政府資金に頼るインテル

三月二十日付けのThe Hillのニュース読んでアメリカの半導体製造の構造的な問題ではないかと考える人もいると思う。視点は一つにつきる。なぜ政府の支援がなければ、インテルは半導体工場の近代化をはかれないのか?アメリカには巨大な金融機関がいくつもあるのに、なぜ半導体製造に投資してこなかったのか?普通に考えて、それは半導体製造設備の近代化が投資に値するとは思えないからにほかならないだろう。

まずThe Hillのニュースをざっと見ていく。
「Biden announces major semiconductor deal with Intel to invest in 4 states」
機械翻訳すると、「バイデン氏、インテルと4州に投資する大型半導体契約を発表」になる。
https://thehill.com/homenews/administration/4543047-biden-announces-major-semiconductor-deal-with-intel-to-invest-in-four-states/?email=eb12079d10893b0abe815c7b35c4a2d7c46f795f&emaila=9e874b08e1c88ec6058ee4c8a8b704ca&emailb=885991de1e0bc543407be9533f0f209b031a7c7d8ec7be89dfefe40606c169e2&utm_source=Sailthru&utm_medium=email&utm_campaign=03.20.24%20Technology%20TM

記事の主要個所を機械翻訳した。
「バイデン大統領は木曜日、半導体製造の強化と4州での事業拡大のために最大85億ドルを提供するインテルとの合意、超党派のCHIPS and Science Actを通じた最新の大規模投資について発表」
「この資金は、アリゾナ州、オハイオ州、ニューメキシコ州、オレゴン州におけるインテル施設の建設と拡張を支援し、3万人近い雇用を創出する」
「チャンドラーに2つの最先端ロジック製造施設を建設し、既存の1つの施設を近代化するのに役立つ」
「また、オハイオ州ニューオールバニーに2つの施設を建設し、ノースカロライナ州リオランチョに2つの製造施設を先端パッケージング施設に近代化し、オレゴン州ヒルズボロに施設の拡張と近代化を行うことも可能になる」
「政府関係者は、この法律はチップの国内生産を強化し、米国が海外のサプライチェーンに依存しないようにするために不可欠であると述べている」
「バイデン政権は2月、半導体チップの国内生産を強化するため、ニューヨークに本社を置くグローバルファウンドリーズ社に15億ドルの資金を提供することで暫定合意」

アメリカは半世紀も前から、アメリカの製造業の衰退は日本政府による日本企業への支援が公平な競争を妨げているからだと主張しつづけてきた。公平にみてその主張にも一理はある。しかし根本的な原因は、アメリカ資本主義がもっとリターンの多い産業(たとえば、ITやバイオや広範なサービス産業)に持てる資金を投入してきたからのことで、日本を非難するのは事の本質から目を逸らすことになるだけで、問題の解決への糸口を見失うことになることを理解していないわけではないだろう。アメリカの優秀な政治経済や金融の専門化集団がそれを分からないはずがない。

半導体製造で世界を牽引してきた台湾が中国の派遣主義に晒されていることに危機感を募らせ、政府資金をインテルに提供するという政治的判断なのだろうが、アメリカが主導してきた自由競争と自由貿易の理念はどこへ行ったのかと問われる。ダブルスタンダードどころかスタンダードとは名ばかりの自分の都合で何でもありというのがアメリカが主張してきた自由競争の原理だったのか?

ちょっと後ろに下がって見れば、みれば奇妙な構図がはっきりしてくる。半導体製造工場の建設にはそこいらの先進国の国家予算に匹敵する資金を一挙に投下しなければならない。進化の早い業界で、四、五年の内には設備を更新しなければならない。莫大な資金を運用しているアメリカの金融界が半導体の製造工場に融資すれば、何も政府資金を投入する必要はない。まさかアメリカ政府が金融業界を押しのけて資金を提供するわけじゃないだろう。常識から推察すれば、金融機関がリスクとリターンを秤にかけて、投資に値しないと考えているとしか考えられない。半導体製造よりはるかに成長を望める研究開発に基盤においた業界に資金を充当したほうが利益が得られると判断していなければ、半導体製造工場への投資も積極的に進めるはずじゃないのか。それが資本主義というもので、それがアメリカが主導する新自由主義の基本じゃないのか?

