ヨーロッパ人の源郷はウクライナ(改版)

Spiegel Internationalの記事「New Analysis Indicates that Austrian Iceman Was Anatolian」を整理して、昨年の十月に「アイスマンとエスノセントリズム」と題した拙稿をちきゅう座に投稿した。
urlはhttp://chikyuza.net/archives/130575

Spiegelの記事によれば、「オーストリアのアイスマンはアナトリア人だったという新たな分析結果」が判明した。
「現代ヨーロッパ人の祖先にあたる明るい色の肌が大陸に到達したのは、東方からの移民とともに約4900年前のことだった。それ以前に亡くなったエッツィ(アイスマン)のDNAには、当然のことながら、大草原からの移住者の痕跡はない。このミイラのゲノムには、数千年前からヨーロッパに住んでいた狩猟採集民につながるような痕跡もほとんどなかった」
数千年前から住んでいた集団に繋がる痕跡はほとんどなかったというのはどういうことなのか?東方の大草原から侵入してきた集団に先住民が淘汰されたということになるのかと気になっていた。

もしかしたらと手にとった『人類の起源』篠田謙一著(中公新書 2022年2月25日 初版)を読んで、やっぱりそうだったのかと思う一方で、まさかウクライだったのかと驚いてもいる。
次世代シークエンサーの実用化されたことで、わずかな試料からでもDNAを解析できるようになって、古人類の系統がみえてきた。現在のヨーロッパ人にはアナトリア人の特徴がほとんど残っていないことから、五千年ほど前にヨーロッパに進入してきた白人集団が先住のアナトリア人を置き換えたことがDNAの解析からはっきりしてきた。

『人類の起源』から関係する個所を抜き出した。
「ポントス・カスピ海草原をご存知でしょうか。この日本ではあまり一般にはなじみのない名前の地域が、現代に続くヨーロッパ人の遺伝的な特徴を作り上げる重要な源郷の地だったことが古代ゲノムの解析で突き止められました」
「中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部まで続くステップ地帯です。およそ四九〇〇〜四五〇〇年前に、その中のハンガリーからアルタイ山脈のあいだに広がる地域で、ヤムナヤと呼ばれる牧畜を主体とする集団の文化が生れました。その中心は現在のウクライナになりますが、彼らは馬や車輪を利用することで瞬く間に広範な地域への拡散を成しとげ、ヨーロッパの農耕社会の遺伝的な構成を大きく変えることになったのです。たとえば彼らの流入後、ドイツの農民の遺伝子の四分の三がヤムナヤ由来の遺伝子に置き換わったことがわかっています」

「一万年前のユーラシア大陸には、遺伝的に区別しうる少なくとも九つの集団がいたことになります。これらの集団の離合集散が、その後の、青銅器時代以降の集団の形成に関わることになります」
「ヨーロッパでは東西の狩猟採集民族集団とアナトリア農耕民の混合があり、その後、ヤムナヤ文化を持つ集団が流入して現在につながるヨーロッパ集団が形成されました」
「西はハンガリーやルーマニアから、東はモンゴルや中国北西部に至る広大なユーラシアのステップ地域では、およそ四〇〇〇年前の青銅器時代よりも新しい時代に関しては、かなりの数の古代ゲノムが調べられ、より詳しい地域集団の遺伝的な変遷が明らかになっています」
「その中で、古代ゲノム解析によって遺伝的な性格がわかっているもっとも古い集団が、ヤムナヤ集団です。彼らは青銅器時代の初期に当たる五〇〇〇〜四一〇〇年前ごろに中心地であるウクライナから東西両方への拡大を始めました」
「青銅器時代に続く鉄器時代には、異なる集団の動きも始まります。これ以降の時代では、中世に至るまで、中央アジアでは徐々に古代東アジア集団に由来すると考えられる遺伝的な要素が強くなり、逆に東ヨーロッパの狩猟採集民の遺伝的要素が減少していきます。つまり、この地域では東ユーラシアからの集団の進入が続いたと考えられているのです」

不勉強で『人類の起源』を読むまで、ヤムナヤ文化集団など聞いたこともなかった。ヤムナヤ文化集団をググったらウィキペディアの説明がでてきた。
<ヤムナ文化>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%A0%E3%83%8A%E6%96%87%E5%8C%96
ヤムナ文化(ヤムナぶんか、英語:Yamna culture、もしくはヤムナヤ文化、ヤームナヤ文化、竪穴墓文化、黄土墓文化とも)は、紀元前3600年ごろから紀元前2200年ごろにかけてドナウ川とウラル山脈の間の広大な地域にわたって存在した、銅器時代の文化圏。中心地はウクライナ。
ウィキペディアで地図を表示すれば、ヤムナ文化の広がりがわかりやすい。

