幼虫からサナギへ、そして成虫に(改版)

子供のころから散々見てきた変態なのに、サナギのなかで何が起きているのかなんて考えたこともなかった。ましてや脳や神経細胞の再構築など思いもしなかった。遺伝子なんて聞いたこともなかったから、成虫から卵へそして幼虫へと引き継がれる遺伝情報など想像できるわけもない。

七月二十六日付けのQuanta Magazineが最新の研究成果―サナギの中で何が起きているのかを説明している。
「Why Insect Memories May Not Survive Metamorphosis」機械翻訳すると下記になる。
「昆虫の記憶が変態を生き延びられない理由」
https://www.quantamagazine.org/insect-brains-melt-and-rewire-during-metamorphosis-20230726/?utm_source=Nature+Briefing&utm_campaign=555ef7c58e-briefing-dy-20230808&utm_medium=email&utm_term=0_c9dfd39373-555ef7c58e-45803154
まずサイトに入って、冒頭のコンピュータグラフィックスをご覧ください。サナギのなかで神経系の変態の推移が表示されています。

YouTubeにも分かり易い説明がある。
『アゲハが幼虫から蝶になるまでの感動的なドラマ(羽化〜そして次の世代へ)』
https://www.youtube.com/watch?v=zyNER9O7PoA
動画の29.07に驚く説明がある。
「幼虫の内臓は全部一度溶けて液体になります。そして、その液体から蝶の体が作られていきます」
「さなぎになったばかりの時は、なかはただのドロドロの液体です。でも、それがだんだんと蝶の体になっていきます」
「体のなかのDNAに基づき、体は自動的に出来上がっていきます」
「ホルモンやら何やらが作用して、勝手に変化していくのです」

もう一本YouTubeがある。こちらにはもうちょっと詳しい説明がついている。
『カラスアゲハの飼育観察記録。幼虫から蝶になるまでの変化。幼虫が葉っぱを食べる咀嚼音(ASMR)もあるよ【おたま日記】』
https://www.youtube.com/watch?v=KBiqlTJ7Cto
14.50あたりから貴重な説明が始まっている。
「幼虫時代、体の中には、葉っぱを消化するための消化器や体液を送る、心臓のような臓器など、いくつもの内臓がありました。でも、サナギになると、特殊な酵素がサナギの中に放出されサナギの中をドロドロに溶かしてしまいます」
「そして、一度すべて液体になったサナギの中身は、徐々に、蝶の体へと再形成されていくのです」
「美しい翅も、目も、触角も、脚も、そして体の中のすべての臓器も、神経も、筋肉も、ドロドロの液体から出来上がっていくのです」
「この全ては、生き物の設計書、DNAに収められています」
「というか、蝶だけではありません。全ての生き物の造りはDNAに書かれています。その通りに体が出来上がっていくのです」

完全変態については、ウィキペディアに下記の説明がある。
幼虫が成虫になる際、いったん運動能力を著しく欠いた蛹(さなぎ)と呼ばれる形態をとり、蛹から脱皮して成虫が現れる。すなわち、卵→(孵化)→幼虫→(蛹化)→蛹→(羽化)→成虫という段階を経るものを完全変態という。

完全変態する生物は、同一生物とは思えないほど形態を変えるが、変わるのは形態だけでなく脳も含めた神経系も再構築される。再構築はされるが、脳の神経細胞の多くは死滅しない。考えてみれば、当たり前の話で遺伝情報は成虫から卵を経て幼虫に継承される。成虫が必要とするだけの遺伝情報しか次世代に引き継がれなければ卵が孵化しても幼虫は生きていけない。

