今度連絡しますから26(改版1)

<支社のありよう>
日本支社は自社の製品を販売し、販売にともなう技術サポートを提供するために設立された。現地法人としては人事も経理も物流も必要だが、そこは販売拠点、主役は営業部隊で、営業部隊を率いるマネージャと個々の営業マンの資質と能力が支社の趨勢を決める。
個々のとはいっても、誰も一人で一から十まですべてできるわけではない。それぞれの人たちが自分の専門をもちながら、関係者の協力があってはじめて持てる力を発揮できる。そこには個人を生かす、個々の能力を発揮してもらうべく組織があって、個々の人たちは組織の一員として有機的に絡み合いながら仕事をしていく。組織のなかでの役割によっては、支社の存在目的そのものの立場にいる人たちもいれば、その人たちを支援する立場にいる人たちもいる。

営業拠点で何をするかを決めるのは営業部隊で、営業部以外は極端に言えば、営業部隊が自由闊達に市場を開拓していく環境を提供するのが責務となる。マーケティングが市場開拓の戦略を立て、その戦略を遂行していく責任があるにしても、市場開拓の主役はあくまでも営業部隊で個々の営業マンが実務担当者になる。
マーケティングがこれ以上にはありえないという戦略を立てて遂行しようとしたところで、営業マンが遂行に参画しなければ、あるいは参画する能力や意思がなければ、絵に描いた餅にもならない。そんな戦略を強権をもって実行すれば、組織が混乱して人が疲弊する。

営業部隊のマネージャがいくら旗を振っても、営業マンに事をなす意思と能力なければ、「笛吹けど踊らず」で終わる。いつの時代にも、自分のことを公平に評価するのは難しい。踊らない営業マンを評価するマネージャが自分の旗の振り方の問題を評価するのは難しい。部下を評価しなければならない立場に立たされて、部下の評価云々の前に、自分の評価を考える良識のあるマネージャ、人としては立派だろうが、その良識、残念ながら部下を鼓舞して事をなさなければならないときには、しまっておいた方がいい。良識ある上司は、切った張ったの戦場にいる営業マンの目には、迷いのある上官にしか見えない。好意を寄せるのは自省的な部下で、そんな指揮官と兵で市場開拓などできない。勇猛果敢にがんばろうで、なんとかなる業界でもなし、乃木将軍のように戦略など考えることもなく、ただ突撃では部隊が傷むだけで終わる。すべては自分も含めて自分たちがおかれた状況を冷静に分析することから始まるのだが、これがことのほか難しい。

日本とアメリカの伝統的な製造業をみると特徴的な違いがある。アメリカは国内に広大な市場を抱えたところから産業化が始まったこともあって、標準的なものの大量生産に長けている。一方日本は限られた市場のなかでの競争が激しいこともあってか、赤信号みんなで渡ればのように大勢から外れるのを恐れる。どこもここも似たような製品しかもとうとしないくせに、各社各様に工夫に工夫を凝らして小手先の差別化で狭い市場でしのぎを削っている。

日本は製造業で使用する制御装置ではほぼ自給自足できている。ニッチな市場の特殊な用途でもなければ、海外製品が重宝されるようなことはない。汎用制御装置では、なにも困っていない。
アメリカやヨーロッパの制御装置や機器は類似製品にはない個性をもっていて、大同小異の日本製品にはない優れた機能がないわけではない。ただ、日本の装置メーカは、日本製の制御装置を使って最適化している。最適化している機械や装置にアメリカやヨーロッパの制御装置を持ち込んで設計変更など、よほどのことでもなければ考えられない。技術的な興味ならいざ知らず、ビジネスの視点ではコストがかさむだけで検討する価値もない。
設計変更するとなると、機械的な寸法の違いから始まって、制御でいえばデータをやり取りする周辺機器やホストコンピュータとのインタフェースも含めてアプリケーションソフトウェアを新規に開発しなければならない。この開発コスト、しばし制御装置の購入コストと似たような額になる。誰も自ら進んで、海外製品など使いたいとは思わない。たとえ顧客から要求されたところで、標準採用している日本製で顧客を押し切りたい。

そんなところに、技術知識も限られた外資の営業マンが押しかけたところで、体よくあしらわれるだけでビジネスにはならない。あまりうるさければ、「なにかあったら、こっちから連絡するから」と、電話すらできなくなる。
目先の営業成績が気になる営業マンは、手間隙かかるだけで、たいした売り上げにならない新規案件の発掘に時間など割いてはいられない。まして、いくら時間を割いても受注など夢のまた夢のようなところに、押しかけようにも押しかけられないとなると、何をいったところで、市場開拓の実情を知らないで能書きこいてるエライさんの暇つぶしのような話になる。