現代ヨーロッパ人はヤムナ文化の後継者で、先住のアナトリア人をほぼ置き換えることで成立したのが今日にいたるヨーロッパだということになる。最新のDNAで解析した結果で疑問の余地はほとんどないという。五千年も前のことを持ち出すようで、ちょっと引き気味になってしまうが、白人ヨーロッパの源郷はウクライナということになる。
褐色のアナトリア人のアイスマンを髭面で豊富な頭髪の「白人」のオジサンとして復元して、こともあろうか博物館で自分たちの祖先だとして展示している。その様を思い浮かべると、五千年前の集団の入れ替えを今に伝えているような気さえしてくる。

p.s.
<ビッグサイエンス(ビッグラボ)の時代>
『人類の起源』の「おわりに」の記述が気になる。
「次世代シークエンサの出現で、研究の体制も大きく変化しました。それまでのミトコンドリアDNAベースの研究だと、研究組織はせいぜい数名で、一人でサンプリングからDNA分析、論文の作成まですべてのプロセスを行うことは珍しくはありませんでした」
「しかし、次世代シークエンサを用いた研究は、数十名、時には百名を超える研究者による共同作業でなければ実施できません。生化学やバイオインフォマティクスの高度な知識も必要です。DNA試料の調整プロセスも従来の方法よりずっと複雑になり、大量のゲノムデータを処理するための大型コンピュータが欠かせません」
「また、研究のためには巨額の資金が必要になります。実際、本書で取り上げた研究の大部分は、世界の十指に満たない研究施設、いわゆるビッグラボから生み出されたものとなっています」

畑違いでビッグラボの存在など考えたこともなかったが、毎日新聞の記事でマックス・プランク研究所の存在を知った。日本にも相当する研究機関はあるのかなと素朴な不安がある。
「日本語の原郷は『中国東北部の農耕民』国際研究チームが発表」
https://mainichi.jp/articles/20211113/k00/00m/030/100000c
「ドイツのマックス・プランク人類史科学研究所を中心に、日本、中国、韓国、ロシア、米国などの言語学者、考古学者、人類学(遺伝学)者で構成。98言語の農業に関連した語彙(ごい)や古人骨のDNA解析、考古学のデータベースという各学問分野の膨大な資料を組み合わせることにより、従来なかった精度と信頼度でトランスユーラシア言語の共通の祖先の居住地や分散ルート、時期を分析した」

マックス・プランク研究所の一覧
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

<日本の研究体制>
光形態形成研究用のLED照明を製造販売している会社の営業として走り回っていたことがある。画像処理専用LED照明メーカで仕事をしていたこともあって、LED照明そのものには何の違和感もなかったが、初めて光形態……と聞いたときは何を言われているのか想像もつかなかった。光形態形成なんて言葉、植物の育成におよぼす光の影響を研究する組織かその周辺にでもいなければ聞くこともないだろう。ググったら下記の説明がでてきた。
「植物の形態は発達時の光環境によって大きく異なる.双子葉植物においては,暗条件下では芽生えは黄化したいわゆるもやしになり,細胞に含まれるプラスチドはエチオプラストと呼ばれる光合成能力のないオルガネラとなるが,明条件下においては子葉の展開,気孔の発達,葉緑体の発達などが起こる.このような光に依存した形態形成のことを光形態形成と呼ぶ.逆に暗条件に依存した形態形成のことは暗形態形成(skotomorphogenesis)と呼ばれる」

光形態形成がなんなのかも知らずに、先生方にLED照明のご紹介にあがるのは失礼にすぎる。慌てて植物生理学の本を何冊か読んだ。あやふやな知識とも呼べない理解で農学部や研究機関の先生方に光の波長を自由に選択できるLEDの利点を説明した。お会いして間もないのに、何人もの先生から科研費がと愚痴に近い話をお聞きした。標準化を進めてはいたが、ご希望の波長に合わせてLED素子の選択から始まるから、どうしても多種少量の受注生産になって、価格もそれなりになる。ホームセンターで売ってる大量生産のLED照明と一緒にされてもこまる。
できるだけのご協力をと言われるまでなら驚きはしないが、無償でと言い出す先生もいらした。たかが十万円かそこらのLED照明すら無心しなければならない研究体制とはいかなるものなのか?大学によっては事務方が出てきて、事あるごとに産学協同を口にする。こう言っては失礼になりかねないが、それはもうタカリに近い。
十万円や二十万円の売り上げに足繁く通って、利益なんかでやしない。給料も遅配になりそうな状態のなかで、実験用のチャンバー二台の無期限貸し出しを迫られたこともある。そんなベンチャーがいつまでも持つわけもない。つまらない個人の経験でしかないが、日本の学術研究とはこの程度のものなのかと心配になる。
2024/3/22 初稿
2024/5/8 改版