もしかして、男の思い

両手をもみ合わせながら、はぁーっと息をかけて、「こう寒くちゃ手がかじかんで……」痛んだ矢を手に、鼻をすすりながらため息をついた。狩に出て五日になるが、いまだに何も仕留められない。持ってきた食料も残り少なくなってきた。早々に猪の一頭でも仕留めて帰らなければならない。手ぶらだとうるさい女房に何を言われるかわからない。雪のなか狩にでるのはよしたほうがいいと分かっていても、家内仕事をしていれば一日中文句を聞かされる。文句を聞いているよりはと狩にでるのだが、でればでたで、雪山を歩き回ったあげくに何も獲れずにということもある。それでも一人になっていろいろ考えることできるしで、でかけることになる。

「ふーっ、ふーっ」かじかんだ手に息をふきかて、手もみして、なんとか指先の感覚をと思うのだが、なかなか手がほぐれない。矢じりの具合をと思うのだが、冷えた指先が思うように動かない。焚き火に手をかがして暖をとるのだが、手の平を火に向ければ、手のひらが、甲を向ければ甲が温まる。温まりはするが指先までと思えば手もみしかない。

野うさぎ三羽、ないよりましという収穫でしかないが、厳しい冬に貴重な蛋白源、うるさい女房もちょっとは機嫌がいい。囲炉裏の火で暖をとりながら、傷んだ矢の修繕に余念がない。手作業を始めると気持ちが作業から離れていって、いままで考えてきたことを反芻しだすのが常だった。
囲炉裏に薪をくべながら、夏はあんなに暑いのに、冬はなんでこんなに寒いのか?いつものように答えのないことを考えだす。手を火に近づけて火の熱さを、遠ざけて熱さが暖かさになって、そして暖かさもなくなるのを確認するかのように何回か繰り返して、ずいぶん前から思っていることをまた考えていた。火が近ければ熱い、遠ければ熱くない、もっと遠ざければ熱を感じることもない。ということは、夏は太陽が近くて、冬は太陽が遠いからではないか。長老がいうように太陽が元気になって夏に、そして元気がなくなって冬になるのではなくて、太陽はいつも同じ熱さで、村との距離が変わるからだろうとあらためて思う。

そんなことを思いながら、はたと気がついたような気がした。太陽の熱さも、薪が燃えて熱いのも、手もみして手が暖かくなるのもどこか似てないか。暖かさの理由は違うかもしれないが、手もみして暖かくなるのも太陽や燃える薪と似たような原因からじゃないのか。冷えた足をさすれば手と同じように足も温かくなる。それは首でも胸でも同じで温かくなる。この暖かさをもっと暖かくできれば、薪を燃やす火を起こせるかもしれない、と思いだした。

そこで、男ははたと考えた。もしそうなら、薪をこすり合わせれば、薪も暖かくなって、その暖かくなるのをもっと暖かくできれば、火打石で火をおこすように、薪に火をつけることもできるかもしれない。さっそく擦りやすい手ごろな大きさの薪を手にとって、擦ってみた。何度も何度も擦っては、薪が暖かくなっているかと確かめたが、多少は暖かくなったような気がしないではないというところまでにしかならない。気がしないではないかというのが、気になってしょうがない。

「お前さん、」「お前さん、」、考え込んでいて、女房の声に気がつかない。「お前さん」女房が大声で繰り返した。「もうそろそろ夕飯の支度をしなきゃならないから、そこをどいておくれ」、そこまでいわれても気がつかない。女房がどなった。「薪が足りなくなってきたから、ちょっともってきておくれ」はっと気がついて、「うん、……」何度も言わせんじゃないよ。「薪をとってきれおくれ」「もう夕飯の支度をしなきゃ」大声で言われて、現実に戻った男がのそのそと薪を取りにでていった。
「まったく、もうちょっと働き者だったらいいんだけど」「ブツブツ独り言をいいながら、何を考えてんだか、うちの唐変木は、……」

数週間たって、男は子供のころ綱をつたって降りてきたときのことを思い出していた。あわてておりたものだから、綱に擦れて手のひらに水ぶくれができた。それはどう見ても火傷と同じだった。ということは、手もみして暖かくなるのが、綱に擦れてもっと暖かくというか熱くなって、手の平に火傷したってことじゃないのか?もし、そうなら、手もみをもっと早くすれば、同じように火傷するということじゃないのか。綱と綱をこすりあわせても、綱が暖かくなるってことじゃないか。ということは、もっと早くこすれば、綱が熱くなって火をおこせるかもしれないじゃないか。

「お前さん、水がめのフタを直してくれたんかい」「お前さんったら」「お前さん」いつものように考え事をしていて気づかない男に女房が腹をたてて、木の木っ端を男になげて、大きな声で「お前さん」とどなった。びっくりした男が何事かと思うより、女房の怒鳴り声が早かった。「水がめのフタは直してくれたんかい」

そしてまた数週間たったある日、男は細いすりこぎ棒を薄い木の板の上において、両手ですりこぎ棒を挟んで、一生懸命まわしていた。疲れて、すりこぎ棒の先端とすりこぎ棒を当てていた木の板に指を当てて、両方とも暖かくなっていることを確かめていた。なんども繰り返したが、かなり暖かくなっても火を起こせるまでに熱くはならない。

そこに、女房の怒鳴り声で、男ははたと気がついた。女房に頼まれていた壁の修理が手付かずだった。壁の修理をしながら、もっと熱くする方法はないものかと考えていた。そこに「お前さん、」女房の怒鳴り声……。
この男が気楽な独り者だったら、人類が摩擦から火を起こす方法を発見するのが、もう少し早かったかもしれない。
2018/1/7