パンを焼いてみて(改版1)

留守をいいことに、娘が買ってきたパン焼き器をオヤジが専用している。パン焼き器?いちいち自分でパンなど焼くか?めんどくさいと思っていたが、一度使い出したら止められない。使ってみるまで、こんな便利なものがあることを知らなかった。
取説にあるレシピは限られているが、フツーに食べるパンの類はカバーされている。それにあきたらずに、黄粉を入れたら、チーズをいれたら。。。こんなパンもありかなと思ったら、Webで探せば、色々なお好みパンのレシピがこれでもかと言うほど出てくる。レシピに従って、ちょっとそこから冒険するような感じで素材を計量すれば、あとはお任せ。パンを焼くのはパン焼き器。

ここが料理とはちょっと違う。焼いたり炒めたりが面倒で、オーブンでと思っても、包丁片手に野菜や肉、ときには魚を準備しなければならない。その過程が料理をするということなのだが、焼くのはパン焼き器。することと言えば、素材を計量して、焼き方を選んでボタンを押すだけ。五時間もすれば、素のパンが焼き上がる。卵やクリームを入れたり、ドライフルーツを入れたりと、凝る気になればいくらでも凝れるが、根っからの無精者、たまにチーズを入れたりはしても、凝ったパンを焼こうとは思わない。

焼き上がったパンを食べて、こういうことかと気が付いたことがある。何も特別なことではないのだが、素材を計量することで、それまで気にしてきたことが、はっきりしたような気がする。

駐在十一年、日本にちょっと長すぎた同僚のアメリカ人が帰国した。何年か経ってボストンで再会したときに、世間話がてらに訊いた。「日本に住んでいたとき、何か失ったものはあるか?」ちょっと考えて「スペース」じゃあ、「アメリカに帰国して失ったものは?」即「ブレッド(パン)」彼にとって、日本のパンとは、住まいの近くの三軒茶屋のこだわりのベーカリーのパンであって、スーパーマーケットで売っている工場生産のパンではない。
そのベーカリーのパンは、工場生産のパンより三四倍高い。育ち盛りの子供がいるフツーの家庭ではちょっと手が出ない。勧められるまま食べたが、美味くないわけがない。興味深いことに、アメリカのスーパーマーケットで売っている大量生産のパンは日本のスーパーマーケットで売っているパンと似たり寄ったりで、美味くないというより、食べたいと思えないものが多い。それが、彼に帰国して失ったものとして日本のパンを上げさせた。

パリの街角の小さなベーカリーのパンも、ドイツやベルギーの田舎町のベーカリーのパンも、多くは塩味はあるものも、そっけない素のパンだった。日本の工場生産のパンにならされた舌には、妙に新鮮で、小麦そのものと、それが発酵過程で生んだ素直な美味さに、ちょっとした驚きがあった。
ボストンに住んでいた時に、アメリカの工場生産のパンのまずさに閉口して、どこかに美味しいパンはないものかと探した。ちょっと大きめの地方都市でしかないボストンにも日本人が結構住んでいる。レッドソックスの本拠地であるフェンウェイパークの近くに、名前からして多分日本人が開いた「ジャポネーゼ」という名前のベーカリーがあった。食パンなどの基本的なパンしかない飾らない店で、趣味が高じてなのか、ビジネスがどうのには見えない。どのパンも素材の味を生かしたもので美味しいが、ぶどうパンは絶品だった。毎週のように通っていれば、見慣れた顔の客とも出会う。その多くが、見たところアメリカ人にみえる。何人かが、ここのパンを食べたら、よそのパンは食べられないと言っていた。

パリの街角の、ドイツやベルギーの田舎町のベーカリーのパンと「ジャポネーゼ」のパンの味に共通したものがある。どれもが、素材のおいしさを活かしているだけで、素人の舌でしかないにしても、妙な手を加えているようには感じない。それは焼きたてだからということでもない。パリとベルギーの田舎町で長いバケットを、ドイツの田舎町で大きなジャーマンパンと丸いパンを買って、日本に持ち帰って二三日食べていた。二三日経っても美味しさは変わらない。

工場生産のパンとは違うのだが、何が違うのか自分でパンを焼くまで分からなかった。自分焼いたパンには持ち帰ったパンと同じ素材そのものの味がある。パンを焼くには必須の材料がある。これなしでパンは焼くに焼けない。逆に言えば、これさえあれば、パンが焼ける。必須の素材は至ってシンプルで「強力粉」に「酵母菌(イースト菌はその一種)」と水があればいい。味付けに砂糖と塩を少々で素材の味を生かした美味しいパンが焼ける。この素のパンが、驚くほど持ち帰ったパンに似ている。ここに牛乳やバター(マーガリン)にチーズやレーズンを入れれば、それなりの風味のある美味しいパンになる。