ここで半導体産業の構図と背景を簡単にまとめておく。一言でいえば、半導体の開発・設計と製造は地球規模で分業体制が敷かれている。半導体が進化していくにつれて、半導体メーカが一社で莫大な資金を投下してクリーンルームに巨大な設備を整えて、開発し設計し製造する時代ではなくなった。開発と設計までの半導体メーカと受託生産専門のファウンドリーという協業体制でしか事業を継続できなくなっている。

1)インテルへの提供資金85億ドルを日本円に換算すると、1,284,651,750,000円=約一兆三千億円。
2)ルクセンブルクの国家予算は2023年に38億ユーロ。38億ユーロを日本円に算すると、626,228,217,720円=約六千三百億円。
3)バイデン政権のインテル社に対する財政支援は、ルクセンブルグの国家予算の二年分に相当する。
4)半導体の製造工場の建設には、そこいらの国の国家予算をはるかに上まわる投資が必要になる。
半導体メーカが国家予算を上回る規模の投資をして自前の製造工場を持って、自分たちの半導体だけを製造しても採算をとるのが難しい。投資に見合う価格にすれば価格競争が厳しくなる。
5)ここに半導体の製造を請け負うファンドリーというビジネスが誕生した背景がある。半導体の開発・設計と製造の分業体制ができあがっている。
ファウンドリーの雄が台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー (TSMC)Taiwan Semiconductor Manufacturing。
https://www.tsmc.com
1987年に設立されたTSMCは、専業ファンドリービジネスモデルの先駆者であり、設立以来、世界最大の専業半導体ファンドリー。
TSMCの主要顧客には、半導体メーカとしては主なものだけでも、AMD、Apple、ARM、Broadcom、Marvell、MediaTek、QualcommやNvidiaがある。さらにエンジニアリング関係では Allwinner Technology、HiSilicon、Spectra7にUNISOCが挙げられる。
6)日本の半導体メーカNEC、富士通、日立、東芝…は自社で開発・設計・製造の一貫体制を誇っていた。
先行するアメリカのメーカが製造している半導体の代替品を製造するわけだから、何を作らなければならないのかはわかっている。極端に言えば開発も設計もいらない。低コストでセカンドソースを作るとなると、どうやってつくるかという製造技術――日々の改善が市場で優位に立つためのキーになる。
製造まで自社で責任をもって、品質のよい製品作りを追求したが、生産コストの低減を迫られ製造設備の巨大化が進んでいった。設備を更新する莫大なコストに耐えられなくなって、日の丸半導体が崩壊した。
7)生産コストの低減のわかりやすい例としてシリコンウェーハのサイズがある。ものすごい勢いで集積度を上げるため微細化を進めているが、一枚のウェーハから何個のチップを切り出せるかが生産性の要となる。

<シリコンウエハのサイズの推移>
サイトを見てください。シリコンウェーハの寸法を示す図があります。
https://www.google.com/search?q=%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%8F+%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%BA&rlz=1C1QABZ_jaJP876JP876&oq=%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%81%86&gs_lcrp=EgZjaHJvbWUqCQgDEAAYBBiABDIGCAAQRRg5MgkIARAAGAQYgAQyCQgCEAAYBBiABDIJCAMQABgEGIAEMgkIBBAAGAQYgAQyCQgFEAAYBBiABDIJCAYQABgEGIAEMgkIBxAAGAQYgAQyCQgIEAAYBBiABDIJCAkQABgEGIAE0gEIOTc2NGowajeoAgCwAgA&sourceid=chrome&ie=UTF-8
0.75インチの次は1.25インチ、5年後の1965年頃に1.5インチ、次いで2インチ、3インチと進み、15年後の1975年に4インチを達成しました。 以降5インチ、1980年に6インチ、1991年に8インチと開発は進み、今世紀に入り300mmにたどりついた。

ちょっと想像して頂きたい。直径300ミリの向こうの光が透けて見えるほど薄いスライスしたハムのような形のものの表面はサブミクロンのレベルで平で均一でなければならない。単結晶シリコンの引き上げから始まって、ダイサーでチップに切り出すまでの全ての工程で腫物に触るかのような作業をする機械装置は巨大なものになる。それがすべてクリーンルームの環境に設置管理される。
2024/3/25