いっぱいとカラオケ

就職するまで、何を目的として勉強しなければならないのかピンとこなかった。就職して研究所に配属されてはじめて何を勉強してこなければならなかったに気がついた。気がついたと言っても、今になってみれば、ほんの取るに足らない一部ででしかなかったのだが、それでも、あれもこれも一挙に仕事になるレベルまで引き上げなければならなかった。寮に帰っては即必要とした要素技術の本や社会のあり方の本を読む毎日だった。そのため、同期入社の仲間との交友も限られていた。自分の時間は勉強に当てなければならなかった。
三十代そこそこで製造業に見切りを付けてといえば聞こえはいいが、機械屋になりそこなって翻訳屋に転向した。それまでとは質も量も遥かに超えた技術書を日本語と英語の両方で読めなければ仕事にならなかった。生きてゆくためにどうしても英語の能力をあげなければならなかった。大した役には立たないのを承知で、勉強のリズムを保つためもあって、週に二三度は夕方英語の学校にも通った。三十代半ばまで夜と週末は勉強するための貴重な時間だった。時間的、精神的拘束もあって、交友関係は限った。元来強くなかったので酒を嗜む習慣もなかった。
三十代半ばで米国系制御機器屋の日本支社に転職した。そこには、自分しかないという翻訳屋の切羽詰まった人達とは違う、フツーのサラリーマンの集まりがあった。日常的に会議の多い会社だったが、なにかにつけ居酒屋でいっぱいやりながらの話になった。当初は居酒屋に行っていっぱいやらないと話にならないという文化が異様に見えた。就業時間中にいくらで話し合う時間があるし、実際していた。時には何が結論なのか分からない会議?に何人もの人が出席して時間の無駄としかいいようのない話し合いをしていた。翻訳屋でこのようなことをしていたらメシが食えない。
事務所で散々会議して、話しているにもかかわらず、事あるたびに込み入った話はいっぱいやりながらということで居酒屋にということになった。特別込み入った話でもない、フツーのことでも一杯やりながらでないと話せない人達がいることに気がついた。なぜなのかは今でも分からない。ただ、現象としてあるのは、いい歳した男やオヤジが茶をすすりながら仕事の話は出来ないらしい。何年かかかって、個人の習慣なのか社会も含めた文化なのか分からないが居酒屋でいっぱいやりながら話をするのに慣れた。仕事仲間とちょっと会おうといえば、場所は決まってどこかの居酒屋になる。居酒屋がなければ、オヤジの交友の場がない。会社では寡黙というか、影が薄いというか、ろくに話をしない人達が、居酒屋ではこれが同じ人かと見間違えるほど積極的で多弁な一面を見せてくれることもある。その積極性がなぜ、仕事の場で出てこないのか、出せないのか未だに分からない。
関係者の生の声というとちょっと大げさだが、多少は突っ込んだ本音をお聞かせ頂くために、お互いに夕方の時間を共有する。当初はなぜ会社の勤務時間内にこの類の話ができないのかと訝しがったが、もう、文化にまでなった感がある。決して無駄な時間とは思わない。お互いの意思疎通にちょっとした舞台と小道具が必要なら用意すればいい。それで話が進むならいいじゃないかと。
ところが、この舞台が居酒屋からカラオケになると話が違う。フツーの人達が居酒屋に集って一杯やるのは、お互いの話があるからではないのか。居酒屋に集まって、ろくに口も聞かずにつまみを食って酒を飲んではないだろう。 折り入っての、ちょっとごちゃごちゃした、本音の話があるから、話をしたいから、しなきゃならないから居酒屋で一杯じゃないのか。
カラオケ屋でもスナックでもいいが、カラオケが入れば話はし難い。歌はいいとしても、歌のせいで、肝心の声が物理的に聞き取れない。上手な唄に感心させられることもあるし、はじめて聞く曲に胸を打たれることもある。だが、一杯やりにゆくのは話を聞きにで、聞きたくもない唄を聞かされにではない。まして、うまくもない、聞きたくもないどうでもいい曲を聞かさせるは苦痛以外の何ものでもないし、貴重な時間の無駄になる。そこまで功利的に考えなくてもと言われるだろうが、歌を唄うのが好きな人は勝手に唱えばいいが、歌を唄うのも聞かされるもの好きでないというより嫌いな者にとっては拷問に近い。
居酒屋に行っても事務所と大して変わらず寡黙な人がカラオケに行った途端、人が変わったのか、何かにとりつかれたのではないかと思えるほど歌いまくるのを目にしたときは正直驚いた。仕事の場で、そのエネルギーを出して頂いて、貢献して頂くにはどうしたら良いのか散々考えたが妙案はでてこない。人それぞれと言ってしまえばそれまでなのだが、業務の支障をきたす寡黙が、ある舞台では度を越して、唄っている自分に対してでしかない多弁になる。
2013/08/17