法の上に白人が乗った民主主義(改版)

トランプが大統領は何をしようが法律によって罰せられることはないと言い放って、良心的な人たちは言うにおよばず多くの保守共和党支持者からも顰蹙をかった。ところが、カイル・リッテンハウス無罪のニュースをみると、そう思っているのはトランプや取り巻きばかりではなく、かなりの数の白人も同じか、似たように思っているとしか思えない。
ジョージア州では、白人三人がジョギングしていた黒人青年を車で追いかけて射殺したが、憲法で保障されている自衛権をたてに無罪を主張していた。三人そろって有罪にはなったものの、リッテンハウスの一件もふくめて、自由の国アメリカの法と自治のありようがあらためて問われている。

アメリカ人の、特に白人たちの社会認識は植民地が歩んできた歴史的経緯が生んだ社会観に由来している。白人入植者が自助努力を基本理念として自分たちコミュニティをつくりあげた。コミュニティの政治基盤のうちでもっとも早くかたちになったのは、武力によって自分たちの社会をまもる自警団だった。町が大きくなってはじめて議会が必要とされ、その議会で自分たちに都合のいい法律が制定された。議会も司法も行政も自分たちが作り上げたもので、外部からの規制をよしとしない精神風土が脈々と引きつがれている。
何にもまして、まず自分たちの自治がある。その先にカウンティなり州があって、そのずっと向こうに連邦制による中央政府がある。アメリカ合衆国は、ヨーロッパの専制君主を忌避する人たちの自由意思によって作られた国だが、コミュニティに強制的に連れて来られた人たちもいた。奴隷としてつれて来られた人たちで一切の人権を剥奪されて、富裕者の資産として馬や牛と同じように勘定され扱われた。

白人以外のアメリカ人が増加しつづけて、都市部では随分前から黒人も含めた有色人種が過半数を占めている。人口統計の推移を見れば、あと二十年かそこらで白人が過半数を割って有色人種が多数の国になる。
入植以来、白人であるということで日の当たるところに居続けた白人社会には、社会の少数派に押し込まれ、おいしい立場にいつづけてきた特権を失うという危機感が生まれている。そこからトランプというアナクロニズムを引っ提げた痴れ者が政治の表舞台に登場してきた。マスコミにはトランプがアメリカを分断したという論調が目立つが、逆立ちでもして書いたのか、原因と結果が逆になっている。

十年以上前に最高裁が、憲法修正第ニ条が自衛のために拳銃を所持する権利を保証していると判断した。それを契機に白人の自警団が力を持ち始めた。銃の所有者が増えれば増えるほど、個人が身を守るために銃が必要だという主張が正当化されるようになった。
巷の普通の人たちが銃を持つ必要があるという考えは、自分たちの都合で自分たちのためにつくった国家に代わって、あるいは国家に逆らって、自分たちが法を守るために武力を行使することを正当化する。保守派の判事たちは、開拓時代をみて、街中で銃を携行することまで認める方向に向かっている。そんな話を聞くと、江戸時代の「切り捨て御免」の文化を思い出す。

なにかあれば銃でという物騒な社会背景のもとに、カイル・リッテンハウスの事件が起きた。伝え聞くニュースをざっとまとめると下記になる。
まずカイル・リッテンハウスが登場するきっかけとなった白人警官による黒人男性銃撃事件がある。八月二十三日の夕方、三歳、五歳、八歳の子供が乗っている車に乗ろうとしたところを、背後から至近距離で七発の銃弾をうけて、ジェイコブ・ブレイク(二十九歳)さんが脊髄損傷で半身不随になった。

ジェイコブ・ブレイクさんへの白人警官発砲からリッテンハウス登場までをHuffPostがまとめている。Webで探せばいやというほどの記事がでてくるが、まずHuffpostの日本語の記事で全容をつかんでいただければと思う。
「ケノーシャで何が起きているのか。警察官が黒人を銃撃、17歳の少年による抗議デモ銃撃も」
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5f475196c5b64f17e1389e01