<インターネット上にレシピがある>
レシピが気になる方は、インターネットで「HB食パン」とでも入力してサーチすれば、たまげるほどのレシピがでてくる。HBはパナソニックの商品名?Home Bakery(ホームベーカリー)の略語。パナソニックの宣伝をする気はないが、その普及には驚くものがある。
強力粉を切らしてしまって、しょうがなく薄力粉でパンを焼いたことがある。Webで調べたら、薄力粉でも焼けないことはないが、味には期待しないことと書いてあった。Webにあったレシピに従って焼いてみた。強力粉で焼いたパンに慣れた舌には美味くないというより不味い。興味半分で、薄力粉でも多少は食べられるパンを焼けるのではないかと、水を使わずに牛乳だけにして、マーガリンをちょっと多目にしてみたが、不味いパンしか焼けなかった。その不味いのが、どこか工場生産のパンで感じる味に似たところがある。

工場生産のパンのプラスチックの包装袋に原材料名(レシピ?)が書かれている。最も多く使われている素材が一番先に書いてある「小麦粉」なのだが、それが強力粉なのか薄力粉なのか分からない。食感と味から、それはミックスされていたとしても、薄力粉をメインに使って強力粉を節約しているように思える。HBで焼くときの標準の重さが二百五十グラム。五十グラム程度の薄力粉を入れて強力粉を二百グラムにしても、味も食感も強力粉だけのものと大きな違いを感じない。薄力粉を百グラム、百五十グラムと増やしてゆけば、工場生産のパンと似たような味と食感のパンが焼けると想像している。実験してみようかとも思うが、自分で食べるものだし、わざわざ美味くもないパンを焼く気にはなれない。

なぜ薄力粉を多くつかうのか?理由は簡単。薄力粉の方が安い。スーパーマーケットで売っている強力粉と薄力粉の値段は、セールでもないフツーのときに、一キロ当たり強力粉は二百九十八円、薄力粉は百九十八円。薄力粉は強力粉の三分の二の値段。コストを抑えて利益をと思えば、薄力粉を増やしたい。
ここまでは薄力粉の割合が多い不味い、美味しくないパンになるだけで終わるのだが、今日日の工場生産が薄力粉で美味しくなくなったのをそのままにしておくわけがない。落ちた味をカバーするためと、多分賞味期限を延ばすための添加物も上手に使っている。
もし、薄力粉を混ぜて節約したコストが添加物を入れることで帳消しになってしまうのなら、手間暇かけて添加物など入れないだろう。そう考えてくると、利益のために素材をけちって、けちったことによって落ちた味や食感をけちったコストより安い添加物で、よく言えば相殺しようとしていると言えないこともないが、味気ないパンを食べると、ごまかされているような気になる。
スーパーマーケットで売っているパンに使われている添加物を、見てみることをお勧めする。強力粉と砂糖と塩があれば美味しいパンになる。バターやマーガリン、牛乳や練乳以外の聞いたことのない素材は美味しくみせるための添加物の可能性が高い。

Webでニュースを配信しているMyNewsJapanの記事に興味深いものがあった。MyNewsJapanの記事の主要部分は下記の通り。製パン業界最大手の山崎パンの哲学にも近い考えを聞くと、一体何をたべさせられているのかと心配になる。
「『無添加は品質が悪い、というのがヤマザキの発想。だからウチは、添加物をためらわずにガンガン使います』。その象徴的なものが、パン生地改良剤として使われる発がん性物質の臭素酸カリウム。EUでは使用禁止となっており、日本でも大手で使用しているのはヤマザキだけ、といういわくつきの添加物だ」
MyNewsJapanの記事のurlは下記の通り。
http://www.mynewsjapan.com/reports/1117

自宅でパン焼き器を使ってパンを焼くコストを計算してみよう。
パナソニックの宣伝をする気はないが、ホームベーカリーの市場価格は二万円ぐらい。食パンを焼けて、ちょっと気の利いたものをと思えば、素材の計量に使う千円くらいの電子はかりも入れて、ざっと二万円の設備投資になる。
では、パンの製造コストは?一キログラム三百円の強力粉で、スーパーマーケットで買ってくる食パンに相当するパンを四個焼けるから、300円/4個=75円。これに砂糖や塩を少々とイースト菌に電気代を入れて、まあ百円もあれば無添加の小麦の地の味を味わえる。
スーパーマーケットで百円ちょっとで売っている食パンもあるが、ちょっと美味しそうなのをと思えば、二百円や三百円はする。 買ってくる食パンと家で焼く食パンのコスト差を百円と見積もれば、20,000円/100円=200回。二百回パンを焼けば設備投資を回収できる。もしコストの差が二百円なら、100回(毎週二個なら一年)も焼けば減価償却する。安いと思うか高いと思うか人それぞれだろうが、小麦の地の味を手元でいつでもと思えば、決して高い投資でもない。食の安全を思うのなら、安いものだろう。
もっとも味覚は人それぞれだから、山崎のパンをパンとして育った人には、パンとは添加物の豊富な山崎のパンであって、それ以外は美味しくないと思うかもしれない。

<フランスパン>
随分前に新聞かなにかに笑えない話があった。パリに旅行にいった娘が、父親がフランスパンが好きだったことを思い出して、土産にバケット(フランスパン)を買ってきた。本場もののフランスパンをもらって喜んだのはいいが、一口食べて「なんだこれ、これフランスパンじゃない」日本のフランスパンをフランスパンとしてきた(味に慣らされた)父親には、日本のフランスパンがフランスパンで、パリのフランスパンはフランスパンじゃない。
2016/6/19