俺たち(改版1)

駐在して丸三年過ぎた頃、ホルモンバランス疾患で手術をしなければならない状態であることが分かった。手術のため急遽駐在を切り上げて帰国した。知識も経験もないのがポンと行ってトラブルだらけの三年間、上司や先輩、アメリカ人の同僚や顧客に迷惑のかけっぱなしでの帰国だった。
退院して事務仕事に戻った。海外支店や海外の顧客と工場の間に入って技術に関係したことであればなんでも処理する便利屋だった。技術に関係したことと言っても何か定義があるわけでもない。年配の営業マンが面倒と思えば何でも振ってきた。海外から客がくれば通訳として、臨時のトレーナーとして、海外の市民団体が工場見学にくれば説明員。海外で展示会があればその準備、カタログ作りからパネル作成。。。海外出張に行った役員がした軽約束に対する催促の手紙が届けば、その後始末までさせられた。一所懸命やればやるほど、使い回しの利く便利屋になっていった。
工作機械という伝統的な製造業における便利屋。何をどうしたところで裏方でしかないが、裏方に回ってみると見える景色が随分違う。主業務担当部署の間を裏方が走り回って組織を有機的に結合していた。裏方なしでは会社として機能しえない組織だった。裏方、響きは悪いが言ってみれば製造業のなかのサービス業。
走り回って疲れてきたとき、会社の実を握っているのが裏方であることに気がついた。主業務担当部署がそれぞれの都合(エゴ)で動いていて、社として総体が機能しない。もっとも個人としてそう思ったところで、伝統的な製造業ではドロップアウトでしかない。ほとんどが極端に言えば吹き溜まりの人たち。覇気などありようもなく、生活のために会社にしがみついているようにしか見えなかった。
裏方の仕事はどこまでしかやれない、しちゃいけないという制限もなく面白いのだが、旧態依然とした製造業では日陰の存在でしかなかい。それは裏方が製造業という第二次産業のなかの第三次産業だからなので、裏方を本業とするサービス産業に転進してしまえば、裏方家業が本業で企業の中核的存在になる。
沈んでゆく会社に渡す引導が半分、技術屋のなれなかった自分に渡す引導が半分、十年ちょっとお世話になった会社に辞表を出した。外れた人材、会社としては辞めて欲しい人材のはずが、スッと辞めさせてくれない。これには正直驚いた。まるでヤクザの足抜け騒ぎだ。役員まで出てきて、ヤクザのような口調で言うに事欠いて「会社として十年以上投資してきた。これから回収になるのに、辞められては困る。辞めさせない。ニューヨークに戻りたいなら来週からでも戻っていい。やりたいことをやらせてやる。」何を都合のいいこと言ってるんだと思いながら、ありがとうございますに続けて、「やりたいことをやらせて頂けるのであれば、辞めさせてください。」同じことを言われて、同じ返事を繰り返した。自社の生産工場しか頭にない役員に、これからの日本社会のありようなど言ってもしょうがない。あんたのような単細胞、頭の乱視が経営しているところに将来があるとは思えないから辞めるんだとも、今だったら言ってるだろうが、言えなかった。
その日のうちに同期入社のが一人、また一人と事務所に来た。「辞めるんか」、「いてもしょうがないだろう」、「そうだよな、俺たちここにいても先は知れてるしな」、「ところで辞めて何するんだ」、「ここでは裏方の仕事を主業務としているサービス産業に転進する」、「思い切ったな」、「自然の流れだ」。。。何人もが来て似たようなやり取りをして帰っていった。伝統的な製造業にいる人たちにはサービス産業という言葉すら耳慣れなかった時代、誰もピンと来ない。話をしに来た同期入社のほとんどが自分も辞めたいと思っていた。どうしていいのか分からないなかで同期の一人が大きく動いたことに興味あってのことで、引きとめようとする言葉はただ一人を除いてなかった。
技術系トップの専務を筆頭に最大学閥で大きな影響力をもった旧帝大の修士が同期にいた。そつなくやっていれば放っておいても役員は間違いない人材だった。事実、倒産したときには役員として技術系のトップだった。これが煩い。役員に説得してこいとでも言われたのだろう。口ぶりからして他の同期の連中とは違う。同期のよしみでというより立場が上の人間としての物言いで、「俺たちが会社を。。。」、「俺たちが次の。。。」、“俺たち”がまるで枕詞(まくらことば)のようについている。枕詞を何回か聞いて、いい加減嫌気が差した。おいおいあんたが言っているのは、“今も将来も、同期のよしみでオレが親分で、お前たちノンキャリアはオレに仕えるかたちでどうのこうの”としか聞こえないんだけどと思いながら。。。ちょっと待ってくれ「俺たちを繰り返すのはよしてくれ、オレとあんたは立場が違うだろう。あんたとオレの間には『俺たち』というのはない。あるのは「キャリア組みの筆頭としてのあんたと、ノンキャリアの落ちこぼれとしてのオレだ」、「それを分からずに『俺たち』と言ってる訳じゃないよな。分かってて何かの考えがあって、あえて『俺たち』と言ってるんじゃないかと思うんだが、そうじゃなければいいけど、もし多少なりともその毛があるんだったら、話すことは何もない。」
言葉が多少違っても似たようなケースはどこにでもある。俺たちが私たちだったり、我が社だったり、部として課として班やグループ。ちょっと後ろに下がってみれば、偉そうな政治家連中の何を言いたいのか判然としない言辞のなかにも、あいまいな俺たち−国民がある。立場も違えば利害関係もある人たちを一括りにする。一括りにした方が都合のいい人たちがいる一方で、それでは立場のなくなる人たちもいる。立場がなくなるにもかかわらず、都合のいい人たちの都合のいい一括りに惑わされる人たち。
立場がなんらかの関係で上の人たちが“俺たち”と言ったとき、聞いた人たちが、言ってる人も一緒にして俺たちと思えるのがどれほどあるのか。俺たちと聞いて、ほとんどが程度の差はあれ、それは話している“あんた”と聞いている側としての“俺たち”だろう。
聞いている側が話をしている“あんた”も俺たちだと思える社会や組織がそうそうあるとは思わない。程度の差かもしれないが、社会として組織としてのありようが、あんたと俺たちではなく、俺たちである社会にどれだけ近づけられるか。そして俺たちという言葉の重みを知って俺たちという言葉を発せられるか。望み得ないものだとして諦める訳にもゆかない“俺たちだと思える社会”。
2015/5/24