見るに耐えないが、YouTubeにブレイクさんへの発砲時の動画もある。英語だからと気にすることはない。まずご覧いただければと思う。AdBlockの設定やサイトの年齢制限で入れないこともあるので、三つのサイトのurlを書いておく。
「Videos released by DOJ of Jacob Blake shooting show various perspectives」
https://www.youtube.com/watch?v=zrHWqwfnvkE
https://www.youtube.com/watch?v=AS2TjGdjPh0
https://www.facebook.com/courttv/videos/jacob-blake-shooting-new-video-shows-what-happened-leading-up-to-the-shooting-of/685169715428757/

武装も抵抗もしていないのに、なぜ七発もの発砲に至ったのか判然としないが、警官が現場に行くにいたった経緯についてはBBCの日本語ニュースが詳しく伝えている。一読してどこまで事実なのか?とは思うが。
「米警官に7発撃たれた黒人男性、別件の審理で病院から無罪主張」
https://www.bbc.com/japanese/54040891
どういうわけかurlから入れないことがある。その場合は、記事の表題をコピペして検索すれば出てくる。

昨年五月二十五日にミネアポリス近郊でアフリカ系アメリカ人ジョージ・フロイド(George Floyd)さんが白人警官に抑えられて窒息死した事件もあって、全米でBLMデモが続いているところに警官の発砲事件、デモ騒ぎにならないわけがない。
下記BBCのニュースが日本語で分かりやすい。
「米警官が黒人を背後から銃撃、抗議デモで州兵動員 ウィスコンシン州」
https://www.bbc.com/japanese/53899492
ここも同じでurlからサイトに入れないことがある。その場合は、記事の表題をコピペして検索すれば見つかる。

「米ウィスコンシン州ケノーシャで23日夕、警官が黒人男性を背後から複数回銃撃する事件があり、市民数百人による抗議デモが続いている。州知事は24日、「治安」維持のために州兵を動員した」
ここでアメリカ右翼の若き英雄カイル・リッテンハウス君の登場となる。

左翼系ニュースサイト「Democracy Now」がカイル・リッテンハウスを下記のように報じている。
「“On a Hunting Spree”: Wisc. Rep. David Bowen Says Cops Turned Blind Eye to White Militias in Kenosha」
https://www.democracynow.org/2020/8/27/kenosha_wisconsin_david_bowen

「Kyle Rittenhouse posted frequently in support of the pro-police “Blue Lives Matter” movement, posed with guns, and appeared in a photo when he was just 15 years old wearing a police uniform as part of a “Public Safety Cadet Program.”」

ニュースサイト「Daily Caller」は手厳しく、十七歳の白人至上主義のテロリストが軍用半自動小銃AK 15を携えてと伝えている。
「Democratic Rep Ayanna Pressley Calls Alleged Kenosha Shooter A ‘White Supremacist Domestic Terrorist’」
https://dailycaller.com/2020/08/27/ayanna-pressley-kyle-rittenhouse-domestic-terrorist-white-supremacist/
A 17 year old white supremacist domestic terrorist drove across state lines, armed with an AR 15.

ニュースサイト「The Root」は「Sun Times」伝として下記のように言っている。
「Media and Law Enforcement Response to White Vigilante Shooter Proves There Are Two Americas」
https://www.theroot.com/media-and-law-enforcement-response-to-white-vigilante-s-1844867688
「The Sun-Times also mentioned that Rittenhouse is a high school dropout, but we know conservatives only care about that when it’s a Black delinquent and they can cite it as proof that the Black community has a cultural problem, not a racism problem」

