衣食足りて礼節を知らず

随分前になるが、10月中旬に顧客の取締役から一日か二日おきごとに電話を頂戴した。その顧客は、超の上に超が付く優良企業の直系一次の長い歴史のある機械メーカで高い技術を誇っていた。その機械メーカにドイツのメーカの日本支社として制御機器を納めさせて頂いていた。特殊な機械に標準採用頂き、毎月ように注文を受けて納期管理と「外部不経済」クレーム処理に手間取っていた。
「外部不経済」とでも呼んでいいかのと思っているが、その超優良企業の文化にまでなっているのではないかという、仕事の仕方がある。長い歴史のある直系一次らしく、そのあたりのことは徹底している。される方はたまったもんじゃない。誰がどう見ても自らがしなきゃならないことを実に当たり前のように人に押し付けて平然としていられる、それで相手がどれほど疲弊しようが知ったこっちゃないと言わんばかり無感覚には呆れたという段階を通り越した。何かある度に、押し付けてくる相手の実務能力のなさ、その無能さを隠さんがための虚勢と、もっと根源的な社会人としての常識の欠如がその都度改めて露呈することになる。最後は哀れさしか残りようがないというところまで行ってしまった。日常散々馬鹿馬鹿しい相手をさせられてきた上に、常識の範疇のはるかに超えてしまった取締役からの依頼だった。
まず日常のバカげた話しをいくつか。その機械メーカの外注先の盤屋さんから納期の催促の電話がまた入った。納期を催促されても、注文をもらってないし、何時注文がくるのか予想がつくようでつかないことが多い。日本の会社なら先行手配だのなんだのといった処理も可能だろうが、規則には愚直を超えた忠実さのドイツの会社で、処理の工夫をできるような体制になっていない。機械メーカの購買課長にはこの数日間、電話で何度も機械の出荷日程を守るために一日に早くこちらの手配を進めたい。そのためには御社から注文を頂戴しないとこちらの手配が出来ない。発注処理を急いで頂きたいと、丁寧にお願いしてきた。返事が実にあきれるほど立派で。そういうことはお前達業者間で話し合って、ちゃんと納期を守って納入するのが仕事だろうがと。おいおい注文のちゅうの字も出してこないで、納期を守れってのは一体どういうビジネスをしているんだと聞きたくなるが、まともに話しのできる相手でないことは分かっている。こっちも外資でがんじがらめの中でなんとかしようとしてきてるが、どうにもできない。購買課長にまた電話して、注文を出してもらえなければ、手配を進めたくても進められない。その結果の納期遅れの責任は取りきれないと伝える。このような馬鹿げたことが繰り返し起きる。
顧客の設計と購買の間かどちらかで誰かが些細な不注意からカタログ番号を間違えた。 間違えた番号の製品を発注した。注文を受けたこっちが、おかしいので電話で間違いではないかとチェックを依頼した。予想したとおりの返事が返ってきた。そういうのはお前達が技術と話し合ってちゃんとしたものを納品するのが当たり前だろう。なにやってるんだと。ちょっと待ってくれ、先月の違う製品の番号違いで一騒ぎ起こしたばかりだろう。何が当たり前だ、なにやってるんだと怒鳴りたいのも、その権利があるのもこっちであって、あんたにゃ何もないぞって言ってもしょうがないというか、その程度の常識すら理解できる知能すらないんじゃないかとすら思わざるを得ないといところまできていた。
こんな数字に現れない「外部不経済」を背負わされて、ぎりぎりのマージンで販売させて頂いてきたところに、取締役から、「このままで行くと来年3月の年度末には私の事業部が20億円の赤字決算になる。これでは困るので、今年4月から9月までの上半期の購入品で一万円以上のものを全部洗い出して、ベンダーさんにご協力をお願いさし上げている。。。」。何を協力しろと言っているのか?最初、見当がつかなかった。そうですか、赤字は困りますよねって。話しを聞いているにやっと分かった。4月から9月の間の納品も検収も支払いも全て終わってしまっている取引で支払った金をいくらか返せってことだ。この要求をドイツ本社に連絡したら、こっちの頭を疑われる。いくら日本市場の特殊性を説得したところで、受領した代金の一部を返還するなんてことを承諾しっこない。今後の値引きを、それもあってもなくてもないような小額の値引きをやっとのことでドイツ本社から引きし、提案させて頂く以外にできることはなかった。
この一件で、今まで押し付けられてきた不条理を越えた不条理を当たり前のように見せられた。自分のところの赤字を人に押し付けて、自分のところをトントンか黒字にする。人様の利益を、それも既にぎりぎりのところまで押し下げられている利益を召し上げて自分の利益にする。そこまですれば儲からない訳がないだろ。挙句の果てが、そこまで利益を確保し続けながら、社員は益々傲慢になり、本来彼らがしなければならないはずの仕事までボランティアもどきでしてくれている外注業者、納品業者をアゴで使う。「衣食足りて礼節を知る」って言い草があったが、どうもあの人達には当てはまらないようで、「衣食足りて益々傲慢、吝嗇を極める」とでも言った方があってる。ところが、その会社のやり方をまねることが成功への近道だと勘違いしている風潮が目立っている。。。。方式なんてお題目のビジネス本が書店の書棚を占有している。ついこの間もとある公認会計士の方がお書きになられた本で、ヤフーも楽天も赤字決算が続いているのにライブドアは黒字を計上し続けているとして、ライブドアを賛美した新書があった。取り留めのない内容を我慢して読んでいたが、読んでる途中でライブドアが新聞、テレビを賑わせた。読むのは途中で止めたが教訓としてその新書は大事に書棚に放りこんでおいた。
日本を代表するというより世界的に超のつく優良企業は、いつまで、地理的にはどこまで、この馬鹿げた押し付けを続けるのだろうか?数字の面で潤っている、上手くいっているようにしか見えないが、いつまでも続くという保障はどこにもないはずだし、続いちゃいけないとも思っている。少なくとの一端の経営人たるものが見習うことじゃないだろう。