人の肩書き拝借する輩

また、社長のいつもの手が始まった。今日の相手は日本の重工業の発祥ともいえる名門企業の海外調達部の実力部長だ。いつもの姑息な手が通じる相手とも思えないが。その名門企業の第代表電話に電話して飛び込み営業で会社紹介をさせて頂いてからかれこれ3年以上になる。その間、海外案件を何件か御見積させて頂く機会を頂戴した。日本だけでなく、海外の名立たる競合メーカと競り合って、何件かはパートナとしてご指名は頂いた。ところが肝心のその名門企業の失注続きで初受注に持ち込めないでいた。こっちの経営上層部も何時までも待ってはくれない。今回のプロジェクトの話を頂戴してからもう1年以上になる。客側の条件や競合との関係も含めた全体像を見る限り、よほどのことでもない限り初受注は間違いないところまできた。担当者ベースで全ての話はついている。
そこで、調達部の部長代理のご指導のもと、そろそろこっちのトップをお連れして熱意の表示といったありきたりのご挨拶という儀式をしておこうという話になった。社長には事前に何については、熱意を込めてYes、何については、やんわりとNo、これこれが飛び出てくる可能性があるが、現段階では、これに関しては状況次第で話し合いということで結論を先延ばしにする。。。シナリオは出来上がっている。後は経営トップとしての挨拶と今回のプロジェクトの成功のために全力をあげる所存といった所信表明と面通しの訪問だった。
産業界に広く根を張った学閥で有名な名門私立大の出身で、表層的なキャッチフレーズのような戦略?と米国本社に取り入る術には長けていたが、ビジネスを展開してゆく戦場の具体的なことにはついては関心を示すこともない社長だった。
いつもの悠長な口調で『何年前だったか、もう結構な時間が経ってしまっているのですが、xxxさんとゴルフをさせて頂く機会に恵まれまして、。。。そうそう、yy年前にはなんだったか展示会の後夕食をご一緒させて頂き。。。 』 それを聞いた海外調達部長、最初はピンとこなかったようだが、xxxさんとはうちの専務のxxxのことで?と聞きなおす。xxxがよくある苗字なので、唐突に言われても、自社の専務のことを言っていることに気が付かない。気がつくように、早く気がつけと思いながら、ゆったりとした口調で、今回のプロジェクトはおろか、仕事には関係のない世間話しをだらだらと進める。相手が自社の専務のことだと気がついたところで、真偽の程は知らないが、(知りたくもないが)、xxxさんには色々ご指導を頂戴してきまして。。。
誰がどう見ても考えても、相手の海外調達部長の方がこっちの外資ゴロもどきの社長より格も役者も何枚も上手であることがはっきりしている。もっとはっきり言ってしまえば、経験も能力も、多分人間性まで含めても比較にならない。相手の会社の最上層部の人の名前を出すことで、それを埋めるというか、あたかも相手と対等の、あるいは上の位置まで自分をひょいともってくる錯覚を誘発してから、いかにも親しげな話に持ち込む。社会認識も、経営者としての実務能力もさしたるものがないにもかかわらず、このトリックだけは逸品だった。海外調達部長は立派な方だったが、それでもこちらを下に見るような素振りがなかったとは言えない。もっとも、売る側と買う側の立場の違いが態度に出る、出す日本の悪しき商習慣から見れば、素振りはないにも等しいものだったが。
トリックにひっかかったのか、多分、上手にひっかかった素振りされただけだろうが、海外調達部長はこっちの社長の話に相槌を打つだけで表敬訪問が終わってしまった。あるいは、話の切り出し方からして、こいつとは具体的な仕事の話はしようとしてもできないだろうとまで、見抜かれたものと思っている。
その社長の座右の書に母校の同窓会名簿がある。何かあれば臆することなく学閥頼みで、人を紹介してもらう。紹介してもらって一度でも会おうものなら、それを種に膨らませ、脹らませ、あたかも自らもその方々と同じ社会層に所属しているかのように見せかける。見せかける術には長けている。その同窓会名簿に載っている人がみな彼のような生き方をしているわけではないだろうが、少なくとも彼の、彼らのビジネス社会ではその手の魑魅魍魎が徘徊し、お互いに利用しあっている。
『虎の威を借る狐』という言い草があるが、こっちの方がまだ単純でかわいいもんだと言っても言いすぎじゃないだろう。