英語のニュースがつづいて、お疲れの方もいらっしゃるかもしれない。カイル・リッテンハウスとは何者なのか。ざっとまとめれば、つぎのようになる。
母子家庭で育った高校中退の十七歳(事件当時)の少年で、Blue Lives Matter、警察権力と銃器に憧れ、警察の外部団体に参加していた。年齢からして銃の所持を認められていない。ところが、軍用半自動小銃AK15 を抱えてBLMのデモ隊を抑え込もうと、イリノイ州アンティオックから距離にして三十キロほどのウィスコンシン州のケノーシャまで意気揚々とでかけていった。
上記のサイトに入れば、童顔のカイル・リッテンハウスがAK15を掲げてケノーシャの街を歩いている写真も見れる。

事件の翌日八月二十六日に、リッテンハウス君はイリノイ州アンティオックの母親宅にいるところを逮捕された。逮捕された時、報道陣にBLMの抗議者からケノーシャの建物を守ることが自分の「仕事」だと話していた。

十一月十九日、ウィスコンシン州ケノーシャでカイル・リッテンハウス君に無罪判決が下った。陪審員は、彼が被害者を撃ったのは、自分の死や深刻な身体的危害を受ける恐れがあったため、正当防衛とした。
BBCが無罪判決を伝えている。
「米抗議デモ参加者射殺事件、18歳被告に無罪評決 銃規制議論で分断も」
https://www.bbc.com/japanese/59357212
ここでもurlから入れないことがある。記事の表題をコピペして検索すれば出てくる。

ちょっと横道に逸れるが、リッテンハウス君、事件当時十七歳で銃を買えない。どこからAK15を手に入れたのか?気になる所で、Webでみたら下記がでてきた。
ニュースサイト「Mail Online」によると、友人のDominick Black(十九歳)が買ってリッテンハウスに渡したとして告発されている。
「Friend of Kyle Rittenhouse who is charged with buying gun for the 17-year-old told police the teen was ‘freaking out’ and said ‘I’m going to spend the rest of my life in prison’ after he shot dead two protesters」
「Black was also charged with supplying a firearm to a minor」
https://www.dailymail.co.uk/news/article-8970683/Friend-Kyle-Rittenhouse-told-police-teen-freaking-shootings.html

リッテンハウス君が無罪なんだから、まさかブラック君だけが有罪ということもないんだろうけどと気にはなるが、いまさら結果を追いかける気にもならない。

リッテンハウス君の弁護人は最終弁論で、「この地域社会を助けようとしていた」、「自分を攻撃する人々に対応した」と主張した。一方で検察側は、被告が自分の居住地ではない街まで移動し、夜間外出禁止令に違反し、知り合いではない現地の人たちや財産を「守るふり」をしたのが真相だと主張した。
判決を下したのは白人が支配する司法で、判事も陪審員も全員白人であったことは言うまでもない。

カイル・リッテンハウス君、アメリカの保守団体から驚くほどの法廷闘争資金を与えられ、保守アメリカ人からアメリカの(彼らのいう)自由を守る英雄にまで持ち上げられている。
三人の共和党の議員がリッテンハウス君をインターンとして雇うと言い出した。AP電によると、さらにアリゾナ大学への入学まですすめられている。高校を卒業していないのに?アリゾナ大学の学生は入学反対デモをしている。

「ASU students protest Rittenhouse as possible student」
https://apnews.com/article/kyle-rittenhouse-education-arizona-wisconsin-jacob-blake-fe81e1f165a0ff2439bb1a83f2b5480b

アメリカの白人、自衛権を盾に銃をふりかざさして、いったい何を守ろうとしているのか?守ろうとしているのはアメリカの民主主義だというのは、狭隘な白人至上主義者以外にはいないだろう。彼らが守ろうとしているのは民主主義という大義名分に隠された自分(白人)たちの利権でしかない。
アメリカの民主主義とは法の上に白人が乗ったもので、白人が個人の自由で有色人種を射殺する権利を保証する白人のための民主主義ということなのか。
いまさら何をと言われそうだが、書かずにはいられない。
2021/12/11