日本の同業がしのぎを削っているところに、顧客どころか自分でもこんな変わった製品をと思っているのが、市場開拓などできるわけがない。営業マンはセールス(Sales)活動=売込みをできないし、しない。それでも注文(Order)は入ってくる。セールスなしで注文。まことに効率のいい、魔法のような話にきこえる。日本製で間に合っている装置メーカ、日本の標準仕様のままで、海外製品など使いたくないと思っているところからどうして注文が入るのか。
答えは簡単で、顧客の顧客――エンドユーザ(たとえばGMやP&Gやネスレ)がこれを使えとして指定してきているから、注文がほしい顧客(装置メーカ)はいやいやながらも、日本製を使った標準設計を変更して、アメリカの製品を搭載しなければならない。

ユーザー指定案件という引き合いが、営業マンのセールス活動に関係なく舞い込んでくる。多少もたもたして、装置メーカからしかられることはあっても注文はまちがいない。使用することがプロジェクトに応札する必須条件で、受注した暁には指定された制御装置を調達しなければならない。殿様商売で知られたドイツの重電メーカの日本支社の営業部隊は、買いたいというより、なんとか売ってもらえないかという装置メーカから電話がかかってくるのを待っている。納期を迫られることはあっても価格の妥協はしない。定価で見積もって、高すぎるじゃないかといわれても、そうですか、なら買わなくてもいいですよと一言言えばすむ。そこまでの立場の外資も多くはないだろうが、程度の違いで似たような状況はどこにでもある。

営業マンは、あちこち回ってはいるが、オーダーテイカー(Order taker)で、していることといえば、営業の采配に任されている範囲での見積価格の調整と、顧客が受注した際の納期の管理がほとんどで、たまにアプリケーションエンジニアに技術サポートの支援を仰ぐぐらいでしかなかい。
買わなければならない会社に、しょうがないと我慢してもらえる価格と納期を管理するだけの営業マン、とでもではないが限られた英文資料を片手に、新規顧客の新規案件への売り込みなどできるわけがない。営業部隊のマネージャもそんなとができるなど、あるいはしなければなどと考えたこともない。では本部長クラスはどうかといえば、できるできないという前に、そんな立場におかれているということを考えたこともないどころか、そんなことを考える状況があるということすら想像したこともない人たちだった。大手商社の窓際管理職崩れ、せいぜいどこそかの誰かを知っているというのが最大の資産の人たちだった。

ある晩、親しくしていた営業マンの一人が居酒屋で酔っ払って言ってきた。
「藤澤さんは、英語ができてええなー」
何をいいだすのかと思ったら、
「オレ、英語なんか全然ダメやんか。それで面接のとき、仕事で英語は使うんでかって聞いたんや。そしたら、支店長にいわれたんや」
「そりゃ、外資だし、使うこともあるかもしれへんけど、わしかてそんなもんようできへん。相手するのは日本の顧客やで。なんで日本の会社の日本人を相手に英語で話さならんのや。そんなもん、考えてみなはれや。そりゃコンピュータも英語ならセールスも英語やで、でもそれ、あんた英語を使ってていうんか……」
「PLCとかプライスとかデリバリーなんて英語ができりゃ、十分と違いまっか。あんた営業やろ、日本の客はまかしてえなってでええんと違いまいっか」
「そんなんで入ったら、しょっちゅうアメリカからの見積もりとかくるやんか。そりゃ、いやでも慣れまんがな。製品名にしたって、PriceだとかDiscountだとか、Quantityなんては何回も見なくても、何を言ってるのか想像ぐらいつきまんがな」
「でもでっせ、この間のモータのシャフトが折れたやつ。あんなもの、どうしろってんや。オレやアプリケーションの誰も、ようできまへんがな。藤澤さんだって苦労したでっしゃろ。でも藤澤さんだからできるんで、ほかに誰ができますかいな、あんな交渉。一番上までいったってできる人おまへんやろ」

