何を信じりゃいいんだ

世の中分からねぇことばかりだ。オレみたいのが何かがちょっと分かったかなと思っているうちに分からないことの方がとんでもない勢いで増えてゆく。いつまで経っても追いつけないというような話じゃねぇ。どんどん置いてかれて、分かっている連中の背中なんざ天体望遠鏡でも持ってこなきゃ見ようにも見えない。どっか別の世界でとんでもないことやってんだろうなって想像するまでしかオレにはできない。こんなこと今に始まったわけでもなし、彼我の差ってのを思うと、ジタバタしてもしょうがねぇって気になるね。ただ、オレは今まで何があってもあきらめないで、汚れ仕事も厭わないでオレなりに一所懸命やってきた。その一所懸命ってのが、今までは肉体的、精神的な体力勝負だったんだ。この歳になって改めて考えたんだが、今までのような一所懸命じゃ通らない。頭の勝負というのか、巷でいう情報戦とかデータ解析とかに長けなきゃやってけない。そっちをしっかりおさえないと歳いってきたのがいまさら体力勝負でもあるまいしと思うんだ。
今までオレだって勉強してきたし、色々調査ってのかね調べてきた。いろんなデータを集めて色々考えてやって来た。でも、時代を創っているヤツらやその周辺がやっていることとは比べようがない。オレができることなんざ知れてるから比べる必要もないんだが、でも世の中どっちに向かって走っているのかぐらい分からないとまずいだろう。全体が東に動いているに気が付かないで西に動いていったら、それでなくても遅れてるのが遅れてるって話じゃなくなる。
オレが知っていること、知り得ることなんてのは知れてる。知ったことをどう考えてどんな結論を出すかでしかないんだが、どう考えてもその手のことでオレが優秀なわけがない。世の中にはオレなんか足元にもおよばない凄い人がいくらでもいるはずだろう。知り合いのコンサルってのか先生ってのかに聞いてみた。紹介してもらって経営学の先生や分析関係の先生にも相談してみた。あちこちで聞いて調べてみたけど、これだってのが見つからない。誰も彼もよくて自分の世界というか領域とでも呼ぶのかを持ってるようだが、それがオレが気にしている世の中にあってない。ピッタリあってないにしてもそこそこ合ってなかったら、オレにとっちゃ無用の長物で何の役にもたたない。
先生と呼ばれる人たちに相談に行ってはがっかりしてを繰り返していたときひょんなことに気がついた。世の中全体がどうなっているのか、これからどうなってゆくのか、そのなかでオレはどうやって多少は賢いシノギをできるのかなんて分かる人はいないんじゃないか。こっちのことならあの人、あっちのことならこの人ってのあるけど、全体像となるともう人智の範囲を超えちゃって人の能力ではどうにも分からない、分かるはずがない。そう考えればその程度の先生がしかいないってのも納得いくじゃないか。
こんなことを考えながら、色々な人に相談していって驚いたね。オレと同じように考えているというのか悩んでいる人がこんなにもいたのかって。これがまたたまげたことに、その人たちどこに相談に行っていると思う?かたちはどうあれ一言で言ってしまえば、ほとんどが新興宗教だ。昔ながらの宗派というもないわけじゃないが少数派だね。そういうところに集まっている人たち、布教とかお布施とでも呼ぶのか金にも関心はあるようなんだけど、ほとんどの人たちは、オレのように切った張ったの世界にいるものからすると、無垢というのかね、妙に穏やかってのか優しいんだな。
まさか宗教に救いを求めるなんてこと考えたこともねぇ〜が、何かのヒントはあるだろうってんで、あちこちの新興宗教からはじめて歴史のある宗派のありがたいお話を聞いてみた。ここでまた分からくなった。宗派が違っても、新興宗教のあっちとこっちと聞けるあれこれの話、でてくる名前も違えば話の内容も違うんだが、よくよく聞いていると結局は神様と教祖さまの話、神様と人間、人と社会や人と人とのありかたの話で似たり寄ったり、たいした違いはない。そりゃ、話てくれた人たちにしてみれば、似たり寄ったりでないことを、傍からみればどうでもいい些細な違いのところを問題として生きてるんだろうけど、オレからすれば極端に言ってしまえば同じゃねえかって。
そりゃ話してくれた人やそこに集まっている人たちの人柄に引かれてこっちの方がなんて思わないこともないけど、オレが探してるのは趣味や余興の仲間じゃない、失礼だがそんなことでどこの話しをもっと聞かなきゃって話しにはならない。どこがいいかって考えれば、些細なところの神さまのところじゃ困る。それは全能の神のお告げが欲しいんだから。そりゃそうだろう。今までたいした頭もないのに、自分でそれなりに考えちゃ失敗してきたんだぜ。もう、体力勝負じゃない歳になって、自分よりもっと色々知っている人のご指導を頂戴してやってけばとんでもない失敗はないだろう。若いときなら失敗しても取り返す時間があったからいいようなものの、もうそんな時間は残っちゃないからバカでもちょっとは慎重になる。で、先生方に相談にいったが、どうも怪しいというのか、オレほどにも戦場について知っちゃいないのを、全ての条件を単純化した局地戦にして訳のわからないこと言ってるだけだった。
あたり前の話しなんだが、今まで気が付かなかった。世の中のこと、もっと言えばあの世のことも全部知ってるなんて、これは人じゃあり得ない。神様だけだろう。ところがだ、話を聞いてゆけば、似たようなことをあっちではこう、こっちではこう、。。。みんな違う。もともと同じものだったのを誰かが間違ってか自分の都合のために違う言い方をしたんじゃないか?。それも八百万の神ではなく全能の神さまが何神(神様を数える量詞は神なのかね、人じゃないんだから“何人−なんにん“もないだろうし、とりあえず”神“としておこうか)もいる。そしてその何神のもと、それぞれの宗教というのか教団というがいがみ合ってる。
おかしいかないかい。教団の人たち自分たちの神様を絶対神で全能の神だというから何でも教えてもらえると期待してたんだけど、絶対神で全能だというのなら神さまの世界をちゃんと整理してくれないかな。こう言っちゃあバチがあたるんじゃないかと心配だけど、神様の世界に怪しい、ほんとうは神さまじゃないのが紛れ込んでないかい。そうでもなけりゃ、巷でこれほど神様の世界が群雄割拠とでもいうのか、お互いいがみ合ってるのはおかしいじゃないか。神さまの世界を整理して、いかがわしいのを破棄してすっきりしてくんないかな。
そうでもしてもらわないと、どっちの全能と言っている神様を信じていいのか分からないだろうが。この歳になって、神さまを選び損ねたなんての笑い話じゃすまい。また女房にどやされるのもイヤだし。。。
2014/6/29