本よりWeb?

この歳になるまで、“そうじゃない場合が書かれていない本やマニュアル”に苦しんできた。多くの人たちは困りはしないのだろうが、同じように困る人もけっして少なくないはずという、期待半分の気持ちがある。世間一般と比べて度を超えて知らないわけでもなし、書かれていることを理解する能力がそれほど劣っているとも思わない。自分の能力不足と努力が足りないのを棚に上げての手前勝手な言い分になりかねないのを承知で、ちょっと言わせてもらいたい。きっかけはインターネット上に“使える“情報がかなりあることに気がついたことにある。
数学がからんだ本やソフトウェアの本を読みながら数式を解いたり証明問題に取り組んだり、プログラムを進めてゆくと、必ずといっていいほど本には書かれていない状況に陥る。どこかで間違えた、前提条件がどこかでズレた結果なのだが、どこで間違えたのか、何がズレていたのか追求するには能力が足りない。しょうがないから、また振り出しか適当な中間地点に戻って、書かれていることをどのように読めばいいのか深読み(?)しながら同じプロセスを一つずつ進めてゆく。それは個々のプロセスの結果がこうなっているはずという確認しながらの作業になる。多くの場合精神的にもストレスの高い状態が続く。運良くエラーなしで次のステップに進めることもあるが、運がなければ間違えたのがここかもしれない、読み違えたのがこれかもしれないとトライ・アンド・エラーを繰り返すことになる。何を間違ったのか、どこでズレてしまったのか理解した上での作業でなければならないのだが、そこまでの能力がない。こうかもしれない、ああかもしれないという程度の理解での試行錯誤を通して、情けないことに運が良ければという運任せの作業になる。
本来読み(間)違いの可能性を極力排した簡潔な文章(表や図も使って)で書かれていなければならない類の本や資料のはずなのだが、少なくとも二つの点で改善の余地がある。二つのうちの一つは余地があるというより製造業で培われた品質管理の基本的な考えを理解していないがゆえの不幸にすら思える。
どのような情報、それが書物の体裁をとっているのか電子データなのかにかかわらず、読み手がある程度、ある種の知識や能力を持っていることを前提として提供されている。では、本や情報を市場に出す前に、前提とした知識や能力を持った人(たち)に本なり情報なりを提供して、提供する側が期待している、予想している通りの読み方をして、しなければならない作業をそれなりに遂行してゆけるかどうかをチェックしているのか。米国のまともなメーカでは製品開発の最終段階で、顧客や消費者と同等の知識や能力を持った人(たち)にマニュアルを読んで、マニュアルに書かれている通りのやり方で製品を使ってもらって、大きな障害なく製品を使用できることを確認している。そこでは読み方も素直な読み方だけではなく、こうも読めるという斜視に構えた読み方をしたらどうなるのかまで含めて製品の品質保証-Quality Assurance (QA)を徹底している。万が一こうも読めるという読み方で読んで事故になれば訴訟沙汰になりかねない。日本でも製造業ではこの品質保証の考えはかなり常識になっている。
製造業では常識になっている(はず)の品質保証の考えが書物においてどのように取り入れられているのか知らない。知らないでの話で恐縮だが、著者が著者の能力や意気込み、思い入れで書いたままで出版されるのが多いのではないか。分かる人には分かる、あるいは分かる人が、要は著者である先生が授業で使って、追加説明でもすれば分かるだろうというレベルのものをそのまま出版しているとしか思えない。
書かれたものが読者に間違いなく理解して頂けるかというチェックをする体制があるのか。受験参考書の類にはインターネット上にランキングサイトまであると聞いているが、これは市場評価に過ぎない。そこに至る前に出版社としてQAがなされなければ、分かる人には分かる、分からない人には多分分からないという本にしかならない。知識の流通の交差点に立っているはずの人たちがこのあたり前のことにあまりに無頓着にみえる。
二つ目の改善点は、ちゃんと出来た正しいケースだけが記載されていて、そのケースから外れた場合が書かれていない。さっさと読んでさっさと出来る人ばかりでないというより、読者の過半数はさっさと出来にないで困っている人たちだろう。そもそも、さっさと出来る人たちはそんな本を手にすることもない。正しいケースから外れたケースには様々なケースがあり、それをいちいち掲載したらページ数がいくらあって足りない。本として成立しなくなる。確かのその通りなのだが、昔から「誤りから学ぶ」「失敗から学ぶ」を出版社の優秀な方々が知らない訳がない。正しいケースだけの本にどれほどの有効性があるのか。それしかないときはそれしか考えられなかったが、Webで“xxxできない”とでも入力して検索するとxxxにもよるだろうが、結構な質と量のアドバイスが見つかる。巷で言う、何かあったら“ググれ”の方がよほど使いやすい。分からない、困った経験のある人たちなのだろう、自分と同じ袋小路に入ってしまった人たちにこれしかないという親切なアドバイスをアップしてくれている。下手な本のページをめくっているよりググった方がよほどいい。
紙ベースの出版業界が厳しい状況にあると聞いているが、品質管理の基本もなしで、分からない人、困った人を作り続け、置いてきぼりにするような本ばかりを出版していれば読者が減るのはあたり前だろう。分からなくて困るために安くもない本を買うよりWebになる。優秀な出版関係の方々の中には似たように感じている人たちもいらっしゃるだろうが、。。。
2014/5/11