Quanta Magazineの記事の気になる個所を機械翻訳して整理した。
「完全変態では、幼虫と成虫はまったく別の種のように見え、行動する」
「変態の過程には多くの謎があるが、なかでも最も深く不可解なのは神経系に関わるものである。この現象の中心は脳であり、脳は1つだけでなく複数の異なるアイデンティティをコード化しなければならない。結局のところ、飛んで仲間を探す昆虫の生活と、お腹を空かせたイモムシの生活はまったく異なる」
「過去半世紀の間、研究者たちは、あるアイデンティティをコード化するニューロンのネットワークが、どのように変化して、まったく異なる行動やニーズを含む成虫のアイデンティティをコード化するのか、という問題を探求してきた」
「成虫は幼虫時代のことをあまり覚えていない可能性が高い」
「昆虫の脳は、幼虫の神経細胞の多くは残っていたものの、劇的に配線が変わっていた。この神経接続のオーバーホールは、昆虫が這い回り、空腹を訴える幼虫から飛翔し、交尾相手を求める成虫へと変化する際の、昆虫の行動における同様に劇的な変化を反映したものであった」
「昆虫に完全な変態が生じたのは、恐竜が出現する前の約3億5千万年前と考えられている」
「現在、ほとんどの研究者は、変態は成虫とその子孫の間の資源の奪い合いを少なくするために進化したと考えている: 幼虫をまったく異なる姿に変身させることで、成虫とはまったく異なる餌を食べることができるようになったのだ。カブトムシ、ハエ、チョウ、ハチ、スズメバチ、アリなど、完全変態を始めた昆虫は爆発的に増えた」

「脳に何が起こっているのかを本当に理解するためには、その過程を通して個々の細胞や回路を追跡できなければならない」
「ミバエの神経系はそのための実用的な機会を与えてくれた: ミバエの幼虫は成虫になる過程で体細胞のほとんどが死滅するが、脳の神経細胞の多くは死滅しない」
「ミバエの幼虫の体内の他の細胞がほとんどすべて除去されても、元の神経細胞のほとんどは、成虫で新たに機能するように再利用される」

日常生活でよく目にするものは、なにも気にとめることのない、いつもの風景になってしまう。それが何なのか、何を意味しているのかなんてことを考えることもなくなる。小学校の高学年や中学生になると、何なのかを考える基礎知識を手にするが、そこから何でという疑問に至ることはほとんどない。疑問に思うことがないから、疑問に答えるためにあれこれ考えだすこともないし、調べることもない。

田無で育ったこともあって、原っぱで遊ぶことも多かったし、夏休みには近所でセミを追いかけていた。時にはクラスの仲間と東大の農場にカブトムシやクワガタムシを採りに出かけていた。子供ができてからの話しだが、ショッピングセンターの催し物でカブトムシのつがいをもらって、二世代目と三世代目をタマゴから育てたこともある。
どこにも毛虫や芋虫はいたし、なんのサナギかわからないものもよく目にした。幼虫が十分大きくなっていよいよ成虫になるときに、まるで冬眠でもするかのようにサナギになってほとんどうごかない。見た目だけしか分からないが、幼虫と成虫では同じ虫とは思えないほど体が違うし、食べるものも違う。それが日常の普通の風景の一つになってしまっていた。

それなりの学校を卒業して社会人として過ごしてきて、子供の頃に気にしていたことのいくつかは、ああそういうことだったんだとわかったが、そこまでだった。年をとるということなのだろうが、わかったことが多くるにつれて、わからないことに気がつくことが減っていく。わかったような気の靄に包まれて放っておけば、なんでと疑問に思うことはますます減っていく。

コロナ禍のおかげでWebであれこれ漁るのが日課になってしまった。目を覚まして紅茶をすすりながら、一日のルーチン作業を始める。いつものサイトを見て行くと、気になる新しいサイトがでてくる。全てのサイトを詳細に見て行く時間もなければ、根気もない。必然として、見なければならないサイトが今まで見ていたサイトに置き換わっていく。そこで想像もしようもなかった情報に出くわすことがある。

p.s.
<知らなかったことの一つの例―絶対零度>
温度は高い方は、千度でも一万度でも何度でもあるのに、なぜ最低温度は絶対零度-273.15℃までしかないのかに気がついたのは三十歳もすぎてのことだった。一応東京高専の機械工学科を出た技術屋の端くれだったが、そんな基本的なことも知らないでいた。
2023/8/19 初版
2023/10/11 改版