言っていることはよくわかる。モータシャフトが折れたのには往生した。
ある日、アプリケーションエンジニアから慌てふためいた電話がかかってきた。
「藤澤さん、この間モータのシャフトが折れたのあったでしょう」
「ああ、あれ、モータシャフトが折れるなんて、常識で考えてありっこないんだけどな」
「俺もそう思いますよ。あの一台が不良品だろうということで、急遽交換品を手配してもらったけど、あの一台だけじゃなくなくて、納入したモータのどれもこれもが試運転を始めたとたんシャフトが折れて、大騒ぎですよ」
「うそだろう、そんなのありか。焼入れミスかなにかのロット不良なのかな」
「もうこっちの手には負いきれないですよ。客に電話入れて、即行ってもらえませんか」

即客に電話して翌日工場にいって、びっくりした。シャフトにひびの入ったモータが五、六台きれいに並べてあった。客の担当者の話を聞かなくてもシャフトを見れば一目でわかる。それは顧客の担当者の目にも明らかで、確認するまでもない。
シャフトのキーシートをエンドミルで加工したため、シャフトの端面からキーシートの終端まで同じ深さで、九十度で切りあがっている。たかが3.7kWのモータだが、キーシートはメタルソーで切り上げなければならない。エンドミルで切ったキーシートでは切り終わったところに応力集中が起きて、モータが反転するたびにかかる荷重で、たいして時間もかからないうちにひびが入る可能性がある。こんなことは機械屋の常識でしかない。平謝りに謝って事務所に戻って、スケッチをかいて、応力集中でキーシートの切り上げ部にびびが入っている。まだ五、六台だが、三十七台とも機械に取り付けて使えば、ひびが入るのは時間の問題でしかない。メタルソーで切り上げたモータ三十七台、即送れと事業部にファクスを送った。

その晩、事業部の担当マネージャに電話した。状況を説明したが、それはモータの使い方が間違っているからで、設計ミスではないといいはる。
ふざけんな、声も荒くなる。まったく機械屋としての常識がない。オレは電機屋だというのなら、メカニカルエンジニアリングの基礎知識がないと言いなおしてもいい。
「最初にひびが入ったモータはそっちに送ったろう。応力集中の見本のようなひび、見たか。メカニカルエンジニアリングの基礎知識があるかないかが問われている。エンジニアリング会社としての知見と能力が問題とされているのであって、たかがモータシャフトのひびということではすまない。相手は世界をまたに駆けたHeavy Engineering Companyであることを忘れるな」
何を言っても無言で、ろくに返事もしない。ただ自分たちのミスを認めたくない、認めたら誰かが責任をとらなければならないという、保身が先にたってしまっている。
「聞いてるのか。このままでは、ことはモータのシャフトにひびってことじゃ収まらなくなる。エンドユーザは知ってのとおりFordだ。Fordからペナルティなんてことになったら、わかってるよな。十億は下らないプレスラインだ。今回が最初のラインで、合計十六ラインだ。即手を打て」

それでもYesといわない。
「関係者と話さないと返事もできないだろうから、今日一日待つ。明日の朝、出社したら、何からの返事がファックスで届いているようにしてくれ。こっちだって、顧客に日報のように状況を報告しなきゃならないんだから。なんだったら、出張でこっちに来てみたらいい。現場の騒ぎがわかる」

翌朝、想像していたとおり、事業部からはなんの連絡もない。時間がたてばたつほどのっぴきならない状況に追い込まれる。
その晩、またマネージャに電話した。ひびの原因が応力集中にあることぐらい分かっているはずなのに、使い方の問題だといいはる。部下を守らなければというマネージャの立場もわかる。日本のように誰が決めたのかがはっきりしない無責任合議制も困るが、あまりに個人の責任と評価を明確にすると、問題が発生したときに、それこそ組織をあげての責任逃れに走って、問題の解決どころか、どんなこじつけをしてでも原因を外に押し付けようとする。

一度これが始まってしまうと、まともな評価に戻すのが難しい。マネージャが白といっているところに、誰も黒だとはいない。技術屋としての常識、人としての良識があっても組織の一員しての立場が口をつぐませる。マネージャで話が通じなければ、その上のディレクターに上がっていくしかないのだが、これをすればマネージャの顔をつぶすことになる。今回限りの付き合いではない。なんとしてもマネージャに応力集中が原因だと、たとえ口にはしなくても認めさせなければならない。
電話でマネージャと押し問答を三晩くりかえしたが埒が明かない。もう一度整理してファックスしなおした。

