今度連絡しますから22(改版1)

<ちょっと教えろや>
肘掛までついた座り心地のよさそうな、部長の椅子でございというのにでんと座って、ひなが一日何をするわけでもない。会議でもなければ、コーヒーすすりながら新聞読んでるか、資料らしきものに目を通しているだけなのに、この数日どことなく荒川さんの様子がおかしい。上の方だけで、どうもなにかごちゃごちゃやっている。部長によっては、課長と係長と小部屋でなにやら会議のようなことをしている。管理職はこうあるものだと格好をつけることしかできない置物のような人たち、何をしようったって、何ができるわけでもない。置物は置物らしくし、おとなしくしてればいいのに、周りでバタバタされると気が散ってしょうがない。

荒川さんがコーヒーカップを手に席を立った。またお代わりに行くのかと思ったら、机の向こうを歩きながら、あごをしゃくうようにして、ついて来いって感じで歩いていった。また何か相談はいいけど、みんなから隠れるようにしてというのは勘弁してほしい。内緒にと思ったところで、二人で何か話していることぐらい、みんな気がついている。

いつものように大会議室に入って、なんのことかと思えば、
「トム、モーションコントロールとCNCは何が違うんだ。そもそもモーションコントロールって、どの製品のことを言ってるんだ」
おいおい待ってくれよ。確か先週アプリケーションエンジニアリングの福田部長とモーションコントロールがどうしたのこうしたのって話をしてたじゃないか。まさかモーションコントロールが何だってことも知らないで……、いやその可能性は大いにある。なんにしても言葉までしか理解しようとしないから、モーションコントロールって三回も聞けば、モーションコントロールがどうのって、わかったようなことを言いだす。そんな調子で話して、おおかた福田さんにコテッと何か言われたんだろう。

いつものことで驚きゃしないが、またかよーって思いながら、
「えー、どこから話したらいいんですかね」
「そうだ、荒川さん、モータはわかりますよね」
馬鹿にするなって顔をしながら、
「モータぐらいわかってる。手短にモーションコントロールが何かを教えろや」
「モーションって言うぐらいですから、ものを動かすっていうのか移動するシステムの総称ですよ。物を動かすにはいろんな方法ありますけど、たとえば油圧もあれば空圧もある。でもうちではモータを使って物を移動する制御方法を一般的にモーションコントロールって呼んでます。まあこれは業界でも同じ言い方しますから、うちだけじゃないですね。業界用語とでも思えばいいですよ」

「さっきモータっていいましたけど、モーションコントロールに関係するモータは大きく分けて二種類になりますかね。細かなことをいえばまだありますけど、大雑把に二種類って思ってればいいです」
と言ったら、そんなことはわかってるという口調で、
「なんだトム、要は直流と交流モータの二種類あるってことだろう」
直流交流ってのはいいけど、それなんですかって訊いたら、直流は直流で、交流は交流だぐらいの返事しか返ってこない。はじめに言葉ありき、中身がなくて最後まで言葉ありきで終わる。

「惜しい。ちょっと違いますね。その分類方法もありますけど、モーションコントロールの話では違う二種類ですよ。ものの移動速度と位置を制御するものを、それも百分の一ミリとか千分の一ミリの精度でとなると、サーボモータを使わなきゃならないけど、ものの速度を、まあちょっとありますけど、位置は関係ない、速度だけ制御すればいいんだったら、極端に言えばそこらのポンプに使ってる汎用の交流モータでもかまいやしない。ベクトル制御って方法もあるんで、どこにでもある交流モータでも一ミリやそこらの精度でいいんだったら、位置も制御できますけど、日本にはもってきてないですからね」

「おい、トム、もうちょっとわかりやすく説明しろや、おまえわざとわかりにくくしてないか」
「えぇっ、そりゃないですよ。そうですね。ものの位置と速度を制御するならサーボモータ。速度だけなら汎用モータ。これでどうです」
「お前。最初っから、そういやいいんだよ。モータはいいけど、モーションコントロールってのがモータとどう関係するんだ」
もうここまでくると、ほとんど小学生レベルの知識で、それでも知識と呼べるかといいたくなるが、それがマーケティング部長だからあきれる。放っておくと何をしでかすかわからないから、最低限のガイドはしておかなきゃならない。下手にごちゃごちゃされたら、後始末に走り回ることになる。

