こだわりと誇り

湿度が低いからだろう、空の青さが違う。東京の下町の出のものには、テレビで見る地中海やカリブのどこかを思わせる、抜けるような青さがある。澄み渡った空はいいのだが、まぶしくて目を開けていられない。どうしても目を細めて、しかめっ面になってしまう。
下宿はクイーンズをちょっと出たところ、事務所はロングアイランドの東西の真ん中あたり。朝は事務所に向かって真東に、帰りは下宿に向かって真西に走る。どっちも太陽に向かって走るため、季節や天気にもよるが、しばしまぶしくてしょうがない。ニューヨークでまぶしさを実感するまで、サングラスは格好つけの小道具だと思っていたが、アメリカでは必需品だった。

ショッピングモールの中の眼鏡屋にいって、気の利いたサングラス(色つきの眼鏡)を作った。ちょっとスポーティな感じのフレームに使っている眼鏡と同じ度のレンズをいれたもので、サングラスよりはしっかりしていて使いやすかった。

ボストンで仕事を終えて、トイレで油だらけになった腕と顔を洗っているときに、外した眼鏡が床に落ちて、レンズが割れてしまった。(機械工場で働くものには、プラスチックレンズは傷つきやすくて、使えない。)  車で来ていたから、ニューヨークまで高速道路を四五時間走らなければならない。片目の運転は危なくてしょうがない。どういう訳か分からないが、落としたか、なにかの拍子でレンズが割れても、左右両方ということはない。
幸い、車にはサングラスがあったから、暗闇の中をサングラスをかけて運転していった。サングラスがあったからいいようなものの、もしなかったら、近くの眼鏡屋に行って、急きょレンズを入れるしかなかい。その場でレンズが入ればいいが、翌日まで待たなければならないと、近間で一泊しなければならない。それにしてもモーテルと眼鏡屋の行き来を、片目で運転しなければならなくなる。

毎週のように出張していると、出先で色々なハプニングに見舞われる。眼鏡もその一つで、ボストンでの教訓から、スペアの眼鏡を作って持ち歩くことにした。スペアといっても適当なものではイヤなので、日本からしていった眼鏡と全く同じものを作ることにした。日本の眼鏡は新宿の三越に入っている眼鏡屋でつくったものだった。

サングラスを作った眼鏡屋にいって、使っている眼鏡と同じフレームを取り寄せてもらった。機械工場で働くことを前提としていたので、フレームは当時最もしっかりしていると言われていたドイツのブランド品だった。どちらをかけても、違和感のない、全く同じかけ心地のものを作ろうとした。レンズは日本製の同じものを取り寄せてもらって簡単に済んだが、問題は同じフレームで、ちょっとした調整ができない。耳の後ろ、鼻にかかったところ、かけた感じがどうしても同じにならないというより、きつい違和感がなくならない。いくら細かく希望を説明しても、一向に同じようになってゆきそうもないどころか、しばし調整が逆の方に外れてゆく。あれこれ調整しているうちに、眼鏡屋がフレームを押し曲げようとしているに驚いた。日本では安月給以上の値段のフレーム、そこらの安物と同じ感覚で曲げられたのではたまらない。わざわざフレームを取り寄せた意味がない。最後は諦めて、自分で二つの眼鏡をとっかえひっかえしながら、少しずつ微調整していった。

機械の修理をするときにも腕時計をしたままだったのがよくなかった。あれと思ったときは遅かった、シールが痛んで、水が入ってしまった。ショッピングモールの高級感で店を張っている貴金属屋に行って、セイコーのクオーツ時計を買って、グランドセイコーを修理にだした。修理代金は確か三十五ドルだった。高くもないが安くもない。修理が上がったとの連絡を受けて、とりにいったら、時計職人でござれという仕草のオヤジさんが、修理は一年間の保証付きだといいながら、何が悪かったのか説明してくれた。何をいっているのか分からないが、これで治ったと思っていた。
クオーツは軽くてよかったが、しなれたグランドセイコーは捨てがたい。自動巻きだから置いておくと止まってしまう。止まったまま置いておくものよくないだろうと、クオーツを仕舞って、使い始めたら、時間が遅れる。

偉そうなことを言っていたオヤジさんのところに持って行って、治ってない、時間が遅れるとクレームをつけた。ぶつぶついいながら、また一週間かかるという。治ったと言われて取りに行って、また治っていないと戻ってを三回繰り返した。最後は、外した部品を組み忘れて、カチャカチャ変な音がしていた。
一年間の保証と言っていたオヤジさん、何をいいだすのかと思ったら、この時計はうちの店で買ったものかと?偉そうなことを言っていたのに、自分の職人としての腕のなさをたなにあげて逃げ出した。一年間の保証付きの修理なのですが、直せませんとは言わない。

言い合ったところで、三十五ドルを返しゃしない。返してもらったところで壊れたグランドセイコーは治らない。この程度までの職人しかいないということなのだろう。
帰国して新宿の三越に入っている時計屋に持っていったら、一週間でちゃんと治って返ってきた。職人さん、「おしどり」がさびてたんで交換しました。なんという障害でもない、「職人」でなくても、こんな修理、できて当たり前という口ぶりだった。

あれから二十年以上経って、ボストンでまたサングラスを作った。ショッピングモールの中の眼鏡屋のオーナーに見えるオヤジさんが日本通だった。細かな調整をしている間に世間話になった。ギリシャ系の二世で日本にも何度かいったことがあって、東京を懐かしがる話が聞かされた。銀座のギリシャレストランがお勧め・・・。
世間話に混ぜ込んだ感じで、さらっと自分(たち)の限界を、念を押すような感じで言われた。「アメリカ人の手先の器用さでは、日本人が要求するところまではフレームを調整できない」ここはボストン、日本にいるつもりで期待しないでくれということなのだが、あまりにさらっと言われて、なんとも言えない。そうだよね、しょうがないよねという気持ちにさせられた。

メシでもサービスでも日本の日本のと言う気はないが、なぜ日本人はそこまでこだわるのか。それは、仕事のこだわりが即人生のこだわりに直結しているからだと思う。こだわりから仕事の誇りになって、充実した人生ということなのだろう。
このこだわりと誇りの先に社会人としての責任のようなものが生まれてくるのだと思うのだが、個人の生活を大事にするところでは、日本人の感覚についてゆけない。日本でも、仕事と個人の生活をしっかり分けた生活が言われ出して久しいが、高度成長もひと段落ついたころからで、そんなに昔の話ではない。
仕事上でのこだわりも、適当なところでいいじゃないかでもという社会も、それはそれでいいんじゃないかと、思わない訳でもない。アメリカでもヨーロッパでもそれで成り立ってきたんだしと思いはするが、日本の良さというのか素晴らしさには誇りがある。個人の生活を大事にしても、アメリカやヨーロッパ辺りまで薄めてもいいんじゃないかという気にはなれない。

聞いたところでは、フランスの名のあるレストランやケーキ屋が東京に出店して新しい味の試みをテストしだした。日本人のこだわりが世界の新しい基準になりつつあるのかと思うと、予算の関係で自分には関係のない世界の話にしても、誇らしいというか、妙に嬉しい。
2016/8/21