慈恵医大の騒音被害(改版1)

新浦安は東京駅まで二十分たらずで、住みやすい便利な街だった。便はいいが、埋立地だったこともあって、震災では液状化もひどく大きな被害がでた。余震も続いておちおち寝てもいられない日が続いた。しっかりした地盤のところと思って、横浜港北ニュータウンに引っ越した。そこで地面は必ずしも平らではないことを思い知らされた。緑も多くて環境はいいのだが、いかんせん坂が多すぎる。多少脚力に自信があっても、電動アシストの付いていない自転車では登れない。年もとると坂道の上り下りがつらくなる。ましてや階段は遠慮したい。

港北ニュータウンに六年、こどもも巣立って老夫婦二人の生活になったのをきっかけに、四人家族で住んでいた4LDKのアパートから3LDKに引っ越した。仕事や家族の必要に応じて引っ越しできるヤドカリ生活の利点といえないこともない。地盤の弱いところも海抜すれすれのところも震災で懲りた。地盤がしっかりしていて、都心に出やすくて、静かで……、欲を言えばきりがないが、先立つものもしれている。あちこち探して調布市の国領町にある公団に引っ越した。夜八時も過ぎれば、まるで正月ではないかと思うほど車も人もまばらで、静かで住みやすいところだと思っていた。思っていたと過去形で書かなければならないところが情けない。三回下見に来たが、立地の欠陥に気が付かなかった。

五月二十九日に引越して部屋のなかはダンボールだらけだったのが、一週間してやっと落ち着いてきた。数日前から朝は八、九時から夜は八時過ぎまで、アパートの横にあるグランドからの掛け声がうるさくて困った。市民サービスのいい調布市の市の施設かと思っていたら、慈恵医大のグランドだった。
以前から住んでいる人の話では、グランドに面した棟では窓を二重サッシにしたが、あまりの騒音に引っ越した人もいる。随分前に住民からの苦情を受けて、URの管理担当の北多摩住まいセンターが大学と話し合って、掛け声を自粛することになったけど、今はそんな自粛があったことも忘れられてしまっているのではないかということだった。

引越しして最初の日曜日。ゆっくり寝ていようと思ったが、グランドからの騒がしい声で起された。プレー(テニス)をしている学生同士の掛け声なのだが、「ファイト、ファイト、ファイト」という言葉以外は何を言っているのか知っている人にしかわからない。部外者にはただの奇声か怒鳴り声にしか聞こえない。
我慢の限界を超えて、十時過ぎに大学に苦情に行った。日曜日で警備員しかいないにしても、警備員から学生に注意してもらないかと思った。一時間以上経っても何も変わらない。クレーマーにはなりたくないが、このまま放っておけるレベルではない。十一時半ころ、意を決してまた警備室にいった。警備員に頼んで、テニスコートまで行って、責任者の立場いる学生を呼んでもらって、怒鳴り声(声援という気になれない)のレベルを抑えてもらえるように頼んだ。

仮にも医科大学で敷地内には病棟まである。グランドに面した住宅への騒音被害を考えることもなく、張り上げたいだけ張り上げた怒鳴り声がどれほどの迷惑になるのか、実感しなければわからないのであれば、病棟の前でしてみたらいい。病棟と地域住民の家屋やアパート、同じように扱うことはできないにしても、地域住民のなかには高齢者もいれば乳幼児もいる。疲れて寝ている人もいるだろうし、中には床に伏せている人がいる可能性がある。その程度のことを考えることもなく騒音公害を撒き散らしている。

管理会社の話では、公団は平成十五年に高齢者専用に建てられたものを六年ほどまえから一般の居住も受けいれるようになった。その話を聞いて納得した。シンクは低いし、浴室やトイレには緊急連絡ブザーまでついている。普通では考えられないほど高齢者が多い。隣には老齢者用の施設まである。

引越しして三ヶ月になる。その間、なんどか大学にいって警備員さんに事情を説明して、学生に注意して頂けるようお願いした。部活で騒がしくなるのは夕方で、夕方には事務の方々は帰宅していて、警備員さんしかいない。北多摩住まいセンターに電話して、大学に学生の怒鳴り声を注意して頂きたいとお願いもしたが、一向に改善される気配がない。

米軍や自衛隊のジェット機の騒音や新幹線の騒音とはちょっと違う。ジェット機も新幹線も用をなそうとすれば発生する騒音を防ぎきれない。テニスをするのに大声の掛け声は必須ではない。気勢をあげなければテニスができないわけではない。テレビでテニスのトーナメントをみればわかる。プレーに集中するには周囲の掛け声が邪魔になる。
テニスをするなとはいわない。若い人たちがスポーツにいそしむ。がんばれと声をかけたくなる。ただ、近い将来医師か医療に従事する人材を育成する大学の学生が、ださなければならない、どうしてもでてしまうものではない騒音で、近隣住民の健康に影響を与えるかもしれないと考えることもないほうが恐ろしい。

大学側の言い分としては、騒音防止条例で許されるレベルの騒音であれば、出すことになんら躊躇することでもないということらしい。周囲の騒音レベルが高いなかでの騒音と、静まり返った住宅地での騒音とでは、たとえ物理的には同じレベルであっても、人が感じるレベルには違いがあるし、人の健康状態にもよるだろう。医療に関係していなくても、この程度のことは常識だろう。

そんな大学と付属病院が患者に対してどれほどの思いやりのある医療サービスを提供できるのか。求められるのは医科大学としての良識なのだが、医師の倫理は?普通に考えて期待できない。たとえ医療技術に優れていても、「病気を診て、患者をみない」ことになるだろう。万が一、救急で運び込まれるにしても慈恵医大だけはお断りしたい。
インターネットで「慈恵医科大学病院 医療ミス」と入力してサーチしてみれば、こんなことで納得してどうするんだと思うのだが、その程度だったのかと妙に納得してしまう。
2017/9/17