天国
なんだい、なんだい、シシケバブかと思ったらフィッシュケバブじゃないか、オレはベジタリアンじゃない。このところ野菜しか食べてねぇじゃねぇか。このあいだツナフィッシュサンドが出てきたときには涙がでそうだったな。健康にはいいんだろうが、よしてくれ。スペアリブとかフィレミニョン、贅沢はいわねぇ、たまにはどーんとTボーンとか、Tボーンじゃなくてもいい、焼き鳥にビール、そうだ、酒なんざここに来てから匂いもかいでねぇじゃねぇーか、なんでもいいが、もうちょっとましな食い物はねぇのか?なんでこんなところで、こんなつまらないメシくって、だらだらしてんだい。しょがねぇーな、いったいどうなってんだい。ここは?まあ、毎日毎日、薄曇りってのか、悪かねぇけど、ぼんやりした日がよくもまあ続くもんだ。暑くもねぇし、寒くもねぇ。晴れもしないが雨もない。そうだ、お天道さまだって、いつも雲の影に隠れてぼんやりしてやがる。よそ風ってぇのかね、いい風だ。悪かねぇ、いいとこだ。ただ、なにも変わらない日がこう毎日続くと人間どうしたってボケてくる。まだボケるにゃ早すぎる。
だいたい、なんでオレがこの変なの着てなきゃならないんだ。どこかの砂漠のヤツらが着ているような、このただの白い綿のTシャツを長くしたような、まったく味も素っ気もないないというのかね、ちょっと見にゃ、まるでオームのヤツらみたいじゃねぇーか、着やすいのはいいんだが、まあ、ここの天気にもあってて悪かねぇ、悪かねぇがこんな格好じゃシノギもできねぇーし、悪さしにも行けねぇじゃねぇか。
そうなんだよ。ここで会うヤツら、おかしなヤツらばかりで、いつもニコニコしてやがる。何が楽しいんだか、ぼーっとしていて何を話しているのか、話していないのか、いるのかいないのか、いてもいなくてもなーんもない。わざと変な話を持ちかけてみたが、ただニコニコしてるだけで、顔色一つ変えやしねぇ。こんなとろで、いつまでもぼーっとしてると、オレもあいつらみたいになっちゃうんかな、やだやだ、早くなんとかしなくちゃ。
ところで、オレ、なんでこんなとろで、なにしてんだろう。どーも記憶がはっきりしねぇ、記憶がぷっつり切れてんだ。最後は、あのバカ野郎が、飲んで駅で分かれるときに、取り分がすくねぇってまたゴネ始めやがって、やだね酔っぱらいは。ああだのこうだの言い合っているうちにあの野郎、人のこと小突いてきたんだよ。小突かれてホームから落ちそうになってあいつの袖を掴んだまでは、そうだよ、あいつと一緒にホームから落こって、腰打って痛ぇって思ったら電車が来てて、後は真っ暗。そんなこたぁねぇーよな。でも、もしかして、俺たちくたばったんかな?でも、おかしいじゃねぇーか。あの野郎はどこにいるんだ。あのボケのせいであと一歩のところで何度仕掛けそこなったか。今度あったらただじゃおかねぇ。まったくあのバカには、あーあ、どうしようかねぇー。
あれ、あの野郎、また随分遠くの、下の方で、あれ、あのバカ親父、最近顔を見なくなったとおもったら、あんなとこで、ちょっと待てよ、あそこにいるのは、あのくそババアじゃねぇーか。あのババア、また新しい男をひっかけやがって、あいつにゃひでぇ目に合わされた、最後の最後ってときに金もってとんずらしやがって、おかげでこっちはヤー公に追い掛け回されて。とんでもねぇー野郎だ。なんだよ、あいつら、あのオヤジをカモろうってのかい。よした方がいい。ちょっと見た目にゃ人のいい金持ちのご隠居に見えるだろうけど、おめーらの手に追える相手じゃねぇ−。おいおい、ちょっと待てよ、その料亭お前らが出入りするようなところじゃねぇーぞ。オレだって、なんといったかな、あの先生、あのカネに汚ったねぇー先生とつるんでの大一番のときにくらいしかそんなところに行ったことねぇーぞ。まあ、まず生中か、おい、その伊勢海老のお造りはねぇーだろう。オレにも食わせろってーの。なんだよその酒、。。。なんで、オレはこんな格好させられて、毎日ベジタリアンのような、酒もタバコもねぇー。来る日も来る日も同じようにぼんやりと、たまにでてくるのがツナフィッシュサンドかフィッシュケバブ。
なんであいつらは、いつものようにシノギやってんだよ。いい加減にしてくれ、冗談じゃない、そりゃないだろう。そうか分かった、やっぱりそうだったんか。オレもあのバカも電車に引かれて死んだんだ。おい、神様、隠れたって分かってんだよ。なんでオレだけが天国なんだよ。確かにあいつらと一緒にされちゃ困る。オレはこう見えても、母親に厳しくしつけられた、根はまっとうな人間だ、そう実業家だ。それは神様も知ってるよな。神様のお陰で天国に召されて本当に感謝してるよ。でも、オレは気のいい、ただのちゃちな詐欺師だぜ。神様もそれ知ってんだろう。
もしかして、駅であいつにこづかれてホームから落こって死んだってんで、オレは哀れな被害者ってことになって天国に来ちゃったのかね?まあ、理由なんざなんでもいい。神様、天国は思っていたよりいいとこだったよ、天気はいいし、食い物も健康指向でいうことないな。長生きできそうだよ。あのバカどもにあったら、天国がどんなにいいところか説教してやる。お前らもオレみたいに真っ当にやってりゃ、天国に行けるぞって。でも、天国は天国過ぎて船酔いってのかな、天国酔とでもいうのかな、オレの性分には合わないんだよ。オレは今までと同じように汚ねぇー、危なっかしいヤツらとやっている方が性に合ってんだよ。お願いだ、神様、オレを地獄に送ってくれ。
そもそもオレを天国になんて、神様、あんたなんか間違ったんじゃないか?何かのちょっとした手違いだよな。そうに違いない。誰にでもあるちょっとしたミスだろ。誰だって完璧なんてのないんだよな。それは神様だって同じだ。真っ当な人間は自分の間違いを素直に認めるもんだって、小学校のとき先生にこっぴどく叱られたぜ。神様、あんただって、間違ったら素直に認めなきゃ。それが神様ってもんだろう。だいたい、なんで、オレが天国なんだよ。冤罪だ。
社会保険庁でも警視庁でもどこでもいいからいってちゃんと調べてくれよ。オレが天国に抑留されているかぎり、神様の無誤謬性なんてのは信じない。神様なんてのはいい加減なやつで、でたらめだ、信じるなって2ちゃんにも書いてやる。無神論者にも言ってやる。お前ら、知らないだろうけど、神様ってのはいるんだよ。ただ、みんなが思っているようなまともなヤツじゃなくて、でたらめなインチキ野郎だって教えてやる。面倒だったら調べなくてもいい、なんでもいいから、この退屈で死にそうな天国から人間臭ってのかな、神様には悪いけど、人間らしいってのかな、フツーのおかしなヤツらがいつものようにやっている地獄に追放してくれ。そしたら、神様がミスったなんて誰にも言わない、内緒にしとくから。天国はいいところで神様ってのはものすごいいいヤツだってみんなにも言っとくから。なぁ、悪い話じゃないだろう?頼む、地獄に行かせてくれ。
2013/01/06