こんな機械屋の常識まで説明しなきゃ、わからない相手でもない。何度か書き直していて、書いてもしょうがないことを書いているような気がしてきた。ことは技術の問題ではない。社内政治の問題なのだが、事業部の政治に入り込む能力はない。どんなことをしてでも、一日でも早くメタルソーで切ったキーシートのモータが欲しいという。ただいくら考えても、できることは、事実を事実としてロジックできちんと報告するぐらいしかない。

1) サーボモータは定格仕様内で使用されている。もしひびが入るような定格を越える加減速があれば、サーボドライブが誤差過大を検出して動作を停止しているはずだが、誤差過大エラーはおきていない。
2) サーボモータは定格仕様内の出力で動作しているが、キーシートが定格仕様のトルクを伝えることができずに、ひびが入っている。出力軸がサーボモータの定格出力に耐えられないのは設計不良以外には考えられない。
3) そっちでこのクレームをハンドリングできないのなら、顧客に要求されている通りQA部隊に直訴せざるえない。
エンドユーザはFordだ。ことは逼迫している。即の対応を求める。メタルソーで切ったキーシートのモータの納期を早急に連絡しろ。
エンジニアリング会社は日本のモータもドイツのモータも散々使ってきている。以前使った日本やドイツのモータと同じ使い方をしている。なぜうちのモータだけがシャフトにひびが入るのか。

ここまでいっても返事が来ない。客の担当者に平謝り謝って、事業部で対応を検討しているからちょっと待ってほしいと伝えて、また夜事業部に電話した。
セクレタリーがでて、「今会議中だから、一時間ぐらいしてからかけなおしてくれ」という。おいおいこっちはもう一時すぎだぜ、といっても始まらない。一時間半ほどたってからまた電話した。
「ファックスは届いているか」
まったく煮え切らないオヤジではっきりしない。はっきりしなければ、困るのはこっちだけじゃない、お前もただじゃすまないのわかってんだろうと思いながら、何も言わないから、結論を言ってしまった。
「ファックスで、何かおかしなことを言っているか。モータシャフトがモータの定格出力を支えきれない。問題ははっきりしてるじゃないか。いつモータを送れる」
やっと口を開いて、
「今朝モータのベンダーと話をした。ひびの原因はわからないが、メタルソーで切ったモータを早急に作るといっている」
まったく呆れたヤツらで、自分の非を認めようとしない。非を認めさせたいという気持ちはあるが、そんなものどうでもいい。ひび割れしないモータが入ればいいだけで、お前たちの教育なんかする気はない。
「いいじゃないか、それでいつ発送できるんだ」
「今日の午後遅くなるとは思うが、納期の連絡が入る予定だ。連絡が入ったら、ファックスで連絡する」
「急いでくれ。同じモータが手に入るのでも、来週入るのと来月入るでは大違いだから。一日でも半日でも早いほうがいい。相手はFordだ」

英語と日本語で、常識レベルでいいから技術的な知識がなければ仕事にならない。でもそれをすべての営業マンとアプリケーションエンジニアに求められるのか。探せばいくらでもいるだろうが、そんな人たちだけを集めてなどできるわけがない。あれもこれもそこそこの人たちを集めて営業部隊をつくらなければならない。となると、アメリカの支店のようにもいかないし、普通の日本の会社のようにもならない。
前線の営業マンやアプリケーションエンジニアを後ろで支える部隊を作って、そこにアメリカとの折衝を任せてという体制でもつくらなければならない、と思いつきそうなものなのだが、そんな考えを持った人はいなかった。誰もが自分が経験してきたこととその延長線で考える。延長線が思考の限界になっているのに気がついて、そこからはみ出ようとする人は少ない。少ないだけならまだしも、延長線にとどまっている人たちには、はみ出ようとする、はみ出ざるをえない人は組織や文化を乱す、いてもらっては困るヤツになる。

成り立ちようのない組織で、いい立場でいられる人たちがマネージメントとして並んでいて、状況にあったやり方しかないじゃないかと思っている人たちを押しとどめる。そんなところで多少なりともなんとかしなければと思っている人たちが、どうにもできずに傷んでいく。そんな組織、いつかは崩壊する。
崩壊するのを、高みの見物ときめこんでいられる立場でもなし、なんとかしなきゃと走り回る。走り回って解決して、よかったで済めばいいが、――解決されては困る(いい立場にいる)人たちが層をなしている。なかには、困るだけならまだしも、邪魔しに、壊しにでてくるのまでいて、しばし後ろから撃たれる。
保身?組織防衛?なんでもかまいやしないが、そんなことをしていて、いつまで持つのか?
2019/4/14