう勧告」になる。
https://www.who.int/news/item/15-05-2023-who-advises-not-to-use-non-sugar-sweeteners-for-weight-control-in-newly-released-guideline

レポートで気になるところは下記の通り。
「体重のコントロールや非感染性疾患(NCDs)のリスク軽減のためにNSSを使用しないよう勧告した」
「NSSの使用は、成人や小児の体脂肪を減少させる長期的な利益をもたらさない」
「成人の2型糖尿病、心血管疾患、死亡率のリスク増加など、NSSの長期使用による望ましくない」
ここでNSSはnon-sugar sweetenersの略で、日本語では非糖類甘味料になる。
Googleによると、「2型糖尿病は血液中のブドウ糖(血糖)が正常より多くなる病気です。初期の頃は自覚症状がほとんどありませんが、血糖値を高いまま放置すると、徐々に全身の血管や神経……」要は一般にいう糖尿病のこと。

非糖類甘味料というのなら、砂糖を原料としたスクラロースならいいのかと思いかねないが、何を原料にしようがスクラロースはスクラロースでなんの違いもない。まさかダイエットシュガーを止めて、砂糖にというわけにもいかない。お腹の心配を気にしながら、黒糖を原料としたオリゴ糖に替えた。
目白と池袋の間に住んでいたときは、街が大きいからどこにいくにも十分十五分歩かなければならなかった。年のせいだろう、人ごみのなかというだけで疲れる。あちこち探して、便利だからと新宿から三〇分の都下に引っ越した。日常生活のすべてが住まいの周り直径百メートルかそこらで間に合ってしまう。買物やらなんやらで表にでても、大して歩かない。どこかほっつき歩くにしても、池袋のような街はない。人通りもない、なんの変哲もない住宅街を歩くのはつらい。便利すぎるのも考えものだ。どうしたものか。どうやって失った筋肉を取り戻したものかと考えている。

追記 八月三十日
六月半ばから猛暑のなかを歩き始めた。暑い夏は体重を落とすのには最適で、汗びっしょりになりながら毎日一時間ほど、つまらない町を歩き続けている。食事にも気をつかって、六十三キロあった体重を五十九キロまで落とした。ここまで落とせば、もう大丈夫だろう。そろそろ検診に行こうかと思っているが、もし危険域に残っていたらどうしようと心配になっている。
残り少ない人生、食べたい物を食べたいだけ食べてコロッといければと思うが、そううまくはいきそうもない。ピンピンコロリを目指して、食べたいものを我慢して歩き続けている。

p.s.
<オリゴ糖>
- e-ヘルスネット - 厚生労働省
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp ? dictionary ? food
糖質のうち、最小単位である単糖が2個から10個程度結びついたもので、少糖とも言う。 低消化性(低エネルギー)で、整腸作用や腸内細菌を増やす作用などが知られている。

Googleでダイエットシュガーと入力すれば、効果や副作用も含めて色々でてくる。わかりやすいサイトをひとつあげておく。
「人工甘味料のメリット、デメリットを詳しく解説!」
https://www.magokoro-bento.com/blog/202109/artificial-sweeteners-are-dangerous.html
2023/7/11 初稿
2023/8/30 改版