「モータを回転してものの位置や速度を制御するから、モーションコントロールってことですよ。だからうちでモーションコントロールって言ったら、モータはサーボモータで決まりです。モーションコントローラ、製品はPLCの位置決めモジュールのことですよ。ね、位置決めでしょう、ものの位置と速度を制御するんだから」
「製品でいえば、まずPLCがある。PLCは電源モジュールとCPUモジュールにI/Oモジュールを組み合わせてでしょう。ここでもしアプリケーションにものの移動があったら、位置決めモジュールを追加する。その位置決めモジュールがCPUモジュールからの指令を受けて、サーボドライブにモータの制御を指令する。サーボドライブがサーボモータの回転を制御して、ものの位置と速度を制御して、指令された位置にものを移動する。ブロック図でかけば簡単ですよ」
言葉だけの説明だけでわかるわけがない。当然のように説明についてきていない。白板にブロック図を描きながら、同じ説明をステップごとにきりながら繰り返した。

別にノートにとるような説明ではないが、ノートをとるような習慣もない。忘れちゃったらまた聞けばいいと思ってる。その程度だからなんど聞いても頭に残るのは言葉だけで、たぶん明日にはモーションコントロールとサーボモータ?って話になる。

「ここまではいいですよね。モーションコントロール、いってみればPLCの位置決めモジュールとサーボドライブとその先のサーボモータ」
「でもですよ。事業部の名前がモーションコントロールですからね。さすがにその意味はもうちょっと広い。ここにはさっき言った速度だけの制御の製品もある。普通のそこらのモータを制御する、一般にドライブと呼ばれる製品郡です。こいつがさっき荒川さんが言った直流と交流の二系統の製品郡に分かれてます。でもPLCがもろに絡んでこないから話は簡単で、ドライブとモータの組み合わせで終わり。簡単ですよ」
「なんだか面倒くせぇな。まあドライブとモータのセットってことじゃねぇか。それがサーボだったり、直流か交流の普通のモータとの組み合わせってこったな」
「そうですよ、ごちゃごちゃしてるように見えるかしれませんけど、整理しちゃえば、なんてことはない。ただ一つ面倒なことがあるんですよね。ただの呼び名ですから、そういうもんだと思っちゃうしかないですけど」

「ドライブは直流と交流があるって言いましたよね。モータに直流と交流があるんだからドライブにもないと困る。このうち交流のドライブをアメリカではACドライブって呼んでますけど、日本では一般的にインバータって呼んでます。直流のドライブはDCドライブですから、ACドライブの方がいいと思うんですけど、どういうわけかインバータなんですよ。用語としても正しくないんだけど、そうなってます。まあ、この辺りは実際の仕事が見えてきてからでいいんじゃないですかね」
いいんじゃないですかねなんてのは余計だった。そんなこと言わなくても、もう面倒くさくなったのだろう、聞いちゃいない。

「うん、で、CNCはどこに入るんだ」
「CNCは別もんですよ。PLCは汎用でそれこそどこにでもと言うとちょっと言いすぎですけど、いろいろなところに使われるでしょう。極端な話ネオンサインでもいいし、上下水道でも、自動車部品でもタイヤの製造ラインでも、製薬や食品もあれば、物流倉庫なんてもある。汎用だからってんで、モーションコントロールの前にジェネラルってつけて、General Motion Control (GMC)なんていうこともあります。モーションコントロールは、話の筋しだいで、内容が違ってくることがあるから、面倒ですけど、CNCは工作機械専用ですから簡単ですよ。PLCのようにビルディングブロックじゃなくて、ポンと一体型ですから。なんとかモジュールを組み合わせてなんて面倒なこともない。CNC本体にサーボドライブとサーボモータ。基本のこの三点セットで完成です」
なんかわかったような、わかってないような顔をしている。

「たとえばですよ。ロボットを考えてみましょうか。ロボットのアームを移動する。これは位置と速度だからサーボドライブとサーボモータの組み合わせになる。でも制御装置にCNCは使えない。なぜかって、CNCのアプリケーションプログラムは工作機械用、一般的には旋盤とマシニングセンター用しか、たまにタレットパンチプレスなんてのもありますけど、それ以外の用途のプログラム環境は用意してない。PLCは汎用ですから、位置決めモジュールを使って、ロボットの制御プログラムを書くこともできる。CNCときたら、まず旋盤かマシニングセンターと思っちゃっていいってことですよ」

わかったような顔をしながら、
「旋盤ってのは聞いたことあるけど、そのマシニングセンターってのは何なんだ」
「ああ、マシニングセンターですか。簡単に言ってしまえば、いろんな加工工具を交換しながら、いろんな加工をできるようにしたフライス盤だと思えばいいですよ」
「フライス盤ってのは」
「そうか、ちょっとおさらいしときましょう。こけしのような円筒形のものを削るんだったら、丸棒を回転させて、刃物、まあ包丁のようなものを、こう平面上を移動すれば、こけしのようなもの加工できるでしょう。でもこの方法で、たとえば、エンジンのシリンダブロックなんか加工しようとしたら、ちょっと考えちゃいますよね。そこで、今度はシリンダブロックを固定しておいて、ドリルあるでしょう、ほら手で持って、板に穴開ける工具、あんな感じでいろんな工具をとっかえひっかえして、面を平らに加工したり、穴を開けたり、ねじ穴あけたりって、こういう作業を一台でやれるようにしたのがマシニングセンターってやつですよ。フライス盤でもできますけど、加工が変わるたびに作業者が工具を交換しなきゃならない。この工具交換もCNCで制御しちゃいますから、加工したいシリンダブロックをマシニングセンターの上に乗せて、加工プログラムを実行すれば、あとは機械がやってくれるってわけですよ」

「そういうことか、モーションコントロールってのはPLCプラス位置決めモジュールとCNCで、どっちもモータはサーボモータってことだな」
「そうですけど、モーションコントロールって汎用語ですから、その二種類のほかに速度だけを制御すればいいってのあるでしょう。さっき言ったドライブと普通のモータの組み合わせもモーションコントロールですからね。ここに交流と直流の二種類がある。 今うちではこっちの製品を売ってないから、無視しちゃっていいですけど、そんな製品もあるんだって覚えていたほうがいいかもしれないですよ」
「やってないのを覚えたってしょうがないじゃないか。いざとなったらまた聞きゃいい」
何でもわかる人なんてのはどこにもいないが、少なくとも自社が提供しているものが何なのかは知っておかなきゃならない。まったく何を考えてんだかと言いたくなるが、部長以上のほぼ全員が似たような人たちだった。そんな上司に率いられ兵隊はたまったもんじゃない。

ひと段落して、二人でコーヒーすすりながら、世間話をしていたら思い出したように、
「おい、トム、『ジク』ってのはなんなんだ」
「えぇっ、『ジグ(治具) 』ですか。Fixtureのことで、さっき例にだしたシリンダブロックを固定しておくものですけど」
「いや、『ジグ』じゃない。濁らない『ジク』だ」
シリンダブロックの話をしていたので、てっきり治具のかと思った。
「ああ、軸ですね。それはサーボモータが回す、一般的にはボールスクリューとその回転によって移動するものを制御の側からみて『軸』って呼んでるだけです。だから、サーボモータが一台あれば、制御軸が一本ってことになります。図に描きゃわかり易いですよ」
といって白板に旋盤とマシニングセンターの制御軸――座標系を描きながら説明した。
図に描いても、そうかという顔をしているだけで、名称としての軸がわかったまででしかない。いくらもたたないうちに同じことを聞いてくる。一度に全部は覚えきれないだろうし、二人して今日はこの辺りまで十分じゃないかという顔になった。コーヒーのお代わりを持ってきて、また世間話をしていた。荒川部長、これといってやることないから、世間話の相手がいれば時間つぶしにちょうどいいぐらいにしか思っちゃない。

世間話に混ぜ込んで、訊いた。
「なんとなく部長さん、みんな忙しそうに見えますけど、何かあるんですか。キナ臭いのはいやですよ」
余計なことをと、ちょっといやな顔をしたが、下町のオヤジさんで隠し事のできる人じゃない。
「そうか、そんなふうにみえるか」
「そんなふうって、アプリもエンジニアリングも、なんか課長と係長と会議のような感じでやってるじゃないですか。荒川さんは杉本さんとやってもしょうがないから、やってないだけじゃないんじゃないかと、そんなふうにみえますよ」
「組織をいじる話がでてる。でもマーケは手付かずだから心配するな。今だって工数足りないのに、減らしようがないだろう。だれにも言うんじゃないぞ」
「わかってますって、この手のことはおいそれと口にはできませんよ」
「そうしてくれ。また何かあったら相談するから。間違っても口外するなよ」
なにが口外するなよだ。お人よしで、どこかでポロって言っちゃうのは荒川さんじゃないか。たいして野心もないし、いい人なんだけど、仕事では格好をつけるのが精一杯で、頼りにならない人だった。数週間もたてば、ニコニコしながら、また似たようなことを聞いてくる。

部長としているだけで、技術にも実務にも興味がない。仕事では頼りにはならないが、大雑把な人で、ああだのこうだの言ってこない。適当に報告さえしておけば、ある意味フリーハンドで自由にやりたいようにやれる。細かく口をだしてくる上司より、よっぽどやりやすい。変な話だが上司を上手につかうのが仕事のはじまりなのかもしれない。
荒川さんに限らず、わかってしまえばなんてことでもないことが、しばし英語だというだけでわかっていなのではという不安につながる。そのせいもあってのことだろうが、英語がらみであちこちから似たようなことを訊かれることが多くなっていった。知らず知らずのうちに情報の交差点にたっていた。
2019/3/31