アイスマンとエスノセントリズム(改版)

Spiegel Internationalがするっと読んで終わりにしてはもったいない記事を送ってきた。
「New Analysis Indicates that Austrian Iceman Was Anatolian」表題を機械翻訳すると、下記になる。
「オーストリアのアイスマンはアナトリア人だったという新たな分析結果」
記事の背景を想像するためにも、まず下記urlから記事に入って、ふたつの写真を見比べてください。
https://www.spiegel.de/international/zeitgeist/oetzi-shows-his-true-colors-new-analysis-indicates-that-austrian-iceman-was-anatolian-a-475dfdbe-cdab-4407-8b38-95d927831c4c

一つは、誰もがイメージする髭面で豊富な頭髪の「白人」のオジサンの写真で、写真の下に「The model of Otzi on display in the South Tyrol Museum of Archeology Foto: Andrea Solero / AFP」という説明書きがある。
ページをずっと下がっていくと、右側に小さな写真がでてくる。そこには、坊主頭で額に深い皺が走った、汚れたかのような褐色のオヤジさんが映っている。写真の下に説明がある。「A newly created artistic rendition shows Otzi with darker skin and a bald head. Foto: Max Planck Institute for Evoluti」
白人のOtzi (エッツィ:アイスマンのニックネーム)の復元像が長らく南チロル考古学博物館に展示されてきた。博物館を訪れた人たちだけなく、ニュースやお土産からこの復元像がアイスマンだと世界中の人々が信じてきた。今も変わらず展示されているから、信じる(騙される)人が増えている。

どっちもアイスマンのミイラから科学的根拠にもとづいて復元された(はずの)ものなのに、あまりに違い過ぎる。豊かな頭髪と禿頭だけならいざしらず、DNAを分析したにもかかわらず白人と褐色人種の判断をどうしたら間違えられるのか?素人考えだと一蹴されそうだが、気にならないほうがおかしい。このおかしいが冒頭の「するっと読んで終わりに……」につながる。

Spiegelの記事の要点を機械翻訳した。
「毎年、何十万人もの人々が南チロルの町ボルツァーノにあるエッツィーを訪れる。しかし、新しい研究によると、金石併用時代のエッツィの有名なモデルは不正確だという。彼は白人ではなく、頭髪も少なかったようだ」
「研究者チームがこのほど発見したように、彼の顔色はDNA分析で調べられた同時代のヨーロッパ人の中で最も黒かった。しかも、エッツィのルーツはほとんどアナトリア人だった。しかし、約5,000年もの間、ほとんど氷に包まれ続けた「フローズン・フリッツ(=アイスマン)」は、文献や図版では常に、ひげを蓄えた白人の中央ヨーロッパ人として描かれている」
「エッツィの出自と肌の色に関する新たな洞察は、ボルツァーノを拠点とするミイラの専門家アルベルト・ツィンクや、ライプチヒにあるマックス・プランク進化人類学研究所の考古遺伝学部長ヨハネス・クラウスを含む国際的な科学者チームによるものである。チームはミイラの左腰骨とその周辺組織からサンプルを採取し、それを使ってエッツィのゲノムを解析した。その結果は先週、『Cell Genomics』誌に掲載された」
「ゲノム解析が行われる以前から、チロル博物館にあるエッツィの模型の肌の色が明るすぎるのではないかという別の強い主張があった。数年前、研究者たちは組織学的検査を行い、ミイラの皮膚の色素密度から、彼は地中海系の外見をしていた可能性が高いという結論に達した。さらに、明るい色の肌が大陸に到達したのは、東方からの移民とともに約4900年前のことである。それ以前に亡くなったエッツィのDNAには、当然のことながら、大草原からの移住者の痕跡はない。このミイラのゲノムには、数千年前からヨーロッパに住んでいた狩猟採集民につながるような痕跡もほとんどなかった」
「『ヨーロッパ人の祖先も白人だと思っている人が多いのはわかります。ただ、それは真実ではないのです』考古学者ヨハネス・クラウス」
「この研究チームの発見は、近年発表された他の研究結果とよく一致している。2018年、DNA解析の結果、チェダーマンとあだ名された「最初のイギリス人」は、多くの人が想像していたのとはかなり違っていたことが判明した。約1万年前に生き、洞窟に安置されていたこの男の肌は、白色ではなく、実際にはこげ茶色からほとんど黒色だったのだ。ヨーロッパの他の石器時代の人類も同じような肌の色をしていたため、多くの学校の教科書や博物館の図版、テレビのドキュメンタリー番組は不正確なのかもしれない。そのような描写のほとんどは、白い肌と豊かな毛髪を持つ私たちの祖先を描いている。同じことがネアンデルタール人にも当てはまり、ネアンデルタール人は明るい肌の色で描かれることが多い」
「考古遺伝学者のクラウスは、ヨーロッパ最古の祖先が明るい色で描かれているのは、それを制作するアーティストや、彼らの仕事を請け負う人々が抱く『先入観』に起因していると考えている。『多くの人が、ヨーロッパの祖先も白人だと思っていることは理解しています。ただ、それは真実ではないのです」

「南チロル考古学博物館のエリザベス・ヴァラッツァ館長は、この研究結果を『非常に深刻に受け止めている』としながらも、ケニス兄弟が作成した復元図(髭面の白人)を否定する理由はないと言う。それは『当時の研究』に従って、ミイラとその骨格の3DモデルとCTスキャンに基づいて作られたものだと彼女は言う。頭蓋骨はオリジナルの形と一致し、身長は1.60メートル、靴のサイズは38(5.5U.S.)と、すべて本物のエッツィの寸法と一致していると彼女は指摘する」

「シリコンと合成樹脂と本物の髪の毛でできたエッツィの模型が、ミイラそのものよりも多くの来館者にはるかに大きな印象を与えることをよく知っている。『氷河期の氷の中から発見されたのが実在の人物であったということを、人々が明確に理解するのは、この復元物を通してのみなのです』と、自身も考古学者であるヴァラッツァは言う。人工的に作られたエッツィ像の前に『敬虔なまでに』立ち尽くし、そのリアルな姿に魅了される観光客をよく見かけるという」
「エッツィ模型の人気と知名度は、博物館や観光産業が、死者への敬意から、ミイラそのものの画像は使わず、マーケティング資料にのみレプリカを使用していることにも起因している。ボルツァーノでは、ポスター、旗、コーヒーカップ、カレンダー、ショットグラス、チョコレートのパッケージなど、いたるところでケニスの複製を目にすることができる」

南チロル考古学博物館は、映画やテレビドラマでみる、みんなが思い込んでいる、見たいと思う作り物(水戸黄門はその典型だろう)を展示しているということになる。みんながみたいと思っているものの根柢には穢れのない、素のエスノセントリズムがあるだけに質が悪い。自分たちが思い描いている先祖であるはずだという気持は分かるが、それが科学的であるはずの分析の信頼性すらをも左右するとなると、なんの科学なのか、分析なのかという話になる。
機械翻訳では南チロル考古学博物館と訳しているが、Google Mapで所在地を確認したら、「ボルツァーノ県立考古学博物館」という名前ででてきた。ご丁寧に髭面で豊富な頭髪の「白人」のオジサンの復元像の写真までついている。

Spiegelは記事の最後を次のように結んでいる。
「科学者たちは初めてエッツィのゲノムを分析したが、エッツィが黒い肌を持っていたという兆候は見つからなかった。その理由は、簡単に言えば、研究チームが自由に使えるDNA材料が、実は100%エッツィのものではなかったからだ。汚染されていた可能性が高い」
「研究者の一人が誤ってエッツィのDNAと自分のDNAを混ぜてしまったのだ」

さらっと読んでしまったが、後になってSpiegelもそこまでしか書けなかったんだろうと思いだした。
混ざってしまったとしても、分析すべき試料(DNA)を他の試料と交換したのでなければ、エッツィのDNAは試料中に残っている。そしてもし分析結果に二つ(白人と有色人種)の可能性がでてきたら、分析工程を検証して、分析対象―エッツィのDNAの試料を作り直すだろう。それは分析屋としての責任というより自負を伴った習性だろう。
X線分析にちょっとかかわったことがあるが、分析対象の試料は細心の上にも細心を重ねて準備する。それが分析者というものだ。そして分析結果が他の考古学的知見(明るい色の肌が大陸に到達したのは、東方からの移民とともに約4900年前のことである)と整合性がとれなければ、どちらが正しいのか学会で一騒ぎになる。背丈も足の大きさも頭の形も同じだからということで白人のオヤジの模型を展示している博物館は、もう考古学ではなくアニメの世界の博物館ということにならないか。

人々の思いーヨーロッパで発見される人骨化石は自分たちと同じ白人だという思い込み(エスノセントリズム)に引きずられた、よくて商業主義でしかないだろう。
ちょっと想像してみればいい。アナトリアの血をひいたアイスマンの模型では、ポスターも旗もコーヒーカップもカレンダーもショットグラスやチョコレートも白人のときのようには売れないだろう。偏見だと言われそうだが、ヨーロッパにはそんなお土産をもらってもねーって思う人が多いんじゃないかと想像している。

p.s.
<チェダーマン>
チェダーマンはかなりセンセーショナルなニュースになったから、ご存知の方も多いと思うが、参考としてナショナルジオグラフィックの記事をあげておく。
「1万年前の『チェダーマン』復元! 肌は黒、目は青」と題する記事で、urlは下記の通り。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/020900061/
2023/8/27 初稿
2023/10/18 改版