武器輸出のための改憲(改版1)

雑誌『世界』が六月号で「死の商人国家になりたいのか」と題して、武器輸出の問題を取り上げていた。特集記事を読む限りでは、日本の軍需産業は大まか次のような状態にある。限れた経験から感じていたことと同じなのに、そうなのかと思いつつも、ちょっと落ち着かない。
1)軍需専業メーカーがほとんどいない。民生品メーカーが(意図するしないにかかわらず)隠れた副業のようなかたちで軍需ビジネスをしている。
2)積極的にビジネスを拡大したいと思っているのは、三菱重工や川崎重工などの大手の重厚長大企業に限られている。
3)ほとんどの企業は破壊と殺人を目的とした仕事に関与したいと思っていない。
4)既に軍需ビジネスに関係してしまっているので、止めるのも難しいが、できれば今までのレベルまでで押さえておきたいと思っている。
5)ところが安倍政権になってから、政府が防衛産業の育成と武器輸出に積極になって、政府主導で軍需ビジネスを拡大しなければならないような雰囲気になっている。

日本も、武器の輸出もあれば、軍隊の海外派遣もありの、どこにでもある、たわいのない国家まであと一歩。改憲できるところまでこぎつけたが、何をして誰をして、政府にそこまでのことをさせているのか、せざるを得ないのか、想像の域をでないが、ちょっと考えてみた。
武器輸出や憲法改正、そこから軍事派遣。。。もろもろの現象があるが、個々の現象にとらわれ過ぎると、その現象を招いているものを見損なう危険がある。発熱と咳があるから、解熱剤と咳止めの対症療法でよしとしていたのでは、なぜ発熱と咳があるのかの根本原因を、意識してではないにしても、見落とすことになりかねない。

1) なぜ防衛産業なのか?
汎用技術を採用した民生品の製造業では、韓国や中国に価格競合できなくなった。タンカーやコンテナ船では韓国や中国に競合できない。仕事で関係することがない人でも、日常生活で使用している家電製品や日用品を見みれば、多少の実感が湧く。
時代を画した新技術でも出てこない限り、製造業の真の生産性の向上を望めない。会計上の生産性の向上を上げるために、コスト削減を目的として非正規労働を増やして、労働者の賃金を抑えてきたが、可処分所得の低下から消費能力の衰退を招いている。このまま賃金を下げ続けるには、労働者の生活コストを韓国や台湾やシンガポールくらいまで下げなければならない。日本の生活コストを高止まりさせているのは、住宅と食費だが、これを下げるとなると、日本経済の大手術が必要になる。

2) 付加価値の高いハイテク産業へ
民生品とその製造に使用されているのは汎用技術で、高いコストに見合う付加価値をつけにくい。もっと高い付加価値を生み出すハイテクに移行したいが、ハイテクを必要とする多くの製品が軍備になってしまう。

3) 自衛隊体だけでは市場が小さすぎる
自衛隊相手なら海外メーカーとの競合を避けられるから、健全な(ぼろい)利益を確保できるが、自衛隊だけでは市場として規模が小さすぎる。どうしても海外−国内に防衛産業を持っていない発展途上国に武器を輸出したい。

4) 国際武器市場の後発メーカー
アメリカ、ロシア、イギリス、ドイツ、フランス、イスラエルに中国。。。が占拠している国際市場に参戦するには、二つのことが必須になる。第一に、製造メーカーが民間企業として参入では力が足りない。日本が国家として、資金面も含めて推進役を果たさなければ、とえても市場を切り開けない。そこは表の商取引以上にアンダーグラウンドの駆け引きが付きものの、野卑な言い方をすれば賄賂でもなんでもありの世界だろう。
第二に、新規参入メーカーとして製品の機能や性能「実績」の提示が求められる。自衛隊の演習では実績にならない。戦場の実戦で機能や性能の高さを実証しなければならない。ここに憲法改正の目的がある。
既に武器輸出の規制は解除されているから、防衛産業は、法律上は正々堂々と武器を輸出できる。タックスヘブンを使った租税回避と同じで、武器輸出は違法ではない。違法でないどころか、それを政府が支援さえしている。
武器先進国が十分過ぎる武器を提供している市場に、後発の日本の軍需産業が、武器先進国の武器とは一線を画して優秀な武器を、それも廉価で提供できる訳でもないだろう。似たような価格で、似たり寄ったりの製品とサービスまではいいとしても、残念なことに戦場での実績がない。
客の立場では、戦場で実績のない日本メーカーの武器を検討する気にはなれない。なにかの押しがあったにしても躊躇する。検討の土俵に上げるために戦場の実績が欲しい。

5) 戦場での実績つくり
実績がないから、検討の土俵に上がることもなく、買ってもらえない。買ってもらえないから戦場での実績のあげようがない。誰かが戦場での実績を上げなければならない。誰か?フツーに考えれば自国の軍だろう。自衛隊を紛争地域に派遣して日本の武器の優秀さを証明しなければならない。証明されて、はじめて身のある商談になる。

安倍政権が軍需産業を奨励しているが、それは経団連を中心とした日本の経済界の主流である重厚長大産業が欲しているからで、経済界の主流が軍需産業の振興を求めなければ、誰もそんなことしやしない。経済界の主流が望みもしないことを、安倍でも誰でもやろうとしたら、首が飛ぶ。
なぜ経済界の主流がそれを求めているのか?状況を冷静に見れば、民生の製造業で日本が国際市場で太刀打ちできなくなったからに他ならない。
八十年代にアメリカが民生品の大量生産を基盤とした経済構造からイノベーションを基幹とした産業構造の転換に血のでるような努力を続けていた。その社会的、歴史的な意味を理解する能力ももたずに、ジャパン・アズ・ナンバーワンなどと能天気なことを言って、旧態依然とした製造業に力をいれていた。アメリカ人は働かいないからだなどと嘯いていた人たちが、製造業でどうにもならなくなって、ハイテクやバイオ領域でアメリカには競合できないしで、国を挙げての軍需産業化を進めようとしている。

残念ながら、軍需産業化への視点、いつもながらの頭の近視と乱視を患っている。軍需産業はいいが、基本は製造業でしかない。製造業の時代からアメリカを中心にアルゴリズムの開発という知能と知識の産業化が進んでいる。モノづくりに固執して、社会やビジネスの進化から取り残されたガラパゴスの珍獣擬きの重厚長大製造業=経済界の主流が思いつきそうなことにしか見えない。
通信ネットワークとコンピュータの民生応用で立ち上がってきている新しい産業界のリーダーの目には珍獣の悪あがきにしか見えないだろう。悪あがきが成功しようがしまいが、十年もすれば、悪あがきの副作用(さらに痛んだ民生産業と福祉)に国をあげて苦しむことになるだろう。いつものことで誰も責任などとりゃしない。リーマンショックと同じで国民が負担することになる。